11-4.
ラインに預けた手紙の返事が来たのは、更に二週間ほど経ってからだった。
直接話がしたいという魔具屋立っての希望で、こちらの休日に合わせて首都まで出向くという。
ジェードから陸路で首都へ赴くのは一日がかりになるはずだが、老紳士の魔具への情熱は潰えることを知らない。
指定されたのは、貴族街と城下の境目にある大きな建物だった。
『魔具協会本部』という看板が掛けられており、その名の通り、国中の魔具流通を総括し、品質基準を定める権利を持っている組織なのだそうだ。
魔具屋はもちろん組織の重鎮のようで、その客である俺は、通りかかる人々にやたら恭しくお辞儀をされながら、奥へ案内された。
「まずは、先日の事件の続報からお知らせしますね」
校長室といい勝負ができそうな調度品の配された応接室で、魔具屋は書類をローテーブルに重ねた。
「この件に関しての捜査本部は軍のほうにありますから、事件の詳細はそちらでお聞きになったほうがいいでしょう。我々からは、軍から調査を依頼された、『魔物人間』について報告します」
書類には、怪物の胸に埋められていた魔具についての調査結果が記されていた。
「あの魔具は、大気中の魔素を取り込み強制的に人間の体内に送り込むことを目的としたものでした」
原理としては、
「そんなことをしても、魔素酔いを起こすだけじゃないか?」
「ええ。しかし、慣らせば魔素酔いは減らせます。実験台にされた男たちは、日頃から訓練を受けていたものと思われます」
それが別の理由によるものなのか、初めから魔物人間にされる計画だったのかは、わからないが。
「つまり……。人間も、強制的に魔素漬けにすれば魔物に変化すると?」
「いいえ。本来なら、そんなことをすれば身体が拒絶反応を起こして、死に至ります。ですが……。魔物人間の死体から、生物の魔素変換機能を活性化させる薬の成分が出ました」
大気中の魔素を生体魔素へ変換する機能は、生物が元々持っているものだ。ハイエルフは特に発達しているため、
「そんな薬があるのか」
「……大変言いづらいのですが、戦時中には、非人道的なこともしばしば行われておりまして……。そのような薬もいくつか開発され、ごく一部の部隊にですが、投入されました。ハイエルフの魔法にも匹敵するほどの魔術の行使が可能になったとのデータがありますが、常用していた兵士たちはいずれも短期間で心身に異常を来し、廃人となっています。……もちろん、戦後には製造法を含め厳密に封印されましたし、そんな薬があったことは、一般には公表されていません」
人間は時に、とんでもなくおぞましい行為を平然とやってのけることがある。特に戦争など、非日常であるべきものが日常になってしまうと、元々持っていた常識が塗り替えられて、麻痺してしまう。
「ってことは、薬の製造法の出所は、かなり限られてくるんじゃないか」
「その通りです。内部でも、大騒ぎになっているところです」
軍の内部、それも極秘資料を閲覧できる身分の人間の中に、研究所と通じている者がいることになる。
「魔具と薬の組み合わせによって、魔物人間の製造が可能になるのか、または他にも要因があるのかはまだ調査中です。ガルバンダの娘も、その部分については黙秘を貫いておりますし。今回ご報告できるのは、ここまでです」
書類をまとめながら、魔具屋は大きなため息をついた。
「わかった。手間を掛けさせたな」
「こちらこそ、夏の休暇を台無しにしてしまって、申し訳ない」
悠々自適な趣味生活を送れる平和な時代だと思っていたのに、身近で急にきな臭い話が勃発したのだから、心労も多かろう。
「それじゃ、辛気くさい話はこれくらいにしまして、今日の本題に入りましょうか」
老紳士の心中を察して眉間の皺を深めていたら、当の本人は急に背筋を伸ばして、明るい声で言った。
「こちらが、先日ご注文を頂いた魔具です」
テーブルの隅に置かれていた木製の箱を、サッと真ん中に持ってきた。
厳重に仕舞われていたのは、細かい装飾の施された腕時計だった。
「……派手じゃないか?」
「折角ですから、ミゼットの彫金師に発注して、見た目にもこだわりました」
魔具屋は満足げだ。時計のベルトには、宝石のように多面体にカットされた隕石が、大小いくつも埋め込まれている。石が生み出す魔素をより引き出すような加工を、という注文だったのだが、確かに素のままよりも、石が帯びている魔素の量が増えている。
「こちらは首飾りです。シンプルにとのことでしたから、どんな服装にも合うよう装飾を少なくしております」
腕時計とはうってかわって、大きくカットした石を最低限の装飾でペンダントトップに加工し、地味な銀色のチェーンで吊した簡素な首飾りだった。
「それと、これはお嬢さんへ贈り物です。入学祝いにしては、随分遅くなってしまいましたが」
最後に差し出したのは、小振りな懐中時計だった。小さな隕石の欠片を組み込んであり、どんな場所でも時計が動き続けるという。要するに、これから石が量産できた場合に作る魔具の、試作品だった。きらきらしたものが好きなイブキは喜ぶだろう。ありがたく受け取ることにした。
