2章:王立博物館

2-1.

 「いいえ! 同じではないんですよ!」

ティアーナは、熱弁を振るっていた。と言っても、静かな館内で他の客の迷惑にならない音量でだ。

「王立首都博物館はですね、世界有数の所蔵量を誇る博物館なんです。全てを展示できるスペースはさすがにありませんから、所蔵品のほとんどは地下の所蔵庫に収められていて、定期的に展示物の入れ替えが行われているんですよ。ほら見てください、この最新版の冊子に載っている三千五百年前の壺が展示されるのは二年ぶりで、先月末からの展示です」

とても早口で喋るものだから、ラインでさえも口を挟む隙がない。

「展示してある品物だけでもかなりの数ですし、館内はとても広いですから、真剣に見て回ったら一日では足りません。三日は欲しいところです。旅行会社でも、近くのホテルと博物館の割引券をセットにした旅行プランがあるくらいなんですよ!」

午前中のほうが人が少なく見て回りやすいから、と言われて開館時間の十時に合わせて集まったが、できる限りじっくりと見て回りたいという、ティアーナ自身の希望が垣間見えた。

「今日は隕石を見に来たんでしょ? 他の展示物はまた今度でいいじゃない」

と言うのは、気温が低くなるに従って布の量が増え、一層ひらひらした服を着ているソフィア。

「そうだな。ティアーナ、隕石ってどこに展示されてるんだ?」

欠伸をしながら、ラインが珍しくソフィアに同意した。

「隕石は常設展示なので、他の展示品が入れ替わってもいつも場所は同じなんです」

そう言って、ティアーナは壁の館内案内板に駆け寄っていく。

「今私たちがいるのはここ、入り口ですね。展示室は年代や企画ごとに分けられておりまして、隕石があるのは『未来の部屋』ですから、ここになります!」

くねくねと蛇行する順路を辿る指を、子どもたちの目が追い、

「最後じゃないのよ!」

いくつも部屋を抜け、出口の手前の部屋を指差したティアーナに、ソフィアが律儀に突っ込みを入れた。

「ですから、他の展示品も見て回りつつ、楽しく進みましょう」

「マジかあ」

肩を落とすライン。

「時間もあるし、せっかく来たんだから他の展示も見ようよ」

今回は、サイとラインは抜け出してきているわけではない。きちんと王宮に許可を取っての外出だ。館内には既に、他の来館者の邪魔をしない程度の兵士が配備されている。

「うう、イブキさん……!」

不満の嵐にめげそうになっていたティアーナが、唯一楽しそうに説明を聞いているイブキの反応に、目を潤ませた。

「じゃあ、さっさと行こう。そろそろサイが寝るぞ」

黙っていると思ったら、普段からあまり開いていない青い目が、半分ほど閉じていた。


*****


 『古代の部屋』と名前の付いた部屋で、サイとイブキは、白い彫像を見上げていた。目を閉じて両手を組み、祈るような姿勢の女が精密に彫られた像だ。

「女神像……」

説明の書かれたプレートの文字を読み、イブキが再び見上げる。

「女神教で信仰されている、女神様を象った像ですね」

女神教は、治癒魔法が使えたという伝説の聖女を、女神として祀った宗教だ。一時は国一つまとめるほどの隆盛を極めたが、今となっては、食前の祈りや葬式に形式を残すのみとなっている。

「こんなに精巧に石を彫る技術が、何千年も前には既に存在していたというのは、驚きではありませんか? この像は古い教会に収蔵されていたんですが、黒竜事変でも大戦でも、まるで何かに守られているようにその教会だけは焼け落ちることがなかったので、奇跡の女神像と呼ばれているんです」

