2部
序章:秋半ばの報告
0.
大通りの街路樹が赤や黄色に色づき、石畳を染めていた。
ついこの前まで、氷菓子の店が賑わい、冷房魔具の品揃えが豊富だったはずの大通りでは、いつの間にか厚手の服や、暖房魔具が売り出されている。
まだ厚着をするような気温ではないものの、実際に必要な季節が来る前に売るのが、商売の基本らしい。
王立魔術学校でも、冬服を着た生徒が増えてきた。
「先生」
長袖のシャツの上にベストを着たラインが、俺を呼び止めた。同じ格好のサイも一緒だ。
「今日の放課後、時間ある?」
いつになく真剣な面持ちだった。
「ああ。……仕事部屋がいいか?」
「助かる」
俺が頷くと、ラインはすぐにいつもの無邪気な顔に戻り、何事もなかったように去って行った。
*****
部屋のソファに二人が座り、俺は仕事机の椅子に腰掛ける。
「毎度思うけど、ここのソファ、割といい奴だよな」
二人は時々気まぐれにやってきては、ソファを占領する。
何気なく過ごしているように見えて、二人は常に気を張っている。人目に付かないこの小部屋は、良い休憩所らしい。
「で、何の用だ。湖の事件の続報か」
すると、ラインの顔からスッと表情が消え、小さく頷いた。
「……昨日、ガルバンダの娘が死んだ」
「死んだ? 随分早い処刑だな」
ああいう輩は、数ヶ月から数年拷問に掛けて洗いざらい情報を吐かせてから、処刑されるものだとばかり思っていたが。
「処刑じゃない。……見張りの看守の話だと、夜中に急に苦しみだして血を吐いて、そのままだったってさ」
「……病死の可能性は?」
「可能性はある。けど、捕まった当初の身体検査では、健康体だったはずなんだよ。昨日までは、喋りたくないこと以外には、普通に受け答えもしてたし」
それは、つまり。
「毒の可能性が高い……」
いつも表情が乏しいサイが、ぼそりと呟く。
「見た目には平常通りにしてるけど、おかげで裏は大騒ぎだ」
牢に入れられる時に、個人の尊厳など全く無視した念入りな身体検査を受けているはずだから、服や体に毒を隠すことはできない。となると、後から誰かが差し入れた、もしくは飲ませたということになる。――確実に内部犯だ。
「学校に来ていていいのか」
「学校のほうが安全だろ。先生もいるし、何よりローズ校長がいる。だから、第三王子近衛隊は通常業務」
「なるほど」
この学校は、言わばあの女の城だ。王家と対等な立場のローズが拒絶すれば、たとえ国王でも校内に立ち入ることはできない。加えて、王立魔術学校の魔法学教師たちは、宮廷魔術師と比べても遜色ない実力を持っているという。確かに、避難場所としては最適だった。
「っていうのが、表向き。本音は、偶然とは言え反乱因子をいち早く見つけてきた第三に、他の部隊がこれ以上手柄を取られたくないだけだ」
ラインは肩をすくめた。
「殺しなら、国に対する宣戦布告じゃないか。内輪揉めしてる場合か」
未だに、魔物研究所とやらの目的はわかっていない。ティアーナは快く協力しているそうだが、彼女が勤めていた『湖底調査機関』の施設は、軍が乗り込んだ時にはもぬけの殻だったらしい。
「しかも、対抗する手段を、既に持ってるってこと……」
国を相手取って何らかの謀略を進めるのであれば、城の中での暗殺は悪手だ。計画が整うまで避けなければならない。無駄に警戒させ、守りを強固にしてしまうからだ。
逆に、それを行ったということは、これからやらかすぞという合図なわけで。
「平和ボケしてんだよ、良くも悪くも。第三は隊長が俺なせいで、風当たりも強くて」
中身は成人とは言え、それを知るのはごく少数。実質的な隊長はギルベルトが代理で行っているものの、子供を隊長に据えるようなふざけた真似をしておきながら、正室の子を任され妙に王家の信頼を得ている部隊を、快く思わない者は多いようだった。
「せめて建国記念祭まで、何もないといいんだけど」
十一月に、何やら盛大な祭りがあるらしい。
「もしかしたら近いうち、先生の手を借りるかもしれない」
湖での出来事は、俺が何をしたのかを含めて、国王まで話が伝わっているそうだ。
伝わっていないのは、俺とイブキが使う治癒魔法に関わる部分のみ。第三王子近衛隊は、忠誠心が強く口が堅い、信頼に足る部隊だ。
「国の
「軍としても、一般市民の力を借りるなんて、みっともないことはしたくない。でも、使える駒を使わずに負けるのは、もっとみっともない」
「駒ねえ」
フンと鼻を鳴らすと、黙っていたサイが、急に口を開いた。
「……何かあって、イブキが悲しむのは嫌、でしょ?」
「……」
俺が黙ると、ラインは面白そうに笑った。
「代わりに、って言うわけじゃないけど、俺たちも先生とイブキが不自由しないように、できる限りのことはするから」
「高く付くぞ……」
とは言うものの、イブキのことを抜きにしても、旧友がたくさんのものを犠牲にして作り守ってきた場所を、易々と壊されるのは不愉快だ。利害は一致することだし、手伝いくらいなら、してやっても良いか。
ただの雑談をしてきたような顔で出て行く小さな背中を見送り、俺はため息をついた。
いつの間にか、面倒に巻き込まれることが前提の立場になっている。これも全て、あのハイエルフのせいだ。
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