9-4.

 岩場の前で応援部隊と合流し、船は洞窟へ続く細い水路を進んだ。

 と、

「さっきの船だ」

洞窟の入り口、水深が浅くなった辺りに、半ば坐礁するような形で、湖底調査機関の船が放置されていた。

「全然隠す気がない。見つけてくれと言っているみたいです」

傾いた船内には、誰もいなかった。保安員たちも、訝しげに中を調べている。船室では、机の上のインク壺が倒れており、まだ乾いていないインクが床に垂れていた。やはり、ティアーナは直前まで書き物をさせられていたようだ。

「船の中にいないってことは、やっぱりあっちか」

ラインが、ギィギィとコウモリの鳴く暗闇の奥を見た。


 魔導灯ランプを持った保安員を先頭に、中心に子供たちと俺を挟む陣形で、慎重に暗闇を進む。イブキがそっと寄ってきて、服の裾を掴んだ。

「この辺りは、以前はガルバンダ家の所有地だったんです」

少し後方を歩いていた宿直の保安員が、不安そうなイブキを和ませるためか、ちょっとした雑談を始めた。

「ガルバンダ家って、二十年くらい前に反逆罪で取り潰しになった?」

ラインが訊き返す。

「ええ、よくご存知ですね。王家へ返還された後は、ほぼ放置されている地域でして。観光客が立ち入るような場所でもありませんから、手入れや整備が後回しになっているんです」

「へえ……」

何か考えているようだった。首都に戻ってから、しかるべき所に進言するつもりのようだ。

「……この先は、どこに繋がってるの?」

今度は、サイが訊ねた。

「記録が正しければ、行き止まりのはずです」

「でも、風が吹いてくるね」

イブキが、相変わらず俺の服の裾を握りしめたまま、ぽつりと呟く。

 山には洞窟や洞穴がいくつもあり、入っても大丈夫な洞窟と警戒すべき洞窟の見分け方から教えた。行き止まりなら、奥から風が吹いてくることはないはずだと、不審に思ったようだ。

「……その記録の、出典は?」

再び、サイの問い。

「ガルバンダ家から押収された書類ですが……」

「……じゃあ、間違ってるかも」

「え?」

サイの言葉を保安員が聞き返した、次の瞬間だった。


 魔素が一点に凝縮される気配の後、今し方歩いてきた道の向こうから、爆発音が聞こえた。

「なんだ?!」

続いて、地震のような揺れ。俺は叫んだ。

「走れ! 崩れるぞ!」

「わあっ?!」

「うっそだろ?!」

イブキを抱え上げ、目印になるよう光球を撒き散らしながら先頭を走った。サイとラインもそれぞれ最寄りの兵士に抱えられ、俺の後を追ってくる。

 後方から迫る轟音を聞きながら走ることしばし、

「……外だ」

サイの言葉通り、洞窟は突然終わった。拓けた広場のような場所に出て、振り返った瞬間通ってきた穴が埋まった。

「全員無事か?」

保安員と近衛隊のそれぞれが、人数を確認する。皆あちらこちらを引っかけたり擦ったりして、洞窟に入る前よりも薄汚れてはいたが、幸い欠員は出ていないようだった。しかし、

「退路と救援を断たれた」

ラインがぼそりと言った。なるほど、それが狙いか。

「先生。あいつら、今どこだ?」

「この先だ。……建物があるな……」

微かに、ミゼットの建築物の気配がした。彼らが作るものには魔法を利用するものが多いので、人間とも魔物とも違う、独特の気配がある。と言っても、俺たちが世話になっている王妃の別荘のように、探知されては困る建物には遮断する処理を行っているものもあるし、元々、近づかなければ気付かない程度の微弱なものだ。

「……ガルバンダの、隠し別荘、かな」

サイが呟いた。

「隠し別荘?」

聞き慣れない単語を、イブキが訊き返す。

「……わざと辺鄙な場所にこっそり建てる、別邸」

「なんでそんなことするの?」

首都に来てからというもの、イブキはよく『都会って便利だねー』と感心している。そこが実家ならまだしも、行きづらい場所に敢えて別邸を建てる理由が、理解できないようだった。

「単純に、誰にも邪魔されずに休みたくて建てることもあるけど。一番は……人に見られちゃまずいことをするため、とかだな」

ラインが、はははと乾いた笑いを浮かべながら答えた。

「ギルベルト。確かガルバンダ家の取り潰しの理由って」

「ええ。攻撃性の高い魔具の改造品や、魔具協会を通さない違法製造品を、反乱組織に流していたのが王家への反逆と見做されてのことでした」

「そういうことだ」

つまり、違法魔具の取引場所として使われていた建物ということか。

「となると、さっきの爆発も魔具かな」

十中八九、間違いない。

「お父さん、気付かなかったの?」

「……ああ」

一応、道中に不審なものがないか探知しながら進んだつもりだったが、詰めが甘かっただろうか。なんとなく、腑に落ちないものを感じた。

「ま、ここまで来たら、直接本人たちに話を聞くのが早そうだ」

獣道のような細い道の先を見ながら、ラインが言った。

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