10-4.

 帰りの船は、皆言葉少なだった。イブキとサイは、勧められたベッドを、一番重傷で完全には傷の癒えていない兵士に譲り、船橋の隅で一枚のブランケットを分け合って、仲良く眠っている。他の兵士たちも、身体の傷は癒えても睡眠不足と精神的な疲労があり、ラインに命じられた通りに休息を取っていた。


 甲板に出て黒い湖面を眺めていると、隣にラインが来た。

「寝ないのか」

「先生こそ」

眠そうにはしているが、眠れなかったのだろう。

「あーあ、子供って面倒くさい」

欠伸をしながら、小さく愚痴をこぼした。子供だというだけで、あらゆる行動に制限が掛かる。守る力があっても最善を尽くせない。やりきれない思いがあるようだ。

「……なんでそういうことになってるんだ」

「話せば長くなるんだけど。まあ、先生だしいいか」

極秘事項だからな、と前置きし、周囲に人気がないことを確認してから、小さな声で話し始めた。

「サイが生まれたとき、かなり揉めたって話はしただろ」

例の『三男だが正室の産んだ男児』という奴だ。他の動物のように、戦って一番強い奴が次の王様、というわけにはいかないのが、人間の面倒なところだった。

「王家だけじゃなくて、シルバランスも揉めたんだよ。王子の近衛隊隊長はシルバランス本家の人間がやる決まりなのに、じいちゃんは引退してるし、当主は王様、長男、次男もそれぞれ第一王子と第二王子に付いてて、人手が足りなくて」

何しろ、もう一人生まれるとは誰も思っていなかったのだ。

「人手が足りないって、お前は?」

「そう、そこなんだけど。シルバランスって、三男は代々諜報部隊を任されるんだ」

諜報部隊。国家の安全のために、情報の収集その他、表には出ない任務に就く部隊だ。国家機密を扱うことが多い都合上、血縁と忠誠心で幼少期からガチガチに固めておけば、万が一にも裏切ることはないということか。

「それで、十二歳になると死んだことにされる」

「死ん……?」

当然のような顔で、ラインはあっさりと言った。

「どれだけ健康でも、生まれつき病弱なことにされてさ。なるべく顔を知られないように、式典に出ることも、もちろん学校に行くこともない」

必要な教育は教育係から受けるが、シルバランス家の三男として公の場に出ることは、一切ないのだそうだ。

「家系図見ると面白いぞ。見事に三男だけ、その後の血筋が途切れてる。一部の貴族の間じゃ、シルバランスは呪われてるって噂になってるくらい」

悪戯好きなのは生来の性分なのか、肩を揺らして面白そうに笑った。

「話が逸れた。そうやって、俺、というかラインハートも、十三年前に死んだんだ」

もし諜報に失敗して敵に捕まるような事態が起きた場合、所属や名前がバレるのはまずい。しかし、万が一捕まっても、身元さえ割れなければいくらでもしらばっくれることができる。もっと邪推すれば、嫌疑を掛けられてもそんな人間はいないと突っぱねて、尻尾切りをすることもできる。

「生まれた時からそういう風に教えられてきたから、何の疑問も持たずに諜報部隊に配属されるつもりでいたんだけど……。よりによって、俺が死んだ年にサイが生まれただろ。それで、俺は急遽サイと同じ年に生まれた四男のラインってことにされて、子供の振りをすることになったわけ」

その他、分家にも諜報部隊隊長の座を狙う輩がいたり、語られない事情もあったらしい。これだから大人は汚いと、茶化すように大げさに肩をすくめてみせた。ユクレスの土産物屋や、ティアーナに対して見せた会話術も、諜報部隊に所属する予定で叩き込まれた技術だったのだ。

「その首の奴も、魔具なのか」

「そう。人間の姿形を変える禁術を閉じ込めた、シルバランスの秘宝。ミゼットとエルフが協力した最初で最後の逸品だとかで、今や誰も製法を知らない。これのせいでじいちゃんは魔具狂いになった」

首飾りを月明かりにかざしながら、ラインは口を尖らせた。

 おそらくは、俺が人型を取っているのと同じ、変身魔法の一つだ。となると、物の出所にはなんとなく予想が付いた。

「とは言っても、王様とエーリカ様の待望の御子だし、滅多なことがない限り王になることなんかない第三王子だろ。できる限り好きにさせてやろうっていう話になって、その護衛をする俺も、三男時代より自由で楽しい生活を約束されたのだった。めでたしめでたし」

