6-3.
イブキがニイナに風呂を案内されに行ったので、俺は手持ち無沙汰になった。夜食でも貰おうかと地上階に降りると、サイとラインも上階から降りてきた。
「あれ、先生。イブキは?」
「風呂だ。長いぞ」
特に今日は説明を受けながら入るだろうから、余計長いはずだ。
「そっかあ。一応俺たちの部屋も教えとこうと思ったんだけど、まあ、いつでもいいか」
「……厨房はあっち。おすすめはチーズ系……」
サイが、俺の動向を察して食堂の奥を指差した。彼の、時々発揮される勘の良さは何なのだろう。
「お前たちは、もう寝るのか」
二人はシャワーで済ませたようで、既に部屋着だった。
「眠くなるまで、サロンで遊ぼうと思って。先生もどう?」
「そうだな。イブキが上がるまで付き合おう」
サロンには、ボードゲームがいくつか備えてあった。ラインはその中から、マス目で区切られた盤面に駒を置き、ルールに従って相手の駒を取っていくというゲームを持ってきた。
夜食を頼むと、燻製肉にチーズを乗せて炙ったものと、白ワインが運ばれてきた。酒は嫌いではない。
「歩兵は前に一マスだけ、騎兵は一マス飛び越して斜めに動かせる」
ラインの説明を受けながら、二人が軽快に動かす駒を眺める。
「……王手」
「あーっ、また負けた」
二人は良い勝負をするが、サイのほうが少しだけ上手だった。
「先生、ルール覚えたなら一戦やろうぜ」
「ああ」
サイと席を替わり、教わりながら駒を動かしてみる。なるほど、相手の次の手を読んだり戦略を考えたりと、遊びながら上に立つ者の教育にもなるわけだ。
「……先生。イブキのお母さんは、どこにいるの?」
盤面を見ながら、サイがぽつりと訊ねた。
「知らん。山で拾っただけだし、捨てていった奴らは全員男だった」
「なるほど、そういうことか」
ラインも、納得した顔で頷いた。ずっと気にはなっていたが、本人がいるところでは訊きづらかったのだろう。
「……探す?」
サイが再び訊ねた。確かに、王家やシルバランス家の力で、私設の諜報部隊を持っている貴族をしらみ潰しに当たれば、案外簡単に見つかるかもしれない。
しかし、俺は首を振った。
「イブキが、お前たちに探してくれって頼んだら、その時は協力してやってくれ」
「わかった……」
本人が望んでいないことを勝手に行うのは、ただのお節介だ。それに、下手に藪をつついて、イブキに危険が及ぶことは避けたい。
「そういえば、お前たちの親は来ないのか」
イブキのことはさておき、二人も、親には大概に放っておかれている。
「来ないよ。シルバランスはまあ、それぞれ任務があるし。王様は忙しくて避暑どころじゃないし、エーリカ様も、王様を置いて旅行するような方じゃないから」
なんせ、最新式の魔導車でも一日がかりの移動だ。要人は一人動くだけで数十人動かす羽目になるから、ちょっと様子を見に来るだけでも大騒ぎだ。
そこで俺は、あることを思い出した。
「サイの兄弟は。上に二人いるんじゃなかったか」
「確かにサイは三番目だけど、ヨハン王子とフランツ王子は、側室の子供なんだ」
「……面倒くさそうだな」
貴族のゴタゴタが、一瞬で想像できた。
側室が産んだ二人よりも遅く生まれた正室の子など、顔にできた瘤よりも厄介だ。何かと優秀なところが、更に不安を煽っているに違いない。
「まあね。サイが王立に入学したのも、毎年ここに来るのも、なるべく城から離して公務に関わらせたくないっていう、側室派の考えだし」
「逆にラッキー、みたいな……」
盤面を見ながら、サイがぼそりと呟いた。この王子、学業成績は良いが自分の興味があること以外には、無関心が過ぎる。真面目さで言えばラインのほうが上だ。彼の挙動にやきもきしている側室派とやらが、あまりにも不憫で滑稽だ。
「あーっ、三人で遊んでる! ずるい!」
やっと風呂から上がったイブキが、サロンに顔を出した。吸水性と通気性の良さそうな、もこもこした部屋着を借りている。ショートパンツから伸びる白い腿を見て、ラインが顔を逸らした。
「お前が遅いからだ。王手」
「あっ?! 先生、覚えるの早くないか?!」
この前までイブキを男だと思っていたくせに、マセガキめ。貴様に加える手心はない。
「……イブキ、お風呂気持ちよかった?」
「うん! ニイナさんが背中流してくれたんだ」
何事もなかったように隙のない格好でドアの脇に控えているニイナが、俺の視線を受けて静かに頭を下げた。
「そう……」
わかりやすいラインと違い、こちらは何を考えているのか読めない。よからぬ事を考えていなければいいのだが。
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