10-3.
燻る黒煙の中、甚大な損害を被った近衛隊と保安部隊を、着実に瓦礫に近づきつつある屋敷の中から救出して庭に寝かせる。
息のある者はとりあえず俺が止血してやり、残念ながら既に息をしていない者は、ラインが衣服を整えて目を閉じてやった。
「初めから、二人で行くべきだったなあ」
普段から気配を探知していたおかげで、すぐに盾を張れた近衛隊はどうにか守りきったが、増援の保安員の気配を探知するのに一瞬手間取った。もう二度と言葉を交わすことははない、名も知らぬ保安員を見て、ラインは目を伏せた。
「そういうわけにもいかないだろう、こっちは教師と子供だぞ。それに、あの妙な魔物もどきは、完全に想定外だ」
ただの人間だったなら、近衛隊と保安員だけでも制圧できた。だから俺は、様子を見るに徹していたのだ。
「だよなあ……。なんだったんだ、あの化け物」
「さあな。女を起こして聞くしかない」
腕を組んで唸る青年に、俺はさっきの続きを訊ねた。
「で、だ。本当は、そっちが本体なんだな?」
「そうだよ。シルバランス家現当主エドガー・シルバランスの三男、ラインハートくん二十五歳でーす」
わざと明るく振る舞い、無邪気にウィンクしてみせた。二十五歳ということは、十三歳もサバを読んでいることになる。
「気持ちが悪い」
「ひでえ。こっちは仕事でやってるのに」
率直な感想を申し上げると、ラインは大げさに肩を落とした。
「お父さん、ライン! 大丈夫?!」
まだ聞きたいことはあったが、殉職者に静かに祈りを捧げているラインの邪魔をしないよう眺めていると、遠くから声がした。
「やっぱり戻ってきた」
ラインは慌てて首飾りを付け直した。と、すぐに鎧が消えて元の少年の姿に戻った。
首飾りを元通りに服の中に仕舞い込む頃、イブキとサイ、そしてティアーナが駆け寄ってきた。
ティアーナは泣きながらひたすら謝り、なだめるのに苦労した。
イブキは、俺とラインに怪我がないことに一瞬安堵したが、死者が出たことを聞いて、少し暗い顔を見せた。
*****
「で、どうやって戻るよ」
空気を変えるように、ラインがわざと明るく言った。
来た道は断たれた。俺は空を飛ぶことができるが、二人に披露してやるわけにはいかない。すると、応急処置をした保安員の傍にサイが寄っていき、
「先生。この人、起こして」
そのうちの一人を指を差した。洞窟を移動中に少し話をした、宿直の保安員だった。
言われたとおり、軽く雷を当ててやると、
「痛っ。あ、あれ……?」
驚いて目を覚ました。覗き込んでいる俺たちの顔を見て、男はよろよろと身体を起こし、困惑の表情を浮かべた。
「なんで俺たちが生きてるのかって顔だな」
「えっ?! ち、違いますよ。寝ぼけて、ちょっと混乱しただけです」
あからさまに、慌てていた。
「なんだ、こいつもナントカ機関の仲間か」
ラインがすぐに、内通者であることを察した。
「……どちらかというと、あの女の人の仲間……。違う?」
サイが、眠らせて転がしているオレンジの髪の女を差すと、保安員はばつが悪そうに目を逸らした。
「なるほど。あの女はガルバンダ家の生き残りで、お前は当時の使用人ってところか」
俺が続けると、男は口を噤んだ。否定しないということは、当たりだ。
「……あの爆発も、貴方の仕業?」
静かなサイの問いに、保安員は再び慌て、早口で弁解した。
「あんなに威力のある爆弾だなんて、知らなかったんです! ただ、同行しながら洞窟に置いて、適当なところで爆発させてこいって、お嬢様から言われていただけで……!」
なるほど、着火剤が使用者の生体魔素で、大気中の魔素を吸って威力を増す、厄介な時限式爆弾。すぐ傍にいる人間の生体魔素が使われたせいで、魔具に気付かなかったのだ。
「まあ、それは後で適当に裁かれるだろ。自分で退路を断ったってことは、洞窟以外の帰り道を知ってるな。案内しろ。今度は爆発させるなよ」
首元に水のナイフを突き付けると、男は項垂れて小さく頷いた。
*****
ギルベルトと数人の兵士を起こして応急的に治療してやり、救助隊が来るまでの見張りとして館に残すことにする。まだ泣きじゃくるティアーナも、ひとまず置いていくことにした。
帰り道は、瓦礫と化した別荘の床板の下にあった。
「抜け道か。さすがに、用意がいいなあ」
後ろ暗い取引を行っていた館だけあって、非常事態への備えは万全だった。
イブキはもちろん、ラインも感心していた。サイも、黙って真剣に、人工的に掘られた歩きやすい洞窟を観察していた。別荘本体が質素だったのは、この抜け道を作るために予算を大幅に割いたせい、という一面もありそうだ。
「どうして、私が内通者だって気付いたんですか」
とぼとぼと前を歩く男が、振り向かずに訊ねた。俺とライン、イブキが、サイを見る。
「……初めは洞窟のことなんか知らない風だったのに、洞窟の中に入ったら、やたら詳しかったから」
「……そうですか……」
「言われてみれば、二十年も前に取り潰しになった家の資料を、今保安員やってる一般人が見る機会なんてないんだよな。城の資料室に保管されてるんだから」
ラインも、肩をすくめて納得した。
「……でも、保安員さん、私たちを助けようとしましたよね?」
不意に、イブキが訊ねた。
「えっ」
「だって、洞窟の場所を、わざと忘れたふりしたじゃないですか。本当は、あの女の人から、洞窟に連れていくように言われてたんじゃないですか?」
「それは……」
確かに、本来なら洞窟の場所を示すのは、彼の役目だったはずなのだ。すると、
「その……。皆さんが洞窟を見つけられずに、お嬢様の作戦が失敗すれば、お嬢様も穏便に湖から引き上げてくれるかもしれないと、思って」
改心の余地を、祈っていたのだ。実際には、すっかり狂ってしまっていて、もはや手の施しようがない人でなしと化していたわけだが。
「……本当は、爆弾を仕掛けたら真っ先に逃げるように、言われてた?」
「はい……。人死にが出たら、お嬢様の罪がより重くなると思って、退路を塞ぐだけにしようと。……まさか、洞窟ごと崩れるほどの威力とは思わず……」
「自分のことも殺そうとするような女に、よくそんな温情を掛けられるなあ」
ラインが呆れていた。女は、二十年以上の付き合いになる忠実な協力者すら、奇妙な怪物の実験台にしようとした。自分以外の全てを、等しく道具としか見ていなかったのだ。
「……」
男は、肩を落として前を歩き続けた。
*****
抜け道の出口は、船を留めた洞窟の入り口から少し離れた、別の岩場に繋がっていた。
船に付属した通信機で事情を説明し、救急隊や現場検証のための保安員を乗せた船が到着すると、静かだった岩場がにわかに慌ただしくなった。
昼間のように悠長に事情聴取に付き合っている場合ではなかったので、ここで初めてサイの身分を明かし、速やかに帰還の手配をしてもらった。貴族はわがままな存在である。
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