11-3.
長かったようで短かった夏休みが終わり、二学期が始まった。
「……楽しかったみたいで何よりだわ」
一段と日焼けが濃くなったラインを見て、ソフィアがむくれていた。
「いろいろ大変だったんだぞ。予定より早く帰ってくる羽目になるし。……八月の首都、暑すぎ」
「ふーん? まあいいわ。イブキくん、冬休みは私の家の別荘に招待するから、予定を空けておいてね!」
「ホント? 楽しみにしてるね」
のけ者にされたのがよほど悔しかったのか、ソフィアは必死だった。
「気が早ええよ」
冬休みは、十二月の中旬から一月の初旬までの、三週間足らずだ。五月に夏休みの話をしたイブキに気が早いと言ったのは、誰だったか。
「うふふ、ねえイブキくん。雪原スキーと南の島、どちらが好き?」
「聞いてないし」
さすが豪商の娘というべきか。旅行の案内冊子でも持ち出してきそうな勢いだった。
「どっちも面白そう! すごいね、みんないろんなところに別荘を持ってるんだ」
今となってはジェードの山が別荘のようなものだが、普通の人間は山で魔素酔いするとのことなので、招待することはできない。招待できたところで、特筆すべきものは何もない場所なので、構わないが。
「サイバーくんとラインくんも、もし予定を空けられるなら、招待してあげてよくってよ!」
ふふん、とソフィアは偉そうに言った。王子相手に怖いもの知らずな娘だと、遠くでクラスメイトが呆れている声がした。しかし、
「……いいね」
「たまにはよそにも行きたいよなあ。検討しとく」
予想外に、二人とも乗り気だった。てっきり断られるものと思っていたソフィアが慌てる。
「本気? 王子なんだから、新年はお城にいなくちゃいけないんじゃないの?」
「自分から誘ったくせに。別に、第三王子に新年祝賀宴の役目なんかないから、問題ないぞ。エーリカ王妃が寂しがるくらいじゃないか?」
「それはダメよ! 王妃様と一緒にいてあげるべきだわ!」
「……スキーと南の島、ちょっと楽しそうだったのに」
割と本気で検討していたようだ。ソフィアがたじろいでいた。
*****
「先生。じいちゃんから預かり物」
放課後、ラインとサイが、俺の仕事部屋を訊ねてきた。封筒に入った書類を差し出す。
「ああ、悪いな」
例の、隕石の調査結果だ。本当に全速力で調べてくれたようだ。
「イブキは?」
中を確認しながら訊ねると、
「図書館に行くってさ」
初めの頃こそ、首都の人の多さと複雑な建物の作りに目を回し、おっかなびっくりといった様子でサイとラインを頼っていたイブキも、最近は校内や町中も一人で行動するようになった。元々、山では一人遊びばかりしていたので、個人行動も嫌いではないのだ。
「……何の書類?」
「ジェードに帰った時に、調べ物を頼んでたんだ。ちょっと待っててくれるか。そこの棚に入ってる菓子は食べていい」
「マジで? やったね」
ソファに座って大人しく菓子を食べているラインの様子を見ていると、本当にただの子供のようだ。演技なのか素なのかまでは、見抜けない。
「美味いなー、これ」
「ローズ校長の差し入れだ。ありがたく食え」
ローズは昔から甘味が好きだった。『甘いものならなんでもいいわけではありませんわ。美味しい甘いものが好きなのです』と事あるごとに言っていた。舌だけは信用できる。
「城下の店か。今度ニイナに買っていってやろうかな」
包み紙に印字された店名を見て、ラインが感心していた。
調査報告書によると、あの赤い隕石には、生物と同じように魔素を自己生成する奇妙な力があるらしい。細かい成分などの話はよくわからなかったが、役に立ちそうだ。後半は、同じものを人工的に作れれば、魔具の更なる発展が見込めるので、是非譲って頂きたいという熱烈な内容に変移していた。
学校からの支給品の便箋を出して、返事を書く。とある魔具に加工してほしいこと、その際に出た欠片などは好きにして構わないことなど。
封をして、ラインに渡した。
「届けてもらっていいか。急ぎじゃない」
「ん、わかった」
ラインは頷いて上等な革鞄の中に丁寧に仕舞い、そろそろ帰るかと立ち上がった時だった。
「お父さん!」
イブキが、ノックもせずに部屋に飛び込んできた。久しぶりに明るい顔をしていて、サイとラインも何事かと首を傾げる。
「あ、二人ともここにいたんだ。丁度よかった」
そう言って、廊下から誰かの腕を引っ張って、部屋に招き入れた。
「お、お久しぶりです!」
遠慮がちに部屋に入ってきたのは、
「ティアーナ?!」
相変わらずもっさりとした服と仕草の、ティアーナだった。湖で会った時には掛けていなかった黒縁の大きな眼鏡のせいで、余計に垢抜けなさが増している。
「図書館に行ったら、ティアーナさんがいたの! びっくりして連れてきちゃった!」
「お陰様で、あれから無事に首都に戻ることができまして。早く仕事を見つけて、借りたお金を返さねばと思っていたら、王立図書館からの求人があったんです」
王立魔術学校付属図書館は、国内随一の蔵書量を誇る巨大図書館だ。縮めて『王立図書館』と呼ばれている。手続きを踏めば、一般人も閲覧することができる。貸し出しや返却量も半端なものではなく、職員たちは本の整理だけでも大変そうだった。
「皆さんにもまた会えるのではないかと思って試しに受けてみたところ、受かってしまいまして!」
すぐにでも伝えたかったが、最低限必要な王国軍窓口への連絡先以外、我々のクラスも所属も聞いていなかったので諦めていたところ、今日イブキを見つけて、慌てて声を掛けたとのことだった。
「それにしても、お二人がまさか王子様とお付きの方だったとは……。数々のご無礼をお許しください……。今月のお給料が入ったら、すぐにお金もお返しします……」
へこへこと土下座する勢いでへりくだるティアーナに、ラインがため息をついていた。
「急がなくていいって。ちゃんと生活できるようになってから返してくれればいいから。それにしても、よく受かったなあ」
職員の一人が結婚出産のため退職するとかで、欠員の募集だったそうだ。王立だというだけで倍率は凄まじいものだったはずだから、ティアーナが受かったのは、もはや奇跡と言っていい。
「記憶力だけは自信がありまして……。その辺りを買って頂けたようです」
どんな人間にも、一つくらいは取り柄があるものだ。仕事内容は、主に資料整理らしい。
「高い本破いて、またクビになったりするなよ」
「はい! 本当にやりかねないので気をつけます……」
元はと言えば全てこのティアーナのせいではあるのだが、とりあえず今は、イブキがまた心からの笑顔を見せていることに免じて、許してやることにした。
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