不便も多いが、何だかんだで楽しんでいるらしい。

「そのことを知ってるのは?」

国の根幹に関わるような機密を聞いてしまった以上、うっかり口を滑らせないよう、俺も気をつけなければならない。

「えーっと。王様とエーリカ様と、じいちゃんと両親と……。ああ、兄ちゃんたちやギルベルトは知らないよ。本気で俺を四男だと思ってる」

敵を騙すならまず味方から、という言葉もあるが、血縁者ですら知らされていないとは。

「あとは……。ニイナくらいかな」

「ニイナ? どうしてだ」

急に出てきたメイドの名前に、俺は思わず聞き返した。

「普段は俺付きのメイドだって、言っただろ。話しとかないと不便でさ。無口だけど、仕事熱心でいいメイドだろ?」

随分親身だと思ったら、事情を知る者だったわけだ。

「サイは勘が良いから、もしかしたら何か感づいてるかもしれないけど、きちんと話したことはない。……そういや、なんであの女、俺のこと知ってたんだろう」

俺の魔法で眠ったまま、船内に転がされている女を甲板の床越しに見て、ラインは首を捻った。

「俺も、あの女に聞きたいことがあったんだった」

さっき、聞きそびれていたことだ。ラインと目配せをして、階下に降りる階段へ向かった。


*****


 捕縛した違反者を一時的に収容する檻の中、船の揺れで転がらないよう鎖で固定された女は、すやすやと眠っていた。

「おい、起きろ」

見張りの保安員に断りを入れて席を外してもらい、女を起こす。

「ふがっ。……」

目を覚ました途端、緊縛魔法の上から更に鎖で固定されていることに気付いて、心底不快そうに顔を歪めた。

「気持ちよく眠っていたのに、何の用だ」

「ちょっと聞きたいことがあってさ。お前、どうしてラインハートのことを知ってる?」

すると、女はフンと鼻を鳴らして、投げやりに答えた。

「まだお嬢様だった頃に、一方的に見かけたことがあっただけさ」

「マジで? どこで?」

「……何かの用事で城に呼ばれた父に、付いていった時だったかね。暇してたら、塔の窓から外を見てるあんたを見つけてさ。同い年くらいだったから、遊べないかと思って通りかかった使用人に訊いたんだよ。そうしたら、あれはシルバランスの三男で、身体が弱いから私とは遊べないって教えられた。あーあ、一目惚れの淡い初恋と、こんな形で再会するとは」

頬を冷たい床に付けたまま、女は大げさにため息をついた。小さな疑問が少しずつ解消されていく。

「で? そっちのやたら強い先生は、何が聞きたいんだ?」

自分も人体改造の魔術を研究しているからなのか、ラインが今でも子供の姿をしていることには自分で解釈を付けたようで、疑問は抱いていないようだった。

「随分素直に答えるんだな」

「根がお喋りでね。……どうせ殺されるんだ。せっかくだから、私をこんな目に遭わせた研究所も、ちょっと慌てればいい」

ふふ、とうつろな目で笑った。会話は成り立つが、やはりこの女、どこかおかしいようだ。

「その、研究所って何なんだ。正式名称は?」

「魔物研究所、とだけ名乗っていたよ。その時々で都合の良い名前を付けられていたから、正式名称はないね」

さすがに、すぐに足がつくような真似はしないか。別の方向からの詮索をしてみることにした。

「じゃあ、隕石を見つけて、何に使うつもりだったんだ」

「ティアーナから聞いたのか。……ふふ。隕石の力で、もっと強い魔物を作るつもりだったんだ」

「……強い魔物?」

「そう。例えば竜。伝説の黒竜みたいなさ」

かつて、世界の半分を焼き払った悪魔の名を聞いて、俺の眉間に皺が寄る。

「作って、どうするんだ」

「さあねえ。私は研究員だったから、上が何に使うかなんて知らない。ただ作れと命じられて、面白そうだから従っていただけ」

ティアーナ同様、目的は知らされていないという。

「私に分かることといえば――。そうだね、上層部は、黒竜にやたらと執着していたかな。あとは勝手に調べてくれ」

それから、大きな欠伸をした。

「ねえ、もう一回眠らせてくれない? さっき、随分いい夢が見れたんだ」

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