1-4.
放課後、イブキはソフィアを伴い、図書館にいた。イブキは生徒の中でも、図書館をよく利用するほうらしい。
平均すると週に二、三度。昼休みに行くこともある。輸入された外国語の本など、珍しい本を借りることもあるので、図書館の職員たちもすっかり彼女の顔を覚えた。
ちなみに、ソフィアはさほど読書家ではないが、イブキの行くところどこにでもついて行きたがる。ついでに実用書の類を借りていくので、必然的に図書館利用率が上がっており、こちらも職員と顔なじみになりつつあった。
借りていた本を返し、次の本を探しに書棚に向かうイブキに、ソフィアが訊ねた。
「イブキくんは、本当に本が好きよね。今度は何を借りるの?」
「これって決めてるのはないんだけど……。五賢者様のことが書いてある本を探してるんだ」
あの頃のクォーツと、その仲間たちについて書かれた本は、創作物語から研究論文まで、腐るほど存在している。
しかし量が多いが故に、求めている情報が載っているかどうかが、タイトルだけでは判別できない。一つ手に取ってぱらぱらとめくっては、うーん、と唸って戻し、少しずつ移動していた。
「ディル先生は教えてくれないの? ローズ校長と仲が良いんだから、本よりも詳しそうだけれど」
「あんまり、話したくないみたい」
当時のことを、イブキにすすんで話したことはない。そういった本を与えたこともない。
「五賢者様のことは、『知っていて損がないこと』には含まれなかったのかしら。不思議ね」
五賢者の伝説が国内では常識であることは、もちろん知っていた。知識が偏ることが良くないことも分かっていた。が、どうしても、俺の口から話す気にはなれなかった。
「明るい話じゃないからかなー」
山を出るまでは、俺が昔何をしていたか、そもそも
「黒竜事変は、授業で習うだけでも気分が悪くなるくらい、酷い事件だけれど……。五賢者様の話だけなら、明るい話も多いはずよ? 魔法の研究とか、魔具の開発とか」
「そうだよね。そういう話が載ってる本、ないかなー」
直接聞かれれば話さざるをえないと思っていたが、イブキは俺に、積極的に聞くつもりはないらしい。
悩んでいるイブキを、黙って見守っていたソフィアが、ふと思いついた。
「五賢者様のお話なら、児童書なんかどう? 案外面白いわよ」
「児童書? そっか、そういうのもあるんだ」
子供向けの本は学校教育の下準備として、歴史や宗教を踏まえた話がわかりやすく描かれているものも多い。あまり踏み込んだ内容ではないが、世間でどのように語り継がれているのかが、凄惨な部分を省いて描かれている。導入にはうってつけだ。
早速棚を移動したイブキは、めぼしいものを見つけて喜んでいた。
「私だけだったら、児童書の棚なんて思いつかなかったよ。ありがとう、ソフィア」
「お役に立てて何よりだわ」
にへへ、と笑うイブキに、ソフィアは誇らしげに鼻を鳴らした。相手の求めているものを、的確に察して勧めるというのは、商人の娘ならではの技能だろうか。
「あっ、イブキさん。と、ソフィアさんもご一緒でしたか」
ソフィアの借りる本を探しに移動しようとした二人に、聞き覚えのある声が話しかけた。
「ティアーナさん。こんにちは」
「こんにちは。ご無沙汰しています」
「本、いっぱいですね。全部一人で、元の場所に戻すんですか?」
返却された本を載せたワゴンを押していたようで、イブキが驚いている。
「大丈夫ですよ、館内の本の場所は全部、覚えてますから。返却作業が速いって、褒められるんです」
ティアーナは、えへへ、と緩い声で笑った。鈍臭い彼女だが、持ち前の記憶力を活かして、無事に図書館の職員を続けられているようだ。
「そうそう。突然ですけど、もう博物館には行かれましたか?」
「いえ、まだ行ってません。みんな忙しいみたいで」
夏に計画していた博物館の隕石見物だが、裏でゴタゴタが続いているせいで、二人の外出許可が下りないらしく、先延ばしになっていた。
「でしたら、皆さんの予定の合う時に、一緒に行きませんか? 定期的に見に行くので、少しはご案内できるかと思います」
「私も参加していいかしら?!」
ソフィアは、自分だけ夏の出来事を知らないことが悔しいようで、喰い気味に割って入った。
「もちろん。二人にも、予定聞いてみないとだね」
「じゃあ、予定が決まったら教えてください。カウンターや事務所にいないときは、呼んでもらえれば戻りますし、もし不在の時は他の職員に伝言を残して頂けると助かります」
では、と言って、ティアーナは仕事に戻っていった。
「同じものが展示してあるのに、定期的に見に行くなんて、変な人なのねえ」
ティアーナの足音が遠ざかってから、ぽつりとソフィアが呟いた。
あまりにも率直な意見だったが、変人であることは間違いないので、イブキも苦笑いするしかなかった。
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