2-4.
実技試験が行われる修練場は、壁や天井が魔法による衝撃を打ち消す特殊な素材で作られた、巨大な建物だった。
俺は通常の観覧席よりも高い位置にある、賓客用の観覧席にいた。他にも数人、おそらくそれなりの身分の人間たちが優雅に茶など飲みながら、双眼鏡片手に見守っている。
ざっと確認したところ、受験者と保護者の数は、午前中の半分ほどに減っていた。
番号順に数十人ずつ、何組かに分けられて、一斉に試験が行われるという。
「そろそろ始まりますわ。お掛けになって」
「ああ」
既に着席しているローズに促され、渋々隣に座る。
イブキは、サイ、ラインと共に初めの組にいた。
指示通りに隣の受験者と距離を取って等間隔に並ぶと、彼らの正面に女が一人、麻袋を抱えて歩いてきた。
「初めまして。ローズ・アプリコット王立魔術学校、魔法学総括教諭のアリア・マルセーヌと申します」
淡い水色の長髪を腰の辺りで緩くまとめた若い女は、優雅に一礼した。
「実技試験の内容を説明いたします。私が今から、水の球の中にこのボールを閉じ込めたものを、会場内にたくさん放します」
言いながら、麻袋の中からオレンジ色のボールを取り出す。
「皆さんは、魔術を使って中のボールを取り出して、私のところへ持ってきてください。どんな魔術でも構いません」
腰からすらりと取り出したのは、菜箸ほどの長さの杖。
「
呪文と共に杖を振ると、次々とボールが水球に閉じ込められ、宙に浮かび上がった。不規則に場内を漂い始める。
「制限時間は十分です。準備はよろしいですか?」
今一度受験生たちを見渡し、それぞれが杖を取り出したり、妙な構えを取ったりしたところで、
「用意、始め!」
壁に大きな時計が現れ、ボーンという低い大きな音と共に、秒針が進み始めた。
「大げさだな」
謎の演出に率直な感想を漏らす。あれはアリアという女の仕業ではない。隣にいるハイエルフの魔法だ。
「保護者への実演も兼ねていますから」
ローズは肩をすくめた。
「学校運営っていうのは、面倒臭いんだな」
「ええ、とっても」
創設者はにこやかに微笑み、会場を見下ろした。
*****
水球を捕まえるべく一斉に動き出した受験生の中で、イブキとサイは動かなかった。
じっと、漂う水球の動きを見ている。
大人の手のひらほどの大きさをした球は、ゆったりと動いていたかと思えば、急に速度を上げたり、突然方向転換したりする。素手で捕まえることは難しそうだ。
周りでは、自分が使える精一杯の魔術を慌ただしく駆使しているが、イブキにはそんな声も耳に入っていないようだった。
先に動いたのは、サイだった。
「
他の受験生が狙っていない、高い位置にある一つを指差し、ぽつりと呟いた。
瞬間、人差し指から細長い氷の矢が放たれ、水球に突き刺さった。凍り付いて床に落ちた塊を、のんびりと拾い上げる。
「……取り出さないといけないんだっけ」
眠そうに瞬きした後、
「……
再び呪文を呟くと、氷塊が粉々に砕けた。中から出てきたボールを手に、緩慢な歩みでアリアの元へ向かう。
一瞬の出来事に、付近の受験者が呆気にとられていた時だった。
小さく、パチンと指を鳴らす音がした。
イブキの近くでよそ見をしていた受験者に水が降り注ぎ、服を濡らした。
「あっ、ごめんなさい」
イブキは服を濡らしてしまった受験生に謝ってから、ボールを拾い上げ、神妙な顔でアリアの元へ走っていった。
「また三番かよー!」
続けて、若干焦げたボールを持ったラインがその後を追った。
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