8-4.

 保安員は報告書をまとめながら、少し困った顔をした。

「人命救助義務を怠ったということで、湖底調査機関という団体には事情を聞くことになるかと思います。ただし、組織内の問題については、我々は関知しません。一応、殺人未遂で訴えることはできますが……」

「とんでもない! 私が勝手に飛び込んだだけですから」

物騒な単語を聞いて、ティアーナは慌てて首を振った。

「もう関わらないほうが良くないか? 死んだことにしとけば?」

「ライン……」

歯に衣着せない男だった。イブキが苦笑いしていた。


 事情聴取の間に、ティアーナの服は魔具で洗濯して乾かされていた。機関の黒い上着は脱ぎ、シャツと七分丈のパンツという簡素な格好に着替えたティアーナは、保安員と医師に丁寧に頭を下げて、我々と共に詰め所を後にした。

「なかなか貴重な経験だった」

「うん……」

身分をはっきり伝えていれば、首都の件のように簡単に解放されただろうが、サイとラインはむしろ満足げだった。城を抜け出したり学校に通ったりするのも、庶民の生活に興味があるからだ。

「本当に、皆さんには大変なご迷惑をお掛けしてしまって。なんとお詫びを申し上げたら良いか」

ティアーナは、またしても平謝りした。

「それはもういいよ。無事で何より。な、イブキ」

「うん。助かって良かった」

俺も、イブキが悲しむ結果にならなくて良かったと、今は思うことにする。

「ところでさ。ティアーナが所属してたその湖底なんとかって団体、湖の何を調べてるわけ」

人命よりも優先せねばならない調査とは、とラインが訊ねた。すると、

「調べると言うより、探しているんです。大昔にこの地に落ちて、巨大な湖を作ったという隕石を。そのために、湖底を調査していたというわけですね」

ティアーナは、思いのほかあっさりと回答した。極秘事項などではないらしい。

「……隕石? なんで?」

「さあ……。私は雇われてから日が浅いので、詳しいことは聞いていなくて」

何でも、前の仕事でやらかして解雇され、次の就職先を探していたら、元々興味があった空の果てに関する調査員を募集している求人を見つけて、飛びついたとか。

「偉い方たちは、隕石に何か特別な力があるのではないかと思っていたみたいですよ」

湖の近辺の魔素量が安定していることや、その割に強力な魔物が少なく、まるで浄化された土地のようであること。それらが隕石の影響によるものではないかという説があるらしい。

「本当かどうかもわかりませんし、まだ隕石が湖底に残っているかどうかも不確定なので、徒労に終わる可能性のほうが高いんですけどね」

そんな不確定な情報に踊らされて、命まで落としかけたというのに、暢気なものだ。

 ティアーナの話を聞いて、少し引っかかることがあった。――隕石を見つけたとして、何に使おうというのだろうか。

「隕石かあ。ちょっと見てみたいよな。どんな形してんだろう」

「別の場所で見つかったものなら、首都の博物館に展示されていますよ。虫食いみたいにボコボコ穴が開いていて、ちょっと不気味でした。と言っても、落ちてくるものは毎回違いますから、同じ形のものが見つかることは滅多にないとは思いますが」

「へえ、博物館にあるのか。首都に戻ったら行ってみようぜ」

「うん!」

二人が半月先の予定を決めている隣で、サイがじっとティアーナを見上げていた。

「何か御用ですか?」

「……今日、どこに帰るの」

瞬間、盛り上がっていたイブキとラインも固まり、ティアーナと顔を見合わせた。

「……どこに帰ればいいんでしょう」

ティアーナの顔が、サーッと青ざめた。不条理な切られ方であるとは言え、クビを言い渡されてしまった今、機関名義で取ってあるホテルに帰るのは大変に気まずい。しかも、おそらく彼女が溺れたせいで、団体への明日以降の航行許可が取り消される。逆恨みされる可能性もあった。

「とりあえず、今夜は別のホテルに泊まって、明日発つとか?」

さすがに、ほんの数時間前に会ったばかりの女を、別荘に招いてやるわけにはいかない。道がわからなければ絶対にたどり着けない場所だが、逆に言えば、道さえ知ればたどり着けるのだ。

 とは言え、今からでは首都行きの乗り合い魔導車もない。どこかで夜を明かす必要があった。

「それが……。必要経費は全て機関から出ていたので、ホテルに泊まるような持ち合わせがないのです……」

「……」

そういえば、先ほどもしきりに金銭的なことを気にしていた。就職難で求人に飛びついたとも言っていた。この女、極貧だ。

「今持ち合わせがないってことは、首都に戻れば大丈夫か?」

「はい、今月分の家賃は支払ってあります」

来月のことは聞かないでおこう。

「わかった。じゃあ、一泊分の宿泊費と首都までの旅費を貸すから、新しい仕事が見つかって、落ち着いたら返すっていうのはどうだ」

ラインがあっさりと決断した。

 おそらく、本気で返してもらおうなどとは思っていない。庶民向けホテルの一人部屋の宿泊費など、貴族にとっては大した額ではない。くれてやってもいいが、たかりに変貌しては困るので一応貸しておく体にしておくという、またしてもどこで習ったのかわからない話術だった。

「ええっ! そんな、これ以上ご迷惑を掛けるわけには! ……と言いたいところなんですが、他にいい方法も思いつきませんし……。お言葉に甘えさせて頂いても、よろしいでしょうか……」

いくら貴族とは言え、子供から金を貸すことを提案される状況に、ティアーナは静かに落ち込んでいた。

「……荷物は?」

「そうだ。ユクレスのホテルに、一度取りに戻らないといけないよな」

「あ、それは問題ありません。着替えも支給品でしたから、特に私の持ち物は置いていないのです」

着の身着のままの女を、船の上で突然解雇を言い渡して放置とは。本気で死んでも構わないような対応だ。

「念のため、首都まで護衛を一人付けとこう。ナントカ機関が何もしてこなくても、女の一人旅で何かあったら後味悪いしな」

渋りながらもここまで関わってしまったのだ。最後まで面倒を見てやるほうが、後腐れがない。なんとなく、不安が拭えないが。


 部屋に空きのあるホテルを見つけ、衛兵を一人ティアーナの護衛に付けて、別れた。

「何から何まで親切にして頂いて……。このご恩は忘れません! 絶対仕事を見つけて、またご挨拶に伺います!」

決意を胸に、何度も何度も感謝を述べるティアーナだった。


 「結局、ろくに観光しなかったなあ。まあ、また来ればいいか」

魔導車に乗り込み、赤く染まる湖を眺めながら、ラインが欠伸をした。


 ――ティアーナに付いた兵士から、魔具による緊急警報が発信されたのは、日付が変わる頃だった。

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