9章:襲撃
9-1.
別荘に戻って夕食と風呂を済ませると、三人はさすがに疲れたのか、早めに自分たちの部屋に引き上げていった。
イブキが眠りについたことを確認して、俺も目を閉じ、しばらく経った頃だった。
不意に、一階が騒がしくなった。部屋を出て、慌ただしく指示を飛ばすギルベルトの声がするエントランスに向かう。
「ディル先生、起こしてしまいましたか。実は、ティアーナさんに付けた護衛から救援要請が届いて」
ギルベルトが持っているのは、手のひらほどの大きさの魔具。中心に埋め込まれた石が明滅し、ビーッビーッと耳障りな音を鳴らし続けている。
「赤い点滅は、『敵襲』です」
兵士たちが装備を調え魔導車の準備をしている中、
「……どうしたの」
騒ぎに気付いて、眠そうなラインとサイが、階段を降りてきた。
「敵襲? ティアーナか!」
受信機の信号を読むなり、ラインの目が開いた。
*****
ティアーナの護衛に付いていた兵士は、重傷だった。
一階の兵士の詰め所に運ばれ、すぐに頭の傷から処置が始まった。恐らく服で隠れている部分にも打撲などの傷が複数。骨が折れているかもしれない。
「何があった? ゆっくりでいい」
ラインが、兵士の顔に耳を寄せた。
「ティアーナさんの部屋の前に立っていたところ、男が廊下を通り過ぎて……。他の部屋の客だと思い見送った瞬間、閃光の魔術をぶつけられて、襲われました……」
「人数は?」
「観光客風の男を含めて、三人だったかと……。他の二人は、顔に布を巻いていて見えませんでしたが、体格と話し声から、男と女が一人ずつ」
ユクレスで見た団体の人数と一致する。間違いなさそうだった。
「ティアーナさんも抵抗していましたが、気絶させられて連れて行かれました……。申し訳ございません……」
ラインが舌打ちした。
「魔導車で真っ直ぐ首都まで送るべきだったか」
「いや。ティアーナの服、支給品だって言ってたろ。大方、居場所を突き止める魔具でも仕込まれてたんだろう。襲われる場所が多少変わっただけだ」
調べればわかっただろうが、まさかそこまでしているとは思わない。衛兵を襲った手口から見ても、荒事に慣れていることが窺えた。まったく、湖底調査なんて平和そうな名前を付けておきながら、とんだ暴力集団だ。
「……ティアーナ、どうなったんだろ」
「最悪、もう湖の底かもな」
目を伏せるサイに、そう答えた時だった。
「そんな!」
「わっ、イブキ?!」
いつの間にか、イブキが部屋に入ってきていた。詰め所に近寄らないようニイナが引き留めていたはずだが、隙を見て抜け出したのだろう。兵士たちの後ろで、ニイナが申し訳なさそうに目を伏せ、頭を下げた。
「お父さん、ティアーナさん死んじゃったの?」
「さあな。まだなんとも」
俺の探知は、個体ごとに僅かに違う魔素の匂いのようなものを辿る仕組みだ。故に、魔素を発しない死体は、探すことができない。湖に沈められたら、もはや確認のしようがない。見る見るうちにイブキがしょぼくれて、涙ぐむ。
「……まだ生きてるかも」
あの団体どうしてくれようかと俺が殺気立つ横で、サイが突然、呟いた。
「生かしたまま攫ったなら、理由があるはず」
初めから殺すことが目的だったなら、気絶させて運び出すなんて手間を掛けずに、さっさと殺せばいいということだ。殺伐とした理論ではあったが、一理あった。
「……攫われてから、まだ一時間くらい。魔導車や船でも、そう遠くには行ってない……」
「サイ……?」
人が変わったようにぶつぶつと呟くサイを、イブキが不思議そうに見ていた。やがて、青い瞳が、真っ直ぐに俺を見上げた。
「先生。ティアーナがまだ生きているなら、探せるでしょ」
やれ、という有無を言わさない強い視線だった。
「探してどうする」
たかだか小悪党の一味に、一国の王子が制裁を加えるつもりか。俺としては、イブキを悲しませたという私的な恨みで報復する予定はあるが、数時間共にしただけの人間を助けるために面倒事に首を突っ込む義理など、彼らにはないのでは。
「……エテルメールの、『裏』家訓」
「裏?」
不可解な単語に俺が首を傾げると、ラインと近衛兵たちが、げ、という顔をした。
「サイ、今その話すんの?」
「今しなくて、いつするの……」
なんだかよくわからないが、あまり好ましくない話題らしい。渋々、ラインが俺に説明してくれた。
「綺麗事だけで、何百年も王族の血筋が続いてるわけないだろ。……いろいろ、あんまり詳しく言えないことやるときの心構えみたいな……。そういうのがあるんだよ」
清く正しく真っ当なことだけをして、国を治めてきたように見せているが、そんなわけはない。まさにいろいろ、としか言えないようなこともたくさんしてきて、今の王家があるわけだ。
「言ってみろ」
説明を聞いて納得したところで、俺はサイの視線を受け止めて、先を促した。
「その一。『やられたら、徹底的に潰す』」
やり返すどころではない。潔いまでの暴力的な家訓だった。ちらりと見遣るはベッドの上の傷ついた兵士。家臣を傷つけられて黙っていられない、と言えば聞こえは良いが、『ナメた真似しやがって』という幻聴が聞こえることは、言うまでもない。
「その家訓、いつからあるんだ」
「初代から」
即答だった。あの男なら、言いかねない。そして実行しかねない。脈々と受け継がれる魂とは、美しいものばかりではなかった。
「わかった。やれるだけやってやる」
「うん」
サイが頷いた。主が決めたなら、家臣たちはそれに従うしかない。涼しい顔をして案外血の気の多い王子に、やれやれと肩をすくめていた。
ティアーナの居場所を突き止めるまで各自待機を命じられて、一旦解散しかけた時だった。
「すみません。腕を触っても、大丈夫ですか」
負傷した兵士が寝かされているベッドに、イブキが近づいた。
「イブキ? 何してるんだ」
ラインとサイ、そして兵士たちとメイドが訝しげに行動を見守る中、イブキは包帯の巻かれた太い腕を、軽く掴んだ。目を瞑って、意識を集中させる。
「痛いの痛いの、飛んでけー!」
妙な呪文を叫んだ瞬間、イブキの周りの魔素が人間の目にも目視できる光を放ち、兵士の傷口に収束した。
「……」
眩い光が収まると――兵士の顔にあった細かい傷や青あざが、綺麗に消えていた。包帯からはみ出ていた赤みも、一様に消えた。一番驚いているのは、もちろん傷が消えた本人だ。
「まだ痛いところがあったら、言ってください」
「いえ……。大丈夫、です……」
半身を起こして、傷の消えた腕を不思議そうに眺めている。
「イブキ……。今の、治癒魔法?」
「うん、成功してよかった。久しぶりに使ったから、ちょっと心配だったんだー」
兵士が元気になったのを見て、ほっとしているイブキ。一方、一同の視線は、ティアーナ捜索のため外に出ようとしていた俺に集まった。
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