4章:王子とお嬢と城下町

4-1.

 イブキが王立魔術学校に入学してから、一週間が経った。

 魔術と名が付いていても、魔術や魔法のことばかり勉強するわけではない。語学、数学、歴史、体育など、教科は多岐にわたる。

 一年間で何回授業を行い、どんなことを教えるのかは、予め国の基準で決められている。教師たちは、それに従って指導計画を組むのだ。

 ただし魔法学だけは、未だ解明されていない部分が多く発展途上のため、卒業時に一定の基準を満たしていれば、内容は教師に任せている部分が大きいのだそうだ。故に、魔法学教師の腕前が学校人気に関わってくる。


「イブキは、今のところ何の教科が好き?」

 リンゴの果肉入りのアイスクリームを舐めながら、ラインが訊ねた。

「どれも楽しいけど、一番は歴史かなー。あ、お父さんの授業は別だよ?」

イブキも同じように、アイスクリームを舐めている。こちらはイチゴ入りらしく、淡く赤みがかっている。

「勉強が楽しいって、変わってるなあ」

「ラインは体育が好きって言ってたね。サイは?」

彼らが今いるのは、城下町の大通りだ。アイスクリーム屋の脇のベンチに三人仲良く腰掛け、買い食いをしている。

 今日は、イブキがラインとサイに城下を案内してもらう約束の日だった。

 俺はと言うと、朝から嬉しそうに出かけていったイブキの後をつけ――もとい、遠巻きに見守っているところだ。

「……今の魔法学は、楽しい」

サイが答える。さすがに城下で無防備に顔を見せるわけにはいかないのか、目深にフードを被り、長い銀髪を隠していた。砕いたチョコレートが入った緑色のアイスの表面が、じわりと溶ける。

「王宮の魔術師から習うのと違うし、新鮮だよな」

 食べるのが速いラインは、いつの間にか小麦粉で出来た持ち手部分をバリバリと食べている。

「そっか、二人は他にも先生がいるんだね」

「そう、堅苦しくて口うるさいんだよ。アリア先生くらい優しくてわかりやすかったら、もっとやる気出すんだけどなあ」

言いながら、最後の一欠片を口に放り込んだ。位の高い貴族のくせに、ラインの仕草は大雑把なところが目立つ。

「本当は今日も、午前中から授業がある予定だったんだけどさ。イブキと約束したのが先だったから、窓から逃げてきた。なっ、サイ」

「うん」

 やはり、公式に許可を取った外出ではなかったらしい。

「……いいの?」

イブキが半笑いだ。ラインは事もなげに頷いた。

「どうせ、その辺で近衛兵が見張ってる」

 その通り。保護者は俺だけではない。先ほどからちらちらと、通行人に紛れて彼らの様子を窺っている者が数人いる。

「ええっ!?」

イブキは気付いていないようで、辺りを見回す。が、訓練された軍人がそう簡単に見つかるはずもなく、不思議そうに首を傾げた。

「大体、学校が休みの日にまで勉強させるっつーのが、訳わかんないよな」

ラインはベンチから立ち上がり、大きく伸びをした。

「労働者は週に一度は必ず休暇を取るべしって、クォーツ様が制定した偉大なる法律だぞ」

 クォーツとはサイの先祖、即ちエテルメール家の始祖であり、初代国王だ。首都の名前にもなっている。人間の寿命で終わらせるには惜しい、聡明な男だった。

「さて、そろそろ行こうぜ。……サイ、食べるの遅くねえ?」

イブキが持ち手を食べ終わるのを見計らって声を掛けたのだが、サイはまだ、アイス部分をのんびり舐めていた。

「せっかくだから、ゆっくり食べる……」

 相変わらずぼんやりしているサイのアイスは、一度溶けかけていたにも関わらず、冷気を纏っていた。入学試験でも見せた氷柱クルスタロを、俺の授業で応用することを覚えたのだ。

「サイは昔から、氷の魔術が得意なんだよ」

「へえー。ラインは?」

「俺は真逆。火の魔術が性に合ってる」

 個体によって相性の良い魔法があるのは、魔法学をかじった者なら皆知っていることだった。遺伝であることが多く、研究している者もいた。

「そう言うイブキは、何でも得意そうだよな」

「そうでもないよ。火を使うのはちょっと苦手。料理してると時々焦がすんだよね」

 訓練を兼ねて魔法でできることは魔法でやるように教えていたが、料理については、一般家庭で使われている魔具を使っている。イブキが火を操るのが苦手だと気付き、山を焼かないように、魔導炉コンロを導入したことがきっかけだった。料理は人間の文明なので、魔法よりも人間が作った魔具のほうが向いているのは、当然のことかもしれない。

「料理って……。使用人は?」

 さすが貴族、自分で料理をするという発想はない。

「いないよ。お父さんと二人暮らしだし、誰かにやってもらうほどじゃないでしょ?」

 家事も結構楽しいよ、と笑うイブキを見て、二人は顔を見合わせた。母親がいないことに気付いたようだった。

「……料理って、ちょっと面白そう」

 ようやく持ち手まで辿り着いたサイは、母親の件には触れず、ぽつりと呟いた。

「面白いよ。どうやったらもっと美味しくなるかとか、余った材料で工夫するのとか」

「サイが興味持つの珍しいな。今度、料理長捕まえて教えてもらうか」

「うん……。考えてみる」

 ポリポリサクサクと小動物のように食べ終わり、ようやくサイは立ち上がった。歩きながら食べるという考えがないところが、育ちの良さか。

「これからどこ行く?」

「ラインが言ってた、時計台広場のフライドポテトも食べてみたいな」

 時計台広場は、大通りを抜けた先にある。広い石畳の広場は、式典などに使われるそうだ。平日でも露店が出ており、いつでも祭りをやっているような雰囲気の、首都の観光名所だ。

「自己紹介の内容なんか、よく覚えてるなあ」

 今更恥ずかしくなったようで、ラインは頭を掻いた。

「ま、今日はイブキに首都を案内する日だからな。イブキの行きたいところに行こう」

 そう言って、遠くに見える石造りの時計台を振り返った時だった。

「きゃあぁっ!?」

 近くの店先で、女の悲鳴が聞こえた。

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