魔法使いショータと春の羽書 #終わった世界のイリオモテ

デバスズメ

本文

 小さな島の丘の上、港町を見下ろすその場所に、小さな研究所がありました。その研究所の中から、声が聞こえてきます。

 「いかん!やっちまった!」

 ボカンッ!と音がなり、黒い煙がもくもくと外に漏れ出します。ここはイリオモテ、遠い遠い昔は、西表島と呼ばれていた島です。


 遠い遠い昔、空からとても強い光が降り注ぎ、世界は終わりました。衛星砲というとても恐ろしい兵器が、たった一度動いただけで、世界は終わってしまったのです。

 それから長い長い時間がたちました。生き残った人間たちは、ほそぼそと命をつなげ、今となっては、それなりに平和な世界ができました。


 「ゲホッゲホッ……」

 魔法使い服を着た先生は窓を開け、煙を追い出します。

 「もー、先生、またですか?」

 魔法使い服を着た男の子が、研究所に駆け戻ってきました。

 「ショータ君、またとはシツレイな。この実験はこれが初めてだよ」

 ショータ君は、10歳の魔法使いです。そして、先生は、ショータ君の魔法の先生です。二人は、終わった世界のイリオモテで、魔法使いのお仕事をしています。


 「それはそうとショータ君、花びらは集まったかね?」

 「はい」

 ショータ君の持つバスケットには、ふわりとした花びらが入っています。研究所の外では、満開の桜の花びらが、ひらりひらりと舞っています。イリオモテに春がやってきたのです。


 「よし、それじゃあ、今年も春を届けるとしようか」

 先生は分厚い魔導書を取り出します。

 「〈伝書鳩の魔法〉くらいだったら、先生は丸暗記してるんじゃないですか?」

 「まあね。ただ、今日ばかりは失敗できないから、念には念を入れてというやつさ」


 「いつもは失敗してもいいみたいな言い方ですけど……」

 「いや!なに!そんなことはないさ!俺はいつだって大真面目だよ。ただ、今日は年に一度の魔法だ。特別な時には、形から入るのも重要なのだよ。わかるかい?」

 「そういうもんなのんですかね……」

 「ああ、そういうものさ」

 先生の言葉に、ショータ君はなんとなく納得したようです。


 終わった世界にも、魔法はあります。魔法使いの主なお仕事は、遠くの人々へものやお知らせを伝えることです。イリオモテで桜が咲いたことは、遠く北の島へと伝えられます。そうして、寒い北の島に、もうすぐ春がくることを伝えるのです。


 「ショータ君、北に送る切羽きりはねを」

 「はい」

 先生は魔導書をパラパラとめくり、〈伝書鳩の魔法〉のページを開き、たくさんの白い包み紙を用意します。そして、ショータ君が持ってきた桜の花びらを、それぞれに入れました。


 「先生、これでいいですか?」

 ショータ君は鳩の羽の束を持ってきました。先生は羽を見て頷くと、それを桜を包んだ紙に1本ずつ貼り付けます。


 「よし、それじゃあ……」

 先生は小さな魔法の杖を持ち、包み紙に向かって指揮棒のように振りながら、呪文を唱えます。


 「春を告げるは桜の彩り、遠く届ける鳩の羽。星の導き手がかりに、遠く空へと舞い上がる。……さあ、飛んでいけ!」

 先生が魔法の杖で包み紙をトンと叩くと、包み紙は白い光に包まれて、ふわりと浮かび上がります。そして、研究所の窓から、外に飛び出しました。


 舞い散る花びらとすれ違い、小さな包み紙は、高く高く空へと浮かび上がっていきます。そして、北へ北へと、春を告げるために、飛んでいきました。


 ショータ君は、その景色を見上げます。あれだけ多くの羽書はがきを一度に飛ばすことは、ショータ君にはまだ難しいことなのです。

 「……先生、僕も先生みたいな魔法使いになれると思いますか?」


 先生は笑ってショータ君を見ます。

 「なれるに決まっているさ。なんたって、俺の弟子なんだからな!ハハハ!」

 「先生はいつも自信たっぷりですね」

 ショータ君も、笑いました。



終わった世界のイリオモテ~魔法使いショータと春の羽書~


おしまい

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