ティアーナも、目を輝かせながら見上げる。

「それがどうして、今はここにあるのよ」

寄ってきたソフィアが訊ねた。

「信者の減少や建物の老朽化で、教会を維持することができなくなったんだそうです」

「結局、お金の都合なのね……」

黒竜事変の後、徐々に規模を縮小していったらしい。新たな信仰対象となる五賢者が現れたためとも言われている。

「それにしてもティアーナさん、あなた本当に詳しいわね」

「えへへ、調べ物が趣味でして」

一度見たものや聞いたことを忘れないというのは、本当らしい。聞けば出典まで、すらすらと答えた。


 なおも女神像を見つめる二人から離れたソフィアは、つまらなさそうにガラスのケースに近寄り、厳重に保管された何かの破片を覗き込んだ。

「ただの鉄片よねえ……」

説明には、おそらく祭事に使われた道具の一部であろうと書かれていた。

「お前の家にだって、やたら高いただの置物があるだろう。似たようなもんだ」

「ありますけれど。でもあれは見た目も綺麗だし、素材も高級だし、有名な人が作ったものだから、高くて当たり前です」

すると、ティアーナが割って入ってきた。

「古代文明の遺物は、大半が黒竜事変や世界大戦の戦火で、焼けてしまったと言われています。ここにあるものは、まだ当時は地面に埋まっていたり、奇跡的に戦火を逃れたりして残った、とても貴重なものなんですよ」

ティアーナはなおも興奮気味に話す。

「それに、素敵な美術品も、私たちが普段使っている道具も、昔の人たちが研究と改良を重ねてきた結果なんです。今に至るまでの先人の努力は、大いに価値のあるものですよ」

「ふーん……? うちで扱う美術品にも、古いだけでどうして高いのかわからないものはたくさんあるから、そういうものかしら」

興味はないが価値があることは認めてやらんではない、という妙な納得の仕方をしていた。すると、ラインがケースを覗き込みながら、フンと鼻を鳴らした。

「貴族だって似たようなもんだ。先代が積み上げた功績が、何をしたわけでもない俺たちの価値になってるんだからさ」

「そうねえ。偉いことをしたご先祖様の血筋が昔から続いているってだけなのに、貴族って偉そうだものねえ」

「あっはっは、特に今生きてる奴らなんか、大きな戦争も経験してないからなあ」

ソフィアの嫌味にも、ラインはからりと笑った。

 初めの頃こそ、シルバランスの名前に萎縮して多少は気を遣っている風だったソフィアだが、不敬を働いても案外大丈夫だということに気付いて、最近はかなりずけずけとものを言う。

 とは言え、ラインのように、自分の立場を客観視している貴族ばかりではない。学校でも、平民や下級貴族が、同じ部屋で同じ制服を着て同じ勉強をしていることが不満な様子の貴族の子どもは、少なくなかった。ローズが王立であることを盾に『学問に貴賤はなし、不満があるならよそに行け』という強気な姿勢を貫いていなければ、とっくに貴族学校に名前が改められていたかもしれないくらいだ。

 ラインにしても、

「貴族が古代の鉄片なら、商人は現代に作られた真新しい剣ってところかな。博物館に飾られるくらいになれればいいな」

にやりと笑って嫌味を返すくらいはする。

 バイオレット商会は、ソフィアの父が設立し大きくした。しかし、これからもずっとそうであるかはわからない。一人娘のソフィア、あるいはソフィアが選ぶ誰かによっては、彼女の代で潰れてしまう可能性だって大いにある。

 聡い少女がそのことをわかっていないわけがなく、むっと口を噤んだ。

「人間の栄枯盛衰なんか、くしゃみしたら消し飛ぶくらいの短い歴史だろうが。程度の低い争いをするな」

「先生が一番偉そうだよな」

「そうね。先生に比べたら、ラインくんなんか全然気さくだわ。ごめんなさい」

「いいってことよ」

いがみ合っているかと思ったら、俺をダシにして急に仲直りした。ティアーナが吹き出した。

「確かに、世界の長い歴史からすれば、人間の営みなんて一瞬の出来事かもしれません。だからこそ、昔の人たちが生きていた一瞬の証が残っていること、それを今まで守ってきた人たちのことを、私はとても尊いと思うんですよ」

うっとりと慈しむようにケースの中の鉄片を見るティアーナを、二人は黙って見ていた。

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