「妙な注文をして悪かったな。助かる。それで、いくらになる?」
「言ったでしょう、お題は隕石の欠片で十分です!」
何なら、隕石と同じ性質の石を作ることに成功した暁には、逆にいくらか包む勢いだという。
「待っていてください。私が死ぬまでには必ず、実用に結びつけますよ」
「そうか……。頑張ってくれ」
あまりの張り切りぶりにそう言うしかなく、それぞれの魔具の説明に始まる熱の籠もった長話の気配を察知して、俺は速やかに礼を言って、魔具協会を立ち去った。
*****
隕石をあしらった魔具を早速身に付けて、町を歩いてみる。
残暑厳しい九月の首都では、まだ空調魔具を使っている店も多い。七月八月ほどではないものの、相変わらず魔素は薄かった。
しかし、しばらく歩いても体調はさほど悪くならない。腹も減らない。
「これは便利だ」
魔具屋としては、例えば杖に組み込んで魔術の威力を更に底上げしたり、魔素の薄い場所でも使える魔導灯を作ったりということを考えているのだと思うが、俺の使い道は『非常食』だった。これで校長室に逃げ込まなくても良くなるし、食費も落ち着くだろう。石を大事に保管していたイブキも、誉めてやらねばなるまい。
甘味でも買って帰るかと大通りへ足を踏み入れ、ハイエルフ御用達の菓子屋でショーケースの中身を物色し、包んでもらっていた時だった。
「あれ、先生?」
聞き覚えのある声に振り返ると、ラインが店の扉を開けたところだった。ただし、
「……今日はでかいな」
例の魔具を首から下げていない、青年の姿だった。
「まあね」
照れくさそうにはにかんで、スマートに扉を開けたラインに促され、私服姿のニイナが申し訳なさそうにしずしずと入ってくる。
「ご無沙汰しております」
淑やかに一礼するニイナが、少し派手な化粧をして着飾っていることに気付いて、思い出した。
「今日が誕生日だったか。おめでとう」
「ありがとうございます」
祝われることに慣れていないのか、伏し目がちにおどおどと目を泳がせていた。
「だから、今日は立場逆転。俺がエスコートしてんの」
そう言って、ラインは誇らしげに胸を張った。ニイナがラインの命令で取った休暇に合わせて、ラインも予定を空けたのだろう。おそらく今日は、ギルベルト辺りがサイに付いているに違いない。
「そうか……。デートの邪魔したな」
「でっ?!」
何気なく言った俺の言葉で、ラインが目に見えて狼狽えた。一方のニイナのほうは、
「デート……ですか?」
きょとんと首を傾げ、言葉の意味を反芻して、
「……」
徐々に、いつも涼やかな白い肌に赤みが差していく。
「先生、変なこと言うなよ! ニイナが困ってるだろ?!」
ラインの手には、城下で人気のアクセサリーブランドの紙袋と、同じく若者の間で流行っている服屋の紙袋。どちらも、中身を訊くまでもなくニイナへの誕生日プレゼントだ。
加えて、ここは先日、ラインが俺の仕事部屋で食べていた菓子の店だ。そういえばあの時も、ニイナに買ってやりたいというようなことを言っていたような。
「違うのか」
いや、改めて確認しても、間違いない。誰がどう見ても、恋仲の男女のデートだ。かつてローズに、鈍い鈍いと罵られ続けた俺でもわかる。むしろ、本人たちに自覚がなかったのが驚きだった。
「俺はその、日頃の感謝の気持ちを込めてニイナを労うために城下に誘っただけで、そういうやましい気持ちでは……」
いつもソフィアをからかって遊んでいるあのラインが、しどろもどろになっている。面白いが、ニイナの前であまり格好悪いところを見せるのも可哀想だ。
「そうか。じゃあ、俺の勘違いだな。あんまり遅くなるなよ」
丁度菓子が包み終わったところだったので、じゃあなと手を振って店を出た。
*****
「わあ、お菓子! ありがとう」
留守番をしていたイブキが、包みの中身を見てにへへと笑った。
「これは魔具屋から。入学祝いだそうだ」
「えっ?」
続けて木箱を差し出すと、首を傾げながら受け取り、蓋を開けた。
「時計?」
「ああ。この前の、隕石を使った魔具らしい」
「そうなんだ……。あ、この赤い石がそう?」
細かい装飾の施された蓋を開けると、文字盤に小さな石が埋め込まれていた。裏側は時計の構造が見えるようガラス張りになっており、やはりこちらにも、赤い石が組み込まれている。装飾と機能性を両立した、美しい懐中時計だった。
「かっこいい! ラインが持ってた首飾りみたい!」
金色の鎖を首から通し、窓の光に透かしてうっとりと眺めている。気に入ったようだ。
「なくすなよ」
「うん!」
ひとしきり眺めると、木箱を抱えて嬉しそうに自分の部屋へ置きに行った。俺の土産はもはや意識の外だ。
「……まあいいか……」
なんとなく悔しい気持ちになったが、イブキが喜んでいるからと無理矢理自分を納得させ、袋の中のマドレーヌをひとつ摘まんで囓る俺だった。
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