3-4.
俺の合図と共に、生徒たちは一斉に動き始めた。
その場で試行錯誤を始める者、図書館や教室など、行き先を伝えて修練場を出て行く者、隅のほうで瞑想を始める者。思った以上にバラバラだった。
残ったのは、イブキとサイ、ライン、そしてソフィア。
「お前たちは、どこかに行かないのか」
「俺はサイの護衛だからなあ。サイ、どっか行く?」
サイの護衛。そう聞いて、納得した。『銀の槍』は、エテルメールのお気に入りの得物だった。
「……考える」
一方のサイは、相変わらず眠そうに目を伏せるばかりだ。
のんびりとした主君の答えを待つ間、ラインは杖を取り出して手遊びのように水球を飛ばし始めた。随分と慣れた手つきだ。一端の魔術師くらいの練度はあるのではないだろうか。
「先生の話だと、魔法は効果を思い浮かべられれば、呪文は必要ないってことになるよな」
「そうだな」
ラインの言う通りだ。本来、魔法は魔素を扱う感覚さえ掴めれば、呪文は必要ない。魔物のような生まれつき魔素を感知できる存在なら、手足を動かすのと同じように魔素の扱い方を知っているほどだ。
「じゃあ、どうして魔術は、呪文が必要なんだ?」
「たくさんの人間が、魔法を簡単に使うためだよ」
「……なんで、たくさんの人が使う必要があったの?」
今度はサイが訊ねた。
「強い力を行使できる奴がたくさんいた方が、有利に戦争できるだろう」
二百年ほど前に起きた大規模な戦争の際、初めて人間同士の戦いで魔術が使われたらしい。この国は戦勝国なので、その辺りの話は有名なはずだ。
「なるべく素早く、たくさん魔術を行使することが求められた。おかげで、呪文の簡略化と魔具の改良が進んだ。その結果が今の主流になってる小さな杖と、『デルフィーヌは丸い』だ」
単純な形のほうが早く作れる。的にぶつけるだけの水に、珍妙な動物の形を与えてやる必要はないというわけだ。
「まあ、そっちは俺の専門じゃない。歴史の授業で習え」
今の子どもたちにとっては、魔術はただの便利な技術という意識なのかもしれない。人間が想像する二百年前は、遥か昔の話だ。
とは言え、俺にとっても、引きこもっていた間に起きた出来事はすべて伝聞だ。当時を実際に知っているのは、ローズを始めとするエルフ族くらいのものだろう。
へー、と納得したラインが、ふと思い出したようにイブキを見た。
「なあ、イブキはもう、先生の課題できるんだろ?」
「うん、お父さ……じゃないや、ディル先生に最初に習った魔法だったから」
遠慮がちに頷くイブキ。抜け駆けしているような気持ちなのだろう。
「その時は、何の形を作ったんだ?」
「リンゴだよ」
パチンと指を鳴らして、森に生っている野生のリンゴの形を瞬時に生成した。品種改良されたリンゴよりも小ぶりで、歪な形をしている。
「おお」
ラインが感心し、サイも心なしか目を見開いた。アリアも無邪気に歓声を上げ、拍手する。
「他には?」
チップでも投げそうなラインの声。イブキは見世物ではないのだが。
「その後は確か、野いちご、山ぶどう、ウサギ、キジ、イノシシ……」
山で採れたものを片っ端から見本にして、見たものは何でも作れるようになった。イブキの場合、球体を作るという過程を踏んでいない分、覚えが早かったのだ。
次々と形を変える水の塊を、修練場に残っていた生徒たちがぽかんと口を開けて見ていた。
「……先生。どうして、球体以外の形にする必要があるのですか?」
ずっと不服そうに口を尖らせていたソフィアが口を開いた。
「球体のままでも、使用に問題はないと思うのですが」
「言っただろう。丸いってイメージを壊すんだよ」
「そうすると、何ができるようになるのですか」
「そうだな……。例えば、こういうことができる」
俺はイブキが生成した水の塊に手を突っ込み、そこから水で出来た小ぶりなナイフを引き抜いた。ソフィアの鼻先に突きつける。
一瞬の出来事に、ソフィアはヒッと小さな声を上げた。
「ディル先生!?」
「お父さん! ダメ!」
アリアの悲鳴が上がるのと同時にイブキに叱られ、俺は渋々ナイフを蒸発させた。水蒸気が鼻を掠め、ソフィアは腰を抜かしてその場にへたり込んだ。
「決まった何かができるようになるわけじゃない。『自分が思い描いたこと』ができるようになる。お前は、何がしたい」
視線を合わせて屈むと、
「わ、わたし、は……」
目尻に涙をにじませながら、喉の奥を引きつらせるソフィア。イブキがすかさず駆け寄り、庇うように抱きしめる。
「お父さんが女の子泣かせた!」
イブキが予想外に怒っている。生意気なお嬢様に、世の厳しさを少々教えてやっただけではないか。
「バイオレットさん、大丈夫?」
久しぶりに他者から、それもイブキから怒られて俺が凹んでいると、
「泣いてないわよ! まったく、無礼な親子ね!」
立ち直りの早いソフィアが、自分を抱きしめていたイブキの身体を押しのけた。
「ご、ごめんなさい……」
顔を赤くしながら気丈に振る舞うソフィアと反比例して、イブキがしゅんと俯いた。この紫頭こそ、うちのイブキに無礼極まりない。もういっぺん泣かせてやろうか。
生意気な小娘と睨み合っていると、
「何だ今のナイフ! かっけー!」
俺の応用技に感激したラインが、興奮して飛び跳ねていた。
「俺もそれやる!」
言うが早いか、浮かせていた水球を引き寄せ、真剣に見つめ始める。
「俺も……」
続けて、サイまでやる気を見せ始めた。
呆気に取られていると、アリアが俺の顔を見て吹き出した。
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