カタリスト~僕たちは物語を紡ぎ主人公を召喚する!( #物語士 )

芳賀 概夢@コミカライズ連載中

序章

第1話「赤鬼退治」

第1幕「赤鬼とJK」



――単なる読書好きだった高校生の僕は、自分の「運命」を秤にかけ、荒唐無稽な力で秩序を作るゲームに巻きこまれた。



 なぜ自分は戦っているのかと、彼――本田 詠多朗えいたろう――が説明するとすればそんな感じだろう。

 だが今の彼にとって、そんな理由などどうでもいい。

 今やるべきは、記憶を呼び起こし、思考を巡らせ、相手の裏をかくこと。

 すでに物語は始まっているのだ。


「え、えーっと……ここは森の中だった」


 黒い空間に立つ相手は、40代の男性だった。グレーのダブルスーツ姿で、いかにもサラリーマン風。足下には、少し疲れた革の鞄が転がっている。

 彼は白髪交じりの頭を一度だけ掻くと、手に扇状に開いたトランプより少し大きめのカードの中から、1枚だけ前に投げだした。


 勢いよく飛んだカードは、2人の間の低い位置でピタリと止まり浮かぶ。

 それは木々のイラストが描かれ、上には【森】と記されたカード。さらにその横へ、水色の宝石のようなものが投げ込まれる。飴玉サイズのブルートパーズに見えるそれは、この宝石は【語石エレメンティア】。この場を「異世界ファンタジー」ジャンルと設定する、いわばエネルギーだ。


 狙っているのは、この結界となった【場】を異世界ファンタジーにすることだろう。

 彼の語った文の通り、ただの真っ暗な空間だった周囲の場に木々が並び、森の幻影が現れる。

 が。それはあまりにぼんやりとしている。

 なぜならどんな森なのか、語られた文では表現されていないからだ。

 描写が甘い。


 詠多朗は、緊張を隠す様に黒縁眼鏡をクイッとあげる。

 相手は明らかに初心者。ならば、早めにけりをつけるのが勝機。


「――インターセプト!」


 詠多朗の宣言に、相手の男性の痩せた顔が歪んだ。

 かまわず詠多朗は手持ちのカードから、1枚のカードを前方に投げる。

 それは、黒い靄のイラストが描かれた【暗い】というカード。そして同時に、エメラルドを思わす指先大の語石エレメンティアを弾き入れる。緑が指し示すのは、「現代ファンタジー」のジャンル。


「森の中は、鬱蒼とした広葉樹が生いしげり、昼間だというのに薄暗い。緑の天井が陽射しを遮り、まるで現実から切りはなされた世界のようだった」


 インターセプトの効果が発揮。先ほどのロケーションカード【森】の隣に、シチュエーションカード【暗い】が並んでいる。相手の出したカードが、詠多朗の出したカードが物語としてつながったのである。


 周囲の木々の緑が深まり、はっきりとした風景が浮かびあがる。

 薄暗く不気味な雰囲気が周囲を包む。どこかでキィーと鳴く、鳥らしき声まで聞こえてくる。


「そこは街から少し離れた寂しい場所で、叫んでも助けは誰も来ない」


 詠多朗はダメ押しとばかり、現代ファンタジー【街】【叫び声】のカードを投げる。同時に緑の語石エレメンティアも2つ。

 カードは先ほどの【暗い】の横に並んだ。

 場には、水色の語石エレメンティア1つに、緑の語石エレメンティア3つ。すなわちこの場は、エネルギーの強い緑の語石エレメンティアの場――現代ファンタジーの舞台となった。これを異世界ファンタジーにひっくり返すには、3つ以上の水色の語石エレメンティアを出さなければならない。そう簡単に、場を変えることはできないはずだ。


「――きたっ! インターセプト!」


 だが。

 流れをつかんだ、そう思った瞬間だった。

 相手が口角をあげてカードを前に投げたのだ。

 そのカードに描かれているのは、薄闇の中に1人佇む少年のイラスト。それは【寂しい】というシチュエーションカード。そして投げ込まれた語石エレメンティアは、水色ではなく緑だった。


