2-3.
人数の割に静かな昼食を終えると、ある者は外の空気を吸いに出て行き、ある者は机の上のカードを穴が空くほど見つめ、ある者はカードが点灯する前から親の胸に縋り付いて泣き始めた。
と、食堂の壁に掛かった時計が、午後一時を指した瞬間だった。
「あっ」
それまで何の変哲もなかったカードが、不意に赤く染まった。続けて『2』の文字が浮かび上がる。
同時に、食堂中が歓声と嗚咽で大騒ぎになった。
「なんだ、三番か」
少し離れたところに座っていた少年が、カードを持って不満そうに頭を掻いていた。
短く刈った赤毛に、健康的に日焼けした肌。左目の下に絆創膏を貼っている。いかにも元気が良さそうだ。
彼はこちらの視線に気付いて、イブキが持っているカードの数字を見た。
「アンタが二番? へえー」
じろじろと不躾にイブキを観察しながら、近づいてくる。
「ライン。どうしたの……」
更に、赤毛の男子の後ろからもう一人現れた。
白銀の髪を長く三つ編みにして背中に垂らした少女――、いや、男かもしれない。この年頃の人間は、いまひとつ見た目で性別が判断しづらい。
余談だが、ローズはイブキのことを思い切り男だと思っていた。あの女の目は節穴だ。
「サイ。二番がいたぞ」
「そう……」
反応の薄い少年もしくは少女は、小さく瞬きをする。何故だか既視感を覚える蒼い目が、眠そうに揺れた。
「俺、ライン。こっちはサイ。アンタは?」
「イブキ……」
初めて同年代とまともに会話したイブキは、おっかなびっくりといった様子で名乗った。
「イブキかあ。これさ、サイが一番なんだよ。番号が近い者同士、会場まで一緒に行かないか?」
ひらひらとカードを示して、ラインは愛想良く誘った。馴れ馴れしいが悪意はなさそうだ。
「いいの?」
学校どころか、まず人工物のある地形に慣れていないイブキは、パッと顔を明るくした。
「お前たち、保護者は?」
「先に観覧席に行ったよ」
実技試験は、保護者も見ることができるらしい。とは言え手出しはできないのだから、生殺しのような気もする。
「俺もそろそろ行くか……。イブキ、また後で」
「う、うん。行ってきます」
イブキは緊張の面持ちで頷き、二人の後を付いて行った。
*****
これから同じ年頃の人間と関わって行かねばならないのだ。少しくらい突き放したほうがいい。
それに、たかだかこの学校の敷地の中から、特定の人間の気配や会話を拾うことくらい、大した作業ではない。
ぞろぞろと食堂を出て行く少年少女と保護者に紛れながら、俺はイブキの気配に集中した。
「ねえ、この番号ってどうやって決まってるのかな」
イブキの声を探り当て、耳を澄ます。
「フツーに、筆記試験の点数順だぞ」
ラインが答えた。
「そうなんだ?」
ということは、あの終始ぼーっとしているようにしか見えないサイが、筆記試験の一位。イブキが二位で、ラインが三位。各自、爪を隠した鷹というわけだ。「サイ、どこに行ってんだ。実技試験は修練場だったろ。こっちだよ」
「……そうだっけ」
訂正、ぼーっとしているのは間違いではないようだ。
「すごいね。建物の場所、もう覚えてるんだ」
「兄ちゃんたちもココの生徒だったから、来たことあるんだ」
無駄に広いよなー、と不満を漏らすライン。
「二人は、元々知り合いなの?」
「そう、幼馴染みってやつ。って言っても、ウチがサイの家の家臣なんだけど」
「首都貴族なんだ? あ、なんですか?」
人間社会の階級についても教えてある。貴族に出会っても媚びへつらう必要はないが、無礼をはたらくと面倒臭いので言葉遣いくらいは気をつけるようにと。
「気にすんな。それより、イブキはどこの出身? 黒髪って、この辺じゃあんまり見かけないけど」
「えっと、ジェードっていうところ」
俺たちが住んでいた山は、人間たちにはジェード山と呼ばれている。転じて、麓の町の名もジェードという。イブキは町に馴染みはないが、出身を聞かれたらそう答えておけと言っておいた。
「ジェードかあ。田舎だけど、有名人多いよな。英雄バルハルトとか、大魔術師アルティリシアとか」
「本で読んだことある。ジェードの人だったんだ」
実は観光客向けに石像が建っているのだが、熱狂的な信者が訪れるくらいでさほど賑わっている風ではない。
「地元民ってそんなもんだよな。うちのじいちゃんなんか、『優秀な魔術師が輩出される秘訣を解き明かしに行く』つってジェードに住み着いて、帰ってこないけど」
魔具屋といい、首都貴族の間で隠居暮らしでも流行っているのだろうか。
「もしかしたら、ラインのお祖父さんとすれ違ったりしてたかもしれないね」
「だったら面白いな!」
よく喋るラインのおかげで、イブキの緊張もいくらか解れたようだった。
その功績に免じて、イブキに馴れ馴れしいところには目を瞑ってやろう。
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