3-3.

 従来の魔法学の授業は座学から始まるらしいのだが、アリアとの打ち合わせの結果、いきなり運動用の動きやすい服装で修練場に集合させることになった。

「ディル・ブランシェルだ。今年度から、この学校で魔法学を教えることになった」

 冒頭で俺が名乗るなり、初めから知っていたサイとライン以外の視線がイブキに集まった。

「名前の通り、俺はイブキ・ブランシェルの父親だ。と言っても、もちろん贔屓はしない。他の生徒に関しても同じだ。家柄なんざどうでもいい。実力を見せろ。いいな」

 生徒たちがざわつき、ラインが小さく口笛を吹いた。

「アリア先生は授業をされないのですか」

 挙手して訊ねたのは、桔梗のような紫色の髪を耳の上で二つに結った、女子生徒だった。

「もちろん、私も授業をしますよ。今日は挨拶を兼ねて、ディル先生に授業をしていただきます」

 おっとりとした笑顔が、俺の発言で冷え込んだ空気を緩和する。こういうものは、適材適所だ。

「お前、名前は」

「……ソフィア・バイオレットです」

 むすっとした反抗的な目で俺を睨み付けながら、紫の二つ結びは答えた。ただ見下ろしていただけでも小鳥が逃げる俺に向かってそんな態度ができるとは、なかなかの気の強さだ。

「今、お前が何を考えたか当ててやろうか」

少し面白くなって、フンと鼻を鳴らした。

「『せっかくアリア先生に魔術を習えると思ったのに、なんだこの男は。お前なんかに用はない』」

 すると、ソフィアの耳が急速に赤くなり、ぱくぱくと何か言おうとした後、押し黙った。

 ざわついていた修練場が、しんと静まり返った。何か意見すれば、同じように心を読まれると思ったのだろう。

「今のは、魔術でも魔法でもないぞ」

俺は続けた。

「ついでに聞こう。魔術と魔法の違いを知ってるか。ライン」

 顔をそらしてクラスメイトの醜態を笑っていた男に、俺は突然訊ねた。案の定、ラインは狼狽えた。

「えっ、俺!? えーっと、竜やエルフが使うのが魔法で、人間が使うのが魔術、じゃないの?」

 赤い髪をわさわさと掻き、つっかえつっかえ、教科書通りの答えを返した。

「半分だけ正解です」

 きちんと予習ができている生徒を見るのが嬉しいのか、アリアが笑顔で頷いた。

「半分だけ? どういうこと?」

「本来は、魔術も魔法の一部です。竜やエルフが太古から使っていた超常の力のことを魔法と言って、魔法を人間にも扱いやすいように体系化したものを、魔術と言います」

「ああ、そっか。ローズ校長はハイエルフだけど、魔術も魔法も使うもんな」

 さすが、入学試験三位は物わかりが良い。

「魔術を編み出したのは人間ですから、一般的には人間が使うのが魔術という認識でも、間違いではありません」

 へー、と気の抜けた声でラインが感心する。おそらくこの辺りは、毎年恒例の授業なのだろう。涼やかな声で淀みなく話すアリアに、一部の生徒は見蕩れていた。

「というわけで、だ」

 場が和んだところで、俺は現実に引き戻した。

「お前たちに、俺が『魔法』を教えてやる。座学と魔術がアリア先生、魔法が俺だ。改めて、よろしく」

 にやりと笑うと、修練場は再び静かになった。


*****


 俺は、イブキに魔法を教え始めた時のことを思い出す。

「まず、そうだな、これ・・を作れ」

 手のひら大の水球を宙に出現させた。ボールは入っていないが、入学試験でアリアが会場に放ったものと同じだ。

 生徒たちは言われるまま、それぞれが空中に小さな水の球を浮かせた。イブキとサイ以外の生徒は、杖や指輪型の魔具を使い、『水球デルフィーヌ』の呪文を唱えた。

「今、デルフィーヌって言ったな。デルフィーヌの元の意味を誰か知ってるか」

 訊ねると、ひそひそと話し合う声がした後、静かになった。

「何百年か前まで海にいた、魚みたいな形をした動物だ」

 こんな形の、と水球を変形させ、三日月にひれと尻尾が生えたような形を作る。どよめく生徒たちに混ざって、アリアまで目を丸くしているのはどうかと思う。

「どうして水のボールのことを、そんな生き物の名前で呼ぶのですか?」

 羞恥から復活したソフィアが、いち早く挙手して訊ねた。この精神力の強さは評価していい。

「まだデルフィーヌがたくさんいた頃、捕まえて飼い慣らして、ボールを使って芸をさせてたからだよ」

 今となっては、個体が存在しているのかどうかも怪しい。竜よりも伝説級だ。

「つまり、丸いのはボールで、デルフィーヌは丸くなかった」

 話している間に、数人の水球が崩れ始めた。運動用の格好をさせたのは、服が濡れてもいいようにだ。

「よし、一旦消せ」

 一斉に、水が形をなくしてグシャベチャと床に落ちた。修練場の床は速乾性だ。

「今、デルフィーヌは丸くないと言っただけで、何人か球体を保てなくなっただろう。お前、普段ならもっと長時間浮かせてられるんじゃないか」

「はい……」

 真っ先に水球を落として靴が濡れている男子に訊ねると、不本意そうに項垂れた。

「落ち込まなくていい。魔法使いの素質があるってだけだ」

 にやりと笑うと、男子が少し明るい顔になった。

「話を戻すぞ。魔法は、言語が生まれる以前から、個々が感覚的に使っていたものだ。だから、決まった形の呪文がない」

 魔法は千差万別だ。得手不得手が顕著にあり、炎しか扱えない者や、特定のポーズを取っている時しか使えない者もいる。

「ここまでが前置きだ。俺が出す最初の課題は、丸い水の塊を、十秒以内に好きな形に変形させられるようになることだ」

「どうやって?」

 挙手したのはラインだった。物怖じも遠慮もしないのは、誰かに媚びへつらう必要がない、位の高い貴族だからだろうか。

「丸いと思えば丸くなるんだ。四角くしたければ四角いと思え。実在するものの形をとらせたければ、どんな形をしているか思い出せ。思い出せなかったら、見ながら練習してもいい」

 ひれの生えた三日月の形を球体に戻し、更に蒸発させると、誰からともなく歓声が上がった。

「校内にあるものなら、見本を見に行っても構いません。どこに行くのか私たちに伝えてから出て、授業が終わるまでには戻ってきてくださいね。もちろん、魔法の使用が許可されていない区域では練習してはいけませんよ」

 アリアの注意事項に、生徒たちが各々返事をする。

「できた奴には次の課題を出す。俺かアリア先生に見せに来い。放課後、五時までなら授業以外の時間でも構わない。始め」

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