「その寂しい場所は、多くの暗い感情を呼び寄せた!」


 詠多朗は小さく舌打ちした。眼鏡にかかる髪の毛の間に冷や汗を流す。


 描写はある程度、細かく行った方が具現化効果が強くなる。数値化されないゲームのために、どのぐらい描写すれば効果があるのかは不明確だが、さきほどの【森】の描写のように「森です」と言うだけでは明らかに弱くなる。

 そして具現化するほど具体性が増し、相手につけいる隙を少なくすることができるのだ。


 たとえば、相手が【出口】というカードをもっていて、「すぐに森の出口が見えた」と描写したとしよう。しかし、周囲を見てみればすでに深い森が展開されていて、そんなにすぐに出口が見つかる状況ではないため矛盾する。

 すると、【出口】というカードを無効にすることができるのだ。


 だから、描写を増やしたのだが、その中にあった【寂しい】という単語を拾われてしまった。

 これが描写を増やすことによる、リスクであった。


(異世界ファンタジー狙いかと思ったら、現代ファンタジーのキャラクターカードももっていたのか……)


 異世界ファンタジーに対して、現代ファンタジーは相性的に不利である。だから、相手が異世界ファンタジーにしようとした時、異世界ファンタジーのカードをもっていない詠多朗は場を現代ファンタジーに固めようとした。

 しかし、相手は現代ファンタジーでも戦えるカードがあったのだ。

 裏をかかれた。


「その暗い感情で妖怪が生まれた! えーっと……」


 相手は言葉を詰まらせる。

 そして目をキョロキョロと動かしながら思考を巡らす。

 描写は詰まってしまうと、具現化が弱まる。それどころか、続きがなかなか出てこないとカード自体が無効とみなされてしまう。


「そうだ! 鬼だ! 日本昔話にでてくるような赤鬼がそこにいた!」


 悩んだ末に出てきた捻りのない「鬼」という言葉と一緒に投げられたのは、緑の枠で飾られた現代ファンタジーのキャラクターカード【妖怪】だった。

 それは先ほどのカードとは、別の位置に浮遊する。


「鬼は人間を喰う。だから貴方も喰われるだろう!」


 【妖怪】のカードの上に光の円形と、幾何学的な模様が並んで塔を作る。

 そして光の塔が弾ければ、森の中に忽然と現れたのは、赤い肌をした巨躯の鬼。2つの角を生やして金髪の髪と髭を生やし、虎模様のパンツに金棒を手にしているという完璧さだ。

 その充血したような双眸が、詠多朗を睨んだ。


 今、詠多朗に変わるキャラクターがこの場にはいない。

 しかも、自分で「叫んでも誰も助けは来ない」と言ってしまった。他に誰かがいる余地がない。

 すなわち相手が言う「貴方」は、メタ的に詠多朗自身となってしまう。


「――インターセプト!」


「――!?」


 しかし、詠多朗は運がよかった。

 逆に言えば、相手に運がなかった。

 詠多朗はカードを手札から1枚引き抜く。

 それはとっておきの1枚。


「その鬼を倒すために、彼女はここに来ていたのだ。――主人公召喚!」


 切り札を前に投げる。

 それは【妖怪】のカードに敵対するように浮遊した。

 現代ファンタジーのカードだが、真ん中には日本刀を持った学生服を着た少女のイラストが描かれていた。

 さらに今までの状況カードよりも多くのことがかかれている。

 特に目立つのは、中央上に書かれた「レアレベル:★57」の表記。他にも、少女の下には名前や説明らしき文字が並んでいた。


「作品名【BBゲーム~黒き刃の少女】の【七藤 烏輪うりん】を召喚!」


 【主人公】カードの上に、きらめく光の輪が広がっていく。

 それは光柱となると、周囲を光の世界に変えるように爆発した。

 そして現れたのは、イラストに書かれた1人の少女。やはり学生服を纏って、片手に日本刀を持っている。


(レアレベルが低い2桁だからレアランク2。すなわち使える能力は2つだけだけど……充分!)


