6-2.
いくつか町を通り過ぎ、途中で昼食や小休憩を挟みながら、魔導車は順調に進んだ。
「ねえ、あれって何を作ってるんだろ」
窓の外を飽きもせず眺めているイブキが、不意に訊ねた。見ると、平原の真ん中に野営地のようなものが作られ、日に焼けた人々が作業に勤しんでいる。
「魔導列車の通り道を作ってるんだよ」
ラインが答えた。
「魔導列車?」
「そう。魔導車よりも速くて、人も荷物もたくさん運べる乗り物だってさ。じいちゃんが興奮しながら説明してたのを聞いただけだから、俺も詳しくないけど」
「へー! どんな乗り物なんだろう」
「なんか、ラリマトの港から首都まで一本道を作って、その上を特殊な魔導車に往復させるんだって。もし上手くいったら、北の方にも道を延ばすって言ってたから、そのうちジェードにも行けるようになるかもな」
首都とラリマトの間にある町を中継し、それぞれの町で乗車料のようなものを徴収することで、誰でも乗り降りができるようにするのだという。
「ラリマトって、他の国と貿易してる町だよね?」
「そうそう。でっかい港があって、変わった形の船がいっぱい泊まってる」
首都からラリマトまでは、俺が全速力で飛んでも半日掛かる。魔導車だと数日は掛かるだろう。もし無事に魔導列車が開通すれば、一日足らずで行けるようになる予定だというから、随分楽な旅になりそうだ。
「いいなー、他の国と繋がってる港町。どんなところだろう。魔導列車、早く完成しないかなー」
伝聞でしか知らない貿易都市に、そわそわと思いを馳せるイブキ。サイとラインが、目配せした。
「……完成したら、乗りに行こう」
「ホント?! 私も乗れるかな?」
「多分じいちゃんが一番に乗りに行くから、便乗しよう。イブキなら喜んで連れていってくれるだろ」
計画を聞いただけで興奮していたのなら、魔具屋は絶対に最速で乗りたがるはずだ。孫にまで行動を読まれているのは、元軍の高官だった人間としていかがなものか。
*****
目的地である湖畔の別荘に着いた時には、日が沈みかけていた。
「やっと着いたあ」
ラインが車内から飛び出し、大きく背伸びをした。王妃の持ち物だという割に小ぢんまりとした建物は、湖に面しており、湖面に突き出した桟橋には小舟が繋いであった。
「うわあー!」
水平線に姿を映しながら沈む夕日を見たイブキが、歓声を上げた。ユクレス湖は、地上から見ると海にしか見えない、大きな湖だ。人間が農耕を思いつくよりも前に、隕石が落ちてできた窪みに地下水や雨水が溜まり、いつの間にか湖になっていたことは覚えている。
「お父さん、夕日綺麗だね!」
「そうだな」
ジェード山はもとより、高い建物に囲まれたクォーツでも、まず見られない景色だ。長らく、景色を見て綺麗だと思うことなど忘れていたが、言われてみれば、見応えのある美しさだ。
「とりあえず、夕食と部屋の案内だな。二人とも、こっちだ」
毎年見ているからか、ラインとサイの反応は薄い。これからひと月はこの景色が見られるのだから、イブキも帰る頃には見飽きているだろうか。二人の元に走って行く後ろ姿を見ながら、俺ものんびりと後を追った。
*****
イブキは吹き抜けのエントランスに感動し、案内された食堂の煌びやかな装飾に感動し、出てきた夕飯の豪華さに感動し、と終始忙しかった。使用人たちも、思わず笑みを零す。澄ました貴族の子供ばかり見ているだろうから、新鮮だったのかもしれない。
「ディル様、イブキ様。本日よりお二人のお世話係を務めさせていただきます、ニイナと申します。短い間ではございますが、よろしくお願いいたします」
食事を終えると、淡い茶髪を隙なく結い上げたメイドが、イブキと俺に恭しくスカートを持ち上げて膝を折り、礼をした。
「よろしくお願いします」
丁寧な挨拶に、思わずイブキもお辞儀を返す。
「それでは、お部屋にご案内いたします」
身なり同様に隙がなく、立場をわきまえ変に媚びへつらうこともしない。職務に忠実な、サイとは種類の違う無表情だ。
「こちらが、ディル様のお部屋です」
階段を上った二階の奥に、俺の部屋は用意されていた。白を基調とした、清潔な部屋だった。
ダブルサイズのベッドと、簡単な書き物のできる机と椅子。深い緑の絨毯は毛足が長いにもかかわらず、塵一つない。少ない荷物は既に運び込まれ、適切な収納に納められていた。
「シャワーとトイレは各部屋に備わっておりますが、地上階に大きな浴場もございます」
ニイナは淡々と説明する。
「御入り用の際は、こちらの呼び鈴でお呼びください。魔具ですので、小さく鳴らしていただくだけで、わたくしまで伝わるようになっております」
「へえー」
見た目には手持ち式の小振りなベルにしか見えない魔具に、イブキは興味津々だった。
イブキの部屋は、同じ二階だが逆側の奥だった。階段に一番近い小部屋が使用人の部屋で、常に誰かが控えているので、急用の際は直接声を掛けてもよいとのことだった。
「サイとラインは、三階か」
「ええ。よりおくつろぎ頂けるよう、毎年同じ部屋をご用意しております」
道理だった。
「あの、お風呂って、いつでも入っていいんですか?」
イブキがそわそわしている。俺はシャワーどころか、入らなくても問題はないが、イブキは風呂が好きだ。山の家に、温泉を掘ってやったせいかもしれない。首都に買った家も、まず風呂の設備を見て決めたくらいだ。
「はい。日中に掃除を行っておりますが、それ以外の時間でしたら、ご自由にお使いください」
「やったー! じゃあ早速」
了解を得るや否や、イブキはすぐに風呂の準備を始めた。と言っても、こだわりがなければ寝間着すら用意してくれるらしい。贅沢にも程があるというか、貴族は甘やかされすぎではないか。
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