1-2.
週に一度ほど買い物に来る男が二日連続で現れた上、子どもを伴っていたものだから、町の人間たちは珍しそうに注目した。
上着のフードを被っているように言われたイブキは、初めて見る自分以外の人間からの視線に、居心地が悪そうにしている。俺の後ろを足早についてきた。
「イノシシ? この大きさはもしかして、最近畑を荒らしてたでっかい奴かね」
肉屋の店主は、カウンターに載せられた大ぶりの肉塊を見て、目を丸くしていた。
「そうたくさんいる大きさじゃないから、そうかもしれないな」
顔を隠すように遠慮がちに立っている見慣れない子どもに加え、立派な肉を買い取るか引き取るかしてもらえないだろうか、という消極的な提案。不審がられるだろうと思っていたが、店主は朗らかに笑った。
「助かったよ。罠にも掛からないし、逃げ足も速くてね」
時々、客として訪れていたからだろうか。
「下処理もしっかりしてあるから、売り物になる。これくらいでどうだ」
店主は、適正価格よりも少し多い額を提示してきた。俺は肉が無駄にならなければいいので、交渉も何もせず、「じゃあそれで」と頷いた。
店の外に出てから、イブキに肉の代金を渡した。重みのある袋を両手で受け取り、見つめている彼女の頭に手を乗せた。
「お前の手柄だからな。使い方は教えるから、好きなものを買うといい」
通貨の存在は教えていたものの、イブキが自由にできる金銭を与えるのは初めてだった。
「計算はできるな? この小さいのが一ビット、色の違うのが十ビット、大きいのが五十。紙は小さい順に、百、千、五千、一万。提示された金額に合わせて、組み合わせて出すんだ。細かいのがないときは、多く出せば差額を戻してくれる」
一つずつ手に乗せてやると、イブキは興味深そうにふんふんと頷き、観察した。
「何か欲しいものは? 服とか、菓子とか」
「うーん……」
首を傾げて困っているイブキを見て、それもそうかと改めて気付く。物語から辞書まで、人間社会のことを知るのに役に立ちそうな本は一通り与えていたが、彼女は店というものの実物を見たことがないのだ。
「じゃあ、適当に見て回るか」
「うん」
イブキには、町にあるもの全てが珍しい。小遣いよりも、町を探検できることを喜んだ。
服屋、雑貨屋、持ち帰りの菓子を売る店など、人間の少女が好みそうな店を順に見ていく。イブキは目を輝かせて、店内と品物を見て回った。
しかし買ったのは、薄く焼いた小麦粉生地にクリームと果物を挟んだ、町でよく食べられている菓子だけだった。店の前のベンチに座って食べ、美味しいと笑った。
「こんにちは。可愛い娘さんね」
八百屋の前を通ると、噂好きの女将が目敏くイブキを見つけた。
「こ、こんにちは……」
挨拶をされたら挨拶を返す、という教えの通りに、イブキはおずおずと頭を下げた。
「娘がいるって、話したことあったか」
どこから攫ってきたのか問い詰められるかと思ったら、
「言われなくてもわかるわよ。お菓子とか女の子用の服とか、時々買っていくじゃない。服屋のママと、順調に大きくなってるみたいねって、話してたんだから」
勝手に見守られていたらしい。道理で、誰もイブキのことを聞いてこないと思った。
「はい、これあげる。甘くて美味しいわよ」
子供好きな女将は、イブキの手にミカンを無理矢理握らせた。
「ありがとうございます!」
「うん、愛嬌のある良い子ねえ。お父さんとは大違い」
「悪かったな」
「育て方がいいって、褒めてるのよ」
ずけずけとものを言う女将だ。これ以上喋っていたら、イブキに何を吹き込まれるかわからない。礼を言って、足早に八百屋を後にした。
山の中を遊び場にしているイブキは、小さな町を端から端まで歩き回っても、疲れた素振り一つ見せない。
あれは何の店だ、これは何だと一つ一つ訊ねるので、答える俺のほうが疲れた。
町を探検し尽くし、町外れまで来ると、飾り気のない小さな店が佇んでいた。
表にはちんまりとした看板が掛かっており、遠くからでは文字が見えない。
イブキは駆け寄って、看板の文字を読んだ。
「『魔具、魔装のご相談受け付けます』だって。お父さん、魔具って何?」
「魔術を発動する補助を行う道具のことだ。家にある
「へー」
魔物の中でも魔法の扱いに長けている竜種には必要がないものだが、人間は本来、魔法を扱うことに向いていない。
しかし、長年の研究と持ち前の器用さで、誰にでも魔法を使える仕組みを開発した。
「見たい!」
「お前にはいらないと思うが……」
何しろ、竜から付きっきりの英才教育を受けた娘だ。イノシシを仕留めたのだって、もちろん魔法だ。今更、彼女に補助具が必要だとは思えなかった。
「でも見る」
社会勉強だと言い張るイブキの強情さに負け、中の窺えない木製のドアを引くと、軽やかな鈴の音が鳴った。
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