 すでにカード内容は把握している。使う能力も決まっていた。流れ的に問題はない。そしてレアレベルが低いからと言って、弱いキャクターだとは限らない。

 なにしろ召喚した彼女は、鬼退治を得意とする主人公なのだ。まさに適材である。そして2つある能力欄の1つには、そのための力が書いてある。


「烏輪は、能力【せつ】により日本刀に【鬼切】の力を宿し、目の前の赤鬼を一刀のもとに葬った!」


 その言葉にそうように、カードから呼ばれた烏輪という少女は赤鬼を見事に袈裟斬りにした。

 血しぶきをまき散らしながら、赤鬼が背後に倒れる。

 その横に、まるで何事もなかったかのように、彼女は立っていた。ただ立っていた。自立的に言うのは、せいぜい技の名前や気合を入れる声ぐらい。レアランク2のキャラクターでは、強い個性の発現まではしないのだ。ただ言われたまま、描写に従うだけの人形である。


「くっ……くそっ! そっちも・・・・主人公カードをもっているとは!」


「…………」


 相手の言葉に、詠多朗は決着を急ぐことにする。たとえ場が現代ファンタジーであっても、現代ファンタジーの主人公が、相性の悪い異世界ファンタジーの主人公と戦えば苦戦する。


「掌編でしたけど、エンディングにしましょう」


「まっ、待ってくれ! オレはまだひとつも物語を――」


「――赤鬼は退治され、貴方はこうして無事に家に帰ることができました」


「あっ……」


 詠多朗は、真っ白なカードを真ん中に投げ入れた。

 それは「こうして無事に家に帰ることができました」とだけ書かれているエンディングカード。すなわち、この場が終わることを示している。


「クローズ・ザ・ブック」


 そして本が閉じられた。

 場たる森も、呼ばれた少女も消え失せ、そこは元の・・高架下の駐車場に戻る。

 上を走っていたらしい電車の騒音が、唐突に耳に入ってきた。

 同時に目の前にいたスーツの体が、崩れるようにその場に横たわった。力なく眠るように瞼も閉じられている。

 これで彼は眼を覚ましても、ゲームに負けたことどころか、自分が【物語士カタリスト】として戦っていたことさえも忘れていることだろう。

 彼の物語ゲームは、始まって早々に終わってしまったのだ。


「……また、ハッピーエンドを相手に使ったのね」


 敗者をなんとなく見下ろす詠多朗に、背後から若い女性の声がかけられた。

 詠多朗は振りむきもしないで、それに答える。


「この人はまだ、誰も手にかけていませんでしたから……」


「でも、貴方を鬼に喰わそうとしたのよ」


「……ええ。でも、結果的に喰われなかったし、それにこの人が持っていた異世界ファンタジーの主人公カードも手にはいりましたし」


 そう言いながら、詠多朗はやっと振りむく。

 はたして、そこには黒いドレスをまとった中学生ぐらいの少女がいた。長い金髪は強くロールがかかり、この逢魔が刻の薄暗さの中でも、その碧眼は輝きを失っていない。いや、むしろより一層、強い輝きを放っているように感じる。

 彼女が詠多朗に近づくと、ドレスを飾るフリルがヒラヒラと波を作る。それは黒き炎がその小さな身にまとわりつき、近づく者を焼き尽くそうとしているかのようだった。

 だが、詠多朗はそんな彼女に自らも近づいていく。


「本当に変な子ね……。戦いは嫌いなんでしょう? すぐ自分にハッピーエンドは使うと思ったのに」


「でも、まだ気にいったエンディングカードが手に入ってないので……」


 詠多朗の返事に、少女は口許に手を当ててまた「変な子」と笑う。


「最初は、まったく気のりしていなかったというのが嘘のよう。……でも、嬉しいわ。わたしは貴方の紡ぐ話が好きだから」


「あ。なら、今日の話は短すぎてつまらなかったのでは?」


「いいえ。優等生ぶった貴方が、裏をかかれて慌てる姿が滑稽で面白かったわ」


「酷いです……師匠」


「なにがかしら? わたしが貴方にいろいろ教える代わりに、貴方はわたしを楽しませる契約でしょう。忘れたの? だからわたしは貴方を拾ったのよ」


「うぐっ……」


「さあ。わたしにもっと運命を弄ぶ物語を紡いで聞かせて。……わたしの物語士カタリスト


「……はい、師匠」






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※召喚主人公情報

(本作品は、下記作者様より主人公召喚許可、並びに登場作品の掲載許可をいただいております)

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●七藤 烏輪

・作品名:BBゲーム~黒き刃と切なる願い

・掲載URL:https://kakuyomu.jp/works/1177354054883457987

・作者:芳賀 概夢 氏

・ジャンル:現代ファンタジー

・★:57(2018/02/23)


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