4-4.

 イブキの居場所を探知するのは、ここ十二年の習慣だ。もはや癖のようなものだった。

 入学してからは、放課後まではサイやライン、最近はソフィアとも一緒に行動しており、一人でいることは少ない。

 しかし放課後になると、サイとラインは校門の外で近衛兵と合流する。ソフィアも迎えが来る。貴族や金持ちが多いので、送迎専用の待合所が併設されているくらいだ。

 そうなると城下に帰るイブキが一人になってしまうので、用事のない日は待ち合わせて一緒に帰るようにしていた。


 校門の赤レンガに寄りかかり、移ろいゆく雲を眺めながら、校舎を出ようとしていた三人の気配を辿っていたら、不意にラインが立ち止まった。

「しまった、数学の課題忘れてきた」

「……付いて行く?」

 二人は校内でも常に同行している。基本的にはサイの行くところに護衛のラインが付いて行くわけだが、サイ自身もたまに出るわがまま以外はラインが護衛しやすいように行動していた。

「いや、教室に置き忘れてきただけだから、すぐ戻る。そこにいてくれ」

 駆け足で遠ざかるラインを見送った二人は、言われたとおりその場に留まる。

「ラインが戻ってくるまで、私がサイの護衛だね」

「うん……」

 側に付いていてやろうかとも思ったが、正直、校内には大した危険はない。だからこそ、サイの護衛はラインだけでも事足りている。警備員も巡回していることだし、また過保護と言われるかもしれないので、しばし様子を窺ってみることにした。

「……イブキと先生は、ファミリーネームがあるけど、貴族じゃないよね?」

 ぽつりと、サイが訊ねた。

「入学前に、校長先生がつけてくれたんだ。『ナメられないお守り』って言ってたよ」

「それで、『ブランシェル』……」

 何かに納得しているサイに、イブキが聞き返した。

「何が?」

「……ブランシェルって、国王になったクォーツが、身分を隠したい時に名乗った、偽名だから……」

「そうなの!? 全然知らなかった」

俺も知らなかった。ローズは、間違いなく知っていて名付けたのだろうが。いわゆる『名無し』に準ずる言葉遊びなので、悪戯好きのクォーツがやりそうなことだ。

「じゃあ、サイのご先祖様が守ってくれるかもしれないね。それで校長先生は、お守りって言ったのかな」

 由来を知っているような位の高い人間なら、無碍には扱わないということか。俺にはきついがイブキには甘い、あの女らしい配慮だった。

「……イブキは」

サイが、何か訊ねようとして口をつぐんだ。

「うん?」

 再びイブキは聞き返す。サイはどうにも、他人との会話に慣れていない節がある。少し考えるような間があった後、言い直した。

「イブキは、俺が女の子だったほうが、よかった?」

 先日言われていたことを気にしていたらしい。

「そんなことないよ。性別で友達を選ぶわけじゃないもん」

「……そっか」

 納得したようだ。続けて、サイは訊ねた。

「……イブキは、俺を避けないよね」

「? うん」

言葉の意図が汲めず、不思議そうに頷くイブキ。

「あ、えっと、馴れ馴れしかった?」

王子に敬語も使わず、勝手に友達だと思っている件についてだろうかと、イブキが慌てる。しかし、

「違う」

 珍しく、サイはすぐに言葉を返した。

「そうじゃない……。ええと……」

 何やら困っている。イブキは静かに、続く言葉を待っていた。

「……普通に話してくれるのは、嬉しい」

「ホント? 良かった」

 にへへ、と嬉しいことがあった時の緩い笑い方をするイブキに対して、

「……ごめん。よくわからなくなってきた……」

サイは落ち込んでしまった。しかしイブキは、うんうんと頷いている。

「そういうことあるよね。私も、お父さんに聞いてほしいことがあって話すんだけど、いつの間にか何話してるのかわかんなくなっちゃうんだ」

 山にいた頃から時々やっていたが、首都に来てから話題が増えたせいか、より頻繁に混乱している。時系列が前後する、突然登場人物が増える、話している途中で思いついた別の話題に移行するなど、混乱の仕方にいくつか種類があるものだから、真剣に聞いていないとこちらもわけがわからなくなる。

「でも、ちゃんと聞いてくれるから。だからね、サイもゆっくり話してくれればいいよ」

 片手間に聞いている場合ではないだけなのだが、良いように受け取ってくれていた。

「……ありがと……。優しいね」

「うん! 何か怖がられてるけど、お父さん、ホントは優しいんだよ」

サイはイブキに言ったつもりだったのだが、当人は思いきり勘違いしていた。やはり言葉での意思疎通に難がある。王子だろうが入学試験一位通過だろうが、万能ではないのだ。

「えっと、そうじゃなくて……」

 なんとか訂正しようとしたその時、遠くからラインの足音が戻ってきた。

「おかえり」

「悪い、途中で廊下走るなって怒られてさあ。……どうした?」

 図ったような間の悪さだった。

「……何でもない」

案の定、サイは言いかけた言葉を飲み込んでしまった。

「ふーん? じゃ、帰るか」

「うん……」

 また落ち込んでしまった。喋りすぎる男が常に側にいるというのは、善し悪しなのかもしれない。

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