11-2.

 首都で第三王子一行と別れ、相変わらずの魔素の薄さに辟易しながら、今度はジェードへ飛んだ。

 半年近く放置していたジェードの家は、多少埃が積もって、庭に木の枝や枯れ葉が散乱していたものの、特に異常は見られなかった。イブキがほっとしていた。

 「確かここに……。あ、あったよ」

イブキの部屋の棚に、確かに石は置かれていた。よほど気に入っていたのか、手縫いのクッションの上に、大事そうに載せてあった。

「ホントに不思議な力があるのかな」

イブキの拳くらいの大きさの、歪ながらも透き通った赤色の石。宝石の原石だと言われれば、皆信じるだろう。

「さあな」

よく見れば、確かに普通の石と違い、うっすらと魔素を帯びている。山の中は元々極端に魔素が濃いので、気付かなかった。

「そうだ。魔具屋さんに、見せてみたらどうかな」

「なるほど。丁度、挨拶に行こうと思ってたところだ」

ライン曰く魔具狂いだという、シルバランス先代当主なら、何かわかるかもしれない。イブキと共に、麓の町へ向かった。


*****


 魔具屋は、当たり前だが相変わらず閑散としていた。

「いらっしゃいませ……。おお、お久しぶりです。ラインから近況は伺っていましたが、お元気そうで何より」

店主は初めて会った時と変わらない上品な佇まいで、我々を出迎えた。

「お久しぶりです。魔具屋さんが学校を勧めてくれたおかげで、今、とっても楽しいです」

イブキがにへへと顔を綻ばせた。店主も思わず破顔する。

「それは良かった。何か困ったことがあったら、何でも言ってください。できる限り力になりますから」

現役を退いてもその影響力は大きく、噂では、国王すら彼の意見をないがしろにはできないという。なんとも心強い言葉だった。

「何か見ていきますか? 新しい魔具も入ったんですよ」

「悪いが、それはまた今度聞こう。調べてほしいものがあるんだ」

本当に魔具のことが好きなようで、目を爛々と輝かせ少年のような笑顔で新商品の紹介をしようとするのを遮って、俺はカウンターに石を載せた。

「これは?」

魔導灯ランプの光を浴びて妖しく輝く石を、遠視用の眼鏡を持ち上げて、裸眼でしげしげと眺める店主。

「隕石、らしい」

「隕石?!」

がばっと顔を上げた。後頭部で顎を打ちそうになり、間一髪で避けると、店主は恥ずかしそうに謝った。

「知り合いのミゼットがそう言っていたから、多分間違いないと思う」

「石を知り尽くすミゼットが言うなら、本当にそうなんでしょう。……これを、どこで?」

「出所は聞かないでくれ。ずっと家にあったのを、最近まですっかり忘れてたんだ」

それはもう、数百年ほど。

「はあ……。調べるのは構いませんが」

「そうか。何か役に立ちそうな石だったら、教えてくれ。ただ珍しいだけの石だったら、世話になった礼に、あんたの好きにしていい」

魔具には、魔導石という魔素を一時的に溜め込む特殊な石が、組み込まれているものもある。そういった使い道があるならば、宝飾品にでも加工して、イブキに身につけさせてもいいと思っていた。すると、

「役に立たないということはありえませんよ。見た目の美しさだけでも宝石としての価値がありますし、隕石だというだけで世界中の収集家やら貴族やらが、財産を擲ってでも欲しがります」

単純に経済的な意味で、確実に役に立つ品物だった。

「物好きが多いんだな。……まあ、俺の依頼は変わらない。調査に費用が掛かりそうなら、いくらか出すから見積もりをくれ」

「いえ、むしろこちらから謝礼を出してでも、調べさせて頂きたいくらいです」

真剣な表情だった。結局名前も聞かなかったガルバンダ家の女も、似たようなところがあった気がする。何かに心酔しすぎると、人間はおかしくなってしまうようだ。

「じゃあ、任せた。どれくらい掛かる?」

「そうですね……。早ければ二週間。場合によってはひと月ほど頂くかと。首都に戻られるのでしたら、ラインに調査結果を届けさせます」

「わかった。急いではいないから、好きなだけ調べてくれ。……ラインには、何の調査かは言わないでくれると助かる」

「承りました。私の持てる力の全てで調査しましょう!」

胸を叩く老獪は、あまりにも生き生きとしていた。


 店を出る前に、ふと、もう一つ訊ねてみることにした。

「ユクレスの事件は、もう聞いてるか」

「……ええ。大変なことが起きているようで」

そう、この事件は進行形だ。未だ、女の所属していた団体の母体も、何が目的なのかもはっきりしていない。随分巧妙に隠しているものだ。

「ガルバンダ家には、私も随分苦労させられました。まさか、また名前を聞くことになろうとは。それに、私も長いこと魔具や魔法の研究をしていますが、人間を魔物に変える研究なんて……」

思い出すだけでもおぞましい、例の異形。人の形をしていたが、気配は魔物に近かった。

 ひとくくりに魔物と言っても、知能を持たず草むらを蠢くだけのものから、竜や精霊など、高い知能を持ち他の種族と意思の疎通ができるものまで、様々だ。

 しかし、ユクレスのあれは、今まで見たどんな魔物とも違った、歪なものだった。

 イブキが目を伏せて暗い顔をしていることに気付いて、店主は話を切り上げた。

「その件についても、追って報告します。何卒、お気をつけて」

「ああ。あんたも」

 深い礼に見送られて、俺たちは店を後にした。

「……大丈夫だ。王家が動いてるんだ。すぐに突き止めて、勝手なことができないようにしてくれるさ」

「……うん」

何よりも、イブキにこんな顔をさせているというだけで万死に値する。調べ事は本職に任せるとして、本拠地がわかり次第、突入に参加させてもらうつもりだ。

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