2-2.

 ローズに聞いたところによると、魔具屋の店主は、首都貴族の隠居だった。

 魔法と魔具が好き過ぎて、息子にさっさと家督を譲り、霊峰の麓の町で店をやっているのだそうだ。

 もちろん、採算度外視の完全なる趣味であった。


 それはさておき、これから首都で暮らすとなると、することは多い。

 建物が森の木々よりも密集した街を探索したり、住む家を探したりしているうちに、すぐに試験の日はやってきた。


 筆記試験が行われるのは、大きな講堂だった。イブキは初めて見る同年代の子どもたちの中で、目を回していた。

 公平を期すため、試験会場内に保護者が付いていくことはできない。

「……大丈夫だろうか……」

「……伝説の竜ともあろう男が、そんなに情けない顔をしないでいただけますこと?」

 塔の最上階にある校長室から窓に張り付いて講堂の屋根を見下ろす俺を、ローズが半眼で睨む。

「それとも、手塩にかけて育てた娘の実力が、信じられなくて?」

「それはない。イブキなら、推薦なんかなくとも絶対に合格する」

俺はきっぱりと言い返す。そんじょそこらの人間に育てられた魔術師見習いなんぞに、イブキが負けるわけがない。

「親バカ……」

 ローズが、意味はわからないがおそらく罵る意味の単語を呟いて、肩をすくめた。


*****


 午前中いっぱいを使った筆記試験を終え、会場から出てきたイブキは、いくらか落ち着いた顔をしていた。少し安心した。


 昼食を挟んで、午後からは実技試験が行われるらしい。

 昼食は持参した食事を食べても良いが、食堂も開放されるそうだ。予め、食堂付近で落ち合うことにしていた。

 ちょろちょろとネズミのように行き交う少年少女を眺めていると、

「お父さん!」

イブキが目敏く俺を見つけ、精一杯所在をアピールしながら走ってきた。

「どうだった」

「たぶん、大丈夫」

「そうか。良かったな」

 にへへ、と緊張が和らいだ顔で笑うイブキと俺の暢気な会話を聞いて、近くの親子が睨んだような気がした。睨み返したら、そそくさと食堂の中へ入っていった。

「お父さん、威嚇しちゃダメだよ」

「してない」

少ししか。


 不安そうな面持ちの子どもたちと保護者たちに紛れて、食堂でメニューを選ぶ。

「全部美味しそうだなー。どれにしよう」

 食堂初体験のイブキがそわそわとメニュー表を見ていると、

「受かったら毎日食べられるんだから、今日は軽めにサンドイッチセットなんかどう?」

 快活な調理員の女性が、メニュー表の一番上を指差した。

「じゃあ、それにします」

「いい返事だね! きっと受かるよ」

 あっさり決めたイブキを、他の受験者たちが恨めしそうに見ていた。

「親御さんは何にしますか?」

「同じものを」

 おそらく、一番早く出せるメニューだったのだろう。注文から数十秒で、トレーにサンドイッチセットが載せられた。

 厚切りの食パンに、ベーコン、レタス、トマトが挟まったものと、細かく刻んでソースと和えたタマゴの二種類。それにポタージュスープと、食べやすい大きさにカットされた果物。飲み物は、好きなものを自分でコップに注ぐ。

 食堂内には、自分の食事を自分で確保するという野蛮さに戸惑っている者も多かった。身なりから察するに、貴族階級なのだろう。

 しかし校内では貴賤は関係ない。イブキはと言うと、洒落た食事がすさまじい速さで出てくることに感動していた。


 適当に端のほうの空いている席を取ると、イブキが食事の載ったトレーの傍らに、小さなカードを置いた。

「それは?」

「受験票、だって。一時になったら筆記試験の結果が表示されるから、なくさないようにって言われた」

 見た目には、イブキの名前と受験番号が書かれたただの紙切れだ。調べると、簡単な魔術が施してあるようだった。刻まれた数字に対応して、術者の任意で何かが発動するようだ。

「合格だったら赤色に光って、午後の試験の順番が表示されるんだって」

「へえ……」

 ということは、筆記試験の時点で不合格になる輩もいるということだ。道理で、浮かない顔が多いと思った。

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