1-3.

 クラウスは火傷を医者に診せるために早退し、翌日は学校を休んだ。

 心配するクラスメイトたちをよそに、復帰したクラウスは、にこにこと上機嫌だった。

「怪我の具合は?」

「大丈夫です。まだ少し痛みますけど、ペンと違って、杖は左手でも持てますから」

「そうか」

手に包帯を巻いてはいるが、それもじきに外れるということだ。再生した皮膚が丈夫になるまでは、魔素を操ることに重点を置き、一人だけ別の練習メニューを行うことになった。


 「いいなあクラウス。その杖、ヴァルティの新作だろ」

ラインが、クラウスの新しい杖に目をつけた。

「わかるかい? 前からヴァルティの杖には目を付けていたんだけど、前の杖は家庭教師がくれたものだったから、なかなか新しいものが欲しいって言いだしづらくて。杖が燃えてしまったおかげ、と言ったら不謹慎かな。でも、やっと新調できたんだ」

クラウスは、嬉しそうに新しい杖を掲げている。俺のところに請求が来なかったのは、そういう事情だったか。

「ヴァルティ?」

聞き慣れない単語に、イブキが首を傾げた。

「ああ、イブキも先生も杖を使わないから、知らないんだな。国内に、魔術杖専門の魔具工房がいくつかあってさ。クラウスが持ってるのは、ヴァルティっていう、有名な魔具工房の作品なんだ」

工房の名前がいつしかブランドとなり、魔術師は一流の工房の杖を持っていることが、一種のステータスになっているのだそうだ。

「へえー。ラインの杖は?」

「俺のはウィングストン。本当は俺も、ヴァルティの杖が欲しかったんだけど。ウチの家系は代々ウィングだからって、ヴァルティの杖は選ばせてくれなくてさあ」

口を尖らせて不満を漏らすライン。

「私はウィングストン好きよ。入学祝いに、お父様にプリンセスシリーズを買ってもらったの」

ソフィアも口を出した。肌身離さず持ち歩く相棒だけあって、杖には各々、強いこだわりがあるようだ。

「ウィングは装飾が派手だろ。俺はヴァルティの重厚な感じが好みなんだよ」

確かに、ラインの杖はごてごてと金の装飾が多い。ソフィアの杖もだ。一方、クラウスの杖は実用性一辺倒といった感じの、無骨な木彫りの装飾だった。

「ま、結局はどんな工房の杖も、『銀の槍』には劣るらしいけどな」

自分の杖を指でくるくると回しながら、ラインはどこか誇らしげに言った。

「銀の槍って、クォーツ様が持ってた槍のこと? 杖じゃないよね?」

すると、クラウスは頷いて答えた。

「もちろん、見た目は槍なんだけれどね。同時に、魔術杖の原型になった魔具でもあるんだ」

銀の槍は、クォーツがヴァルテッリを仲間に引き入れ、文字通り血の滲む研究の末に作り出した、『魔術補助用魔具』だ。

「クォーツ様は、体質的には普通の人間だったそうだから。ディル先生やブランシェルくんみたいに、素手で魔術を使うことはできなかったんだって」

「そうなの?」

イブキが血縁者のサイに確認すると、薄く頷いた。

「でも、サイも杖を使わないよね」

「サイは、魔素生成器官が平均的な人間よりも発達してるって、医者が言ってた」

体内の魔素だけで魔術の発動に足る量を賄えるわけだから、杖で補助する必要がないというわけだ。

 地域によってまちまちだが、少なくとも首都に住む子どもたちは、定期的に生体魔素の量を測定する機会があるらしい。もしも魔素量が多いことが分かれば、魔術学校へ特待生として入学できるので、平民も、面倒臭がらずに測定を受けにくるのだとか。

 そうでなくても、杖を選ぶ際の基準にもなるとのことで、重要な検査なのだという話だった。

「学年が上がれば、魔具工房に見学に行く授業もあるらしいよ」

「ええ、ありますよ。そのためにも、ちゃんと授業に取り組んで、進級してくださいね」

生徒たちの様子を順に見て回っていたアリアが寄ってきて、再びお喋りを窘めた。


*****


 「ジェードって、子どもの魔素測定はしているのかしら?」

教室に戻る道すがら、ソフィアが訊ねた。イブキはうーん、と唸った。

「山に住んでたし、幼年学校も行ったことないから、わかんないなー」

昔から魔術師が排出される土地だという話だし、魔具屋が好き好んで住んでいるくらいだ。おそらくはあったのだろう。

「幼年学校にも行ってないのか。じゃあ、イブキの先生は、ずっとディル先生だけだったってこと?」

「うん。読み書きも計算も、『知っていて損がないことは教えてやる』って言って、いろんなこと教えてくれたよ」

「ディル先生って確か、語学も堪能なのよね。……外国語の授業もやってくれないかしら」

国内には、外国語の教師が少ないらしい。今やエテルメール王国は世界有数の大国となっているので、よその国の人間たちが、王国の公用語を学んできたり、通訳を付けることが多いのだという。

「あはは、面倒臭がりそう」

「イブキくんが頼んでもダメかしら」

「……ローズ校長に、命令してもらえば?」

本当にやる羽目になるからやめろ。

「結構、真面目に外国語の授業も欲しいのよ。商人に必要なのは営業力と交渉術だもの。もちろん相手がエテル語を学んでいたとしても、相手の国の言葉が分かるってだけで、全然違うと思わない?」

「そうだなあ、魔導列車が走るようになれば、今までラリマトで止まってた観光客が、首都まで来ることも増えるだろうし」

「でしょう? 本気でローズ校長に進言してみようかしら」

積極的で勉強熱心な子どもたちは、不穏なことを言いながら、教室に入っていった。

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