3章:魔法学
3-1.
イブキはガチガチに緊張した表情で、椅子に座っていた。
彼女の両隣にも前後にも、同じ年頃の少年少女が同じ制服を着て、同じような表情で座っている。
今日は、ローズ・アプリコット王立魔術学校の入学式だ。
本来なら新入生席の後方の保護者席に座っているはずの俺に、何故イブキの表情がわかるのかと言うと、
「ふふ、お似合いですわよ、人間の
俺が座っているのが、教職員席だからだ。
全ては、俺の隣で微笑んでいる耳の長い女のせいだった。
*****
入学式が終わり、生徒たちは興味深そうに建物内を見回しながら、廊下を歩いていた。
この後は学校施設内の案内と、教室での簡単な説明及びホームルームがあるそうだ。
新入生は百名。入学試験の結果を基に二十人ずつ五クラスに分けられ、イブキは一組に配属された。いわゆる、成績優秀者の集まるクラスだ。
一組の担任として彼らを先導するのは、試験官をしていたアリア。俺とローズは最後尾からついていく。
ライン、サイの二人と入学試験の日以来に再会したイブキは、三人で何事か話しながら、連れ立って歩いている。なんだか楽しげだ。
「寂しいのではなくて?」
ローズが、俺を横目で見上げて訊ねた。
「馬鹿を言え。何百年独りだったと思ってる」
「そういうことにしておきますわ」
わかった風な口を利くのが癇に障る。この女は昔からそうだ。ムキになると面白がらせるだけなので、フンと鼻を鳴らすだけに留めた。
「……あの三人、周りから避けられてないか」
規則性なく適当にアリアに付いていっているように見える子どもたちだったが、イブキたち三人の周りには、ちょうど一人分ほどの隙間が空いていた。おかげで、後ろからも様子がよく見える。
「仕方のないことかと。ラインくんは、シルバランス家のご子息ですし」
そのファミリーネームには覚えがあった。推薦状に書かれていた名だ。
「……魔具屋の孫か」
聞けば、例の魔具屋は首都貴族の中でもかなり位の高い家柄の、先代当主だと言う。
どれくらい高いかと言うと、王家の次くらい。
「じゃあ、あのサイっていうのは」
「サイバーくんは、現国王の息子です」
サイの本名はサイバーと言うらしい。そんなことよりも。
「あいつ、男だったのか」
どちらだろうかと、真剣に観察していたところだった。
王立魔術学校には統一されたデザインの制服があるが、当事者の好みや体格、家の宗教などに合わせて選ぶことができる。故に、女子生徒がスカートを穿いているとは限らない。現にイブキは動きやすさを重視してハーフパンツを選んだ。サイとラインも同じくだ。
「ええ、お姫様ではなくて、王子様ですわ」
第三王子ですけれど、と付け加える声を遠くに聞きながら、俺は眉を寄せた。考えてみれば、王家の次に位の高い家の子が付き従い世話を焼く家と言ったら、王家以外にない。
「待て。サイのファミリーネームは?」
「もちろん、
ローズは、にやりと笑った。
ローズの『
彼らとの確執、もとい腐れ縁は、話せば長くなりすぎるものだから、イブキにも話していない。
エテルメールは、とある事件の後に人間どもに担ぎ上げられ、人間の国を統べる長となった。
もちろん、ただの人間だった本人はとっくに死んでいる。代々、彼の子孫が王となり国家の象徴として崇められている、らしい。
それはいいとして。
「……お前が仕組んだんじゃないだろうな」
イブキが山を出た途端にこれだ。都合が良すぎるくらいに、厄介事の種に吸い寄せられていく気配がする。
「まさか。貴方が人間の子どもを拾って、あまつさえ育てるなんて、誰が想像できて?」
ハイエルフは呆れた顔で肩をすくめた。
ふと、ラインがこちらを横目で見て、イブキにひそひそと何か訊ねた。
「イブキ。なんでお前の父さん、校長と一緒にいるんだ」
声を拾うと、尤もな疑問をぶつけていた。
「校長先生にスカウトされて、先生やるんだって」
イブキは少し困ったような声で答える。
そうなのだ。よりによって一番借りを作ってはならない女に借りを作ってしまった俺は、
「竜が人間の学校でものを教えるなんて、前代未聞で面白いと思いませんこと?」
と例の艶っぽい笑い方で言われ、拒否権なしに奴の下で教師として働くことになってしまった。
「すごいじゃん。『王立』って、教職員試験もめちゃくちゃ難しいんだろ」
ラインが素直に感心している。疑うことをしない、純粋な心がありがたい。
ちなみに、国内に魔術学校と名の付く教育機関は複数存在するが、王立の称号を冠しているのは、このローズ・アプリコット魔術学校しかない。
故に、一般的には『王立』と言えばここ、といった具合らしい。ハイエルフの長ったらしい名前も形無しだ。ざまあみろ。
「何か?」
口元に馬鹿にした笑みが出ていたようで、目敏いローズに睨まれた。
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