5-2.
いつも通り、魔法と魔具を駆使しながら家事をこなしているイブキに、俺は訊ねた。
「イブキ。お前小さい頃、魔素酔いみたいになったことあるか」
「……うーん、覚えてないなー」
ということは、やはり物心つく前に、山の魔素濃度に慣れてしまったのだろうか。
「あとお前、魔法使うとき、周りの魔素も乗せてるよな」
「そうなの? よくわかんない。お父さんの言う通りにやったらできたから」
イブキも授業の内容が気に掛かっていたようで、しきりに首を捻っていた。
教師として他の子供も見るようになってから薄々感づいていたが、どうやらイブキは、人間の規格外のようだ。それとも、育った環境のせいか。
「そんなことより、夏になったらお父さん、死んじゃうんじゃない? 大丈夫?」
ジェードにいた頃よりも、明らかに量の多い食事を机に並べながら、イブキが心配する。授業を聞いて、同じことを考えていたようだ。
「そうだった」
今のところ困っていないイブキの体質よりも、俺の魔素不足対策が急務だった。
「七月の終わりから九月の初めまでは夏休みだって話だから、その間ジェードに戻ればいいかな?」
「俺は良くても、お前は。せっかく首都に友達もできたのに、山は退屈だろう」
俺は洞窟に引きこもるだけだが、イブキはそういうわけにはいかない。
「そうでもないけど……。みんなは夏休み、どうするんだろ。明日聞いてみるよ」
*****
イブキは、食堂で食べる昼食が好きだ。生徒の中には、食堂の野蛮な仕組みに慣れず家の料理人に作らせた弁当を持参している者もいるようだが、サイとライン、そして意外なことにソフィアも、食堂派だ。
「イブキくん。お昼ご飯を食べに行きましょう」
「うん」
ソフィアは件の引ったくり騒ぎ以来、イブキに好意的だった。
「俺たちも混ぜろ」
「何よ、いつもイブキくんに引っ付いちゃって。たまには私にも貸しなさい」
「……イブキは物じゃない……」
「喧嘩しないでよ。みんなで行けばいいじゃん」
最近は、四人で行動することが増えていた。食堂は教師も利用できるので、俺もイブキが食堂に行く時間を見計らって食べに行く。
四人がまとまって行動していると、周囲の視線がイブキに集まる。
無理もない。王子とその護衛に取り入る隙を窺っていたら、聞いたこともないファミリーネームの子供が軽やかに輪に入り、更にはその辺の貴族よりも権力を持つ豪商、バイオレット家の娘まで加わった。あの黒髪は何者だと、情報を募る生徒の姿もしばしば見かける。当初はイブキも居心地が悪そうにしていたが、諦めたのか慣れたのか、今は気にしていない。
「ディル先生、よく食べるわねえ」
日替わり定食を、肉と魚の両方注文して食べている俺を見つけて、ソフィアが呆れている。腹が空くのだから仕方ない。イブキは苦笑していた。
「ねえ、みんな夏休みってどうするの?」
各自、注文した食事を受け取って隅の席を取り、座りながらイブキが訊ねた。
「気が早いのね。夏は毎年、別荘に避暑に行くわよ」
「俺たちも。首都は暑いからなあ」
魔素不足の話に対して生徒の反応が薄いと思っていたら、そういうことか。首都にいないのだから、魔具が止まった話も、人づてに聞いただけなのだろう。
「イブキは?」
「まだ、はっきり決めてない。お父さんが夏が苦手だから、ジェードに戻ろうかって言ってたところ」
ジェードは標高が高いので、夏でも涼しい。さすがに山間部に寄りつく者は少ないが、町の周辺には、避暑客用の宿泊施設が点在している。
「……決まってないなら、来る?」
黙々と食事を口に運んでいたサイが、突然提案した。
「へ? 来るって、どこに?」
「そうだよ。サイんとこの別荘に来ればいいじゃん。ディル先生も一緒にさ」
名案とばかりに、ラインも話に乗った。
「王様の別荘ってこと?」
「いや、サイの母親――エーリカ王妃の実家の別荘だから、王家の持ち物じゃない。さすがにジェードほど涼しくはないけど、首都よりはずっとマシだし、良いところだぞ」
どちらにせよ仰々しい場所であることに違いないが、魔素不足が解決できてイブキの遊び相手もいるのなら、これ以上の場所はあるまい。
「その話、詳しく聞かせろ」
食器を返しにいくついでに声を掛けると、
「うわっ?! 先生、相変わらず突然現れるなあ」
「過保護……」
サイは、俺の盗み聞きに気付いているようだった。
「後で職員棟の俺の部屋に来い」
王家の旅行の予定を、公衆の面前で話すわけにはいかない。ラインとサイは、すぐに察して頷いた。すると、
「ちょっと! ずるいわ、三人で夏休みなんて! しかも、ディル先生も一緒だなんて!」
一人仲間はずれにされたソフィアが吠えた。
「……お前、俺のこと嫌いなんじゃなかったのか」
「べっ、べつに、嫌っているわけではありません」
耳を赤くしながら、もぞもぞと言った。
「イブキの父親だもんなあ。愛嬌振りまいとかないとなあ」
「おだまりなさい!」
何故、父親に愛嬌を振りまく必要があるのだろう。イブキと仲良くしたいという気持ちはありがたいが、俺を嫌っていても、イブキが友達だと思っている以上は、口出しをする気はないのだが。首を傾げていると、イブキも同じように首を傾げていた。
「……ふふ」
そんな俺とイブキを見比べて、サイが少しだけ、口の端を持ち上げた。
「サイ、今笑った?」
「……ううん」
すぐに首を振って、元の無表情に戻ってしまった。
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