10章:怪物
10-1.
その建物は、王妃の別荘に比べると随分質素なものだった。
目立たぬよう、なるべく地味な外観を心がけたのか、辺鄙な場所が故に大量の物資を運び込むことができなかったのか、あるいはその両方か。
そもそも、ミゼットは自分たちの仕事に誇りを持っている。まともな職人は自分の作った作品が悪用されることを良しとしないので、こういったあからさまに怪しい建物の依頼は断るはずだ。
既に人の住む家から廃墟に移行しつつあるところを見ても、はぐれ者を金にものを言わせて動かしたのだろうということが、容易に想像がついた。
「……やはり、あの中に?」
遠巻きに黒いシルエットを見上げ、ギルベルトが訊ねた。
「ああ。一階の正面に固まってるな」
ティアーナも、もはや賊と言って差し支えない三人の気配も、建物の中だ。
保安員と近衛隊が突入作戦についての会議を行っている間も、賊は動かなかった。俺はティアーナに集中して、様子を窺った。
「あのう、さっきの大きな音、何だったんでしょうか……」
ティアーナは、話せる程度の状況のようだ。
「さあ、洞窟が崩れたんじゃない? 怖いねえ」
女が面白そうに答える。口調からして、やはりあの女が何らかの細工を行ったことは間違いなさそうだ。
「ええっ?!」
「お前を助けに来た連中が、生き埋めになっちゃったかもしれないねえ」
「そんな……」
「お前も死にたくなかったら、人の心配なんかしてないで、さっさと言われたことをやりな」
「はい……」
こちらが近くにいることは気付いていない。俺たちが先の爆発で死んだと思って、油断しているだけかもしれない。
「隊長、これからどうするんです」
別の声が聞こえた。ティアーナを抱えていた大男だ。
「明るくなったら、ここを引き上げて本部に一旦帰還する。ほとぼりが冷めた頃にまた調査に来るしかない」
心底面倒くさそうに、女はため息をついた。彼らにとっては、俺たちは邪魔者でしかない。
会話を聞いている間に、会議を終えた保安員と近衛隊の合同部隊が、身振りで静かに建物の周囲を囲む。子供たちは茂みに身を隠す俺の側で、同じように身を低くしていた。
と、用を足しに外へ出ようとした、小柄なほうの男が、ばたばたと奥へ引き返して叫んだ。
「隊長! あいつら、死んでません! 外を囲まれています!」
「チッ、やるじゃないか」
気付かれた。迎撃の暇を与えぬよう、正面に配置された部隊が即座に合図をして、玄関ドアを破った。
「動くな! 大人しく降伏しろ!」
武器を向ける音と、威嚇も兼ねた大声。もしこれで簡単に捕縛されてくれるようならそれでいい。が、奴らがそんなに素直なら、ここまで逃げてきていない。
「しつこい!」
案の定、怒声が飛び交い、裏口や窓からも他の保安員と兵士たちが飛び込んで乱闘が始まった。
「やっぱりおかしいよなあ」
ラインが、相変わらず不満げに言う。
「何が?」
イブキが聞き返した。
「うちの兵士とまともにやり合うくせに、妙なところで計画が杜撰。いくら洞窟を崩したからって、保安員に楯突いておいて、様子も見に行かずに暢気に休むか?」
訓練された部隊なら、洞窟の様子を見に行くし、朝まで交代で見張りをする。
そもそも、ティアーナを連れて自分たちのアジトに戻ることが目的なら、こんな所に潜伏していないで、夜のうちに森を抜けて、町の一般人に紛れたほうがいい。人間は人間の中に混ざっているのが、一番探しづらいのだから。
「……顔を見られた相手を、始末するのが目的?」
「だったら、なおのこと死んだかどうか、きちんと確認すべきだろ?」
逃げることが目的な場合よりも更に、杜撰な計画だ。
「……杜撰でも大丈夫だと思えるくらいの、勝算があるのかもしれない」
「勝算って、たった三人で何するっていうんだ。ティアーナを攫った時の不意打ちとは違うんだぞ?」
サイの言葉にラインが反論し、うーん、と唸った。ほぼ同時に、ぞわりと背中に悪寒が走った。
「伏せろ! 全員、自分の身を守れ!」
周囲の魔素が、急激に建物の中に収束する感覚。即座に、探知できる限りの味方と、自分と子供たちを盾で覆った。
「うわぁああっ?!」
建物の中が明るく光り、突入時に鍵を壊された正面扉が、爆発と共に吹っ飛んだ。兵士や保安員が数名、巻き込まれて吹き飛ばされたのが見えた。いくら魔術を盾で防いでも、地面に叩きつけられる衝撃までは防ぎきれない。
「何だ?!」
「立ち上がるな」
茂みから顔を覗かせようとしたラインの頭を無理矢理押し戻す。と、室内がまた激しく光り、怒号が悲鳴に変わった。
「変質した……?」
男二人の気配が、先ほどとは異なる何かに変わっている。これは――。
「あっはっは! いいぞ、やれやれ!」
狂ったような女の笑い声。バリバリガラガラと、木造の屋敷が壊れていく音。先ほどの爆発でどこかに火がついたのか、焦げ臭い匂いが漂い始めた。
建物の外に撤退する兵士たちが再び吹き飛ばされ、
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