20 素直じゃない奴ら
無我夢中で剣を合わせた。黒崎とて正直、上手く行くとは思っていなかった。
極限まで洗練されし、剣対剣の戦い。思考や理屈を超えた激闘の末に――女騎士ブラダマンテの剣は空高く弾かれていた。
「……はあッ、はあッ。勝負……あったな!」
相手の必殺の一撃を僅かな
対するブラダマンテは、自分の
「――ここまでやるとは予想外だった、黒崎殿。素晴らしい腕前だ。
ロジェロより前にきみと出会っていれば……惚れていた、かもな」
「ンなッ……て、適当な事を言うんじゃ……!?」
次の瞬間。ブラダマンテの顔が黒崎の眼前に迫っていた。
予想外の素早い動きの直後、黒崎の額に柔らかい感触があった。何が起きたのか一瞬分からなかったが――ブラダマンテがキスをしたのだ、と黒崎が理解する頃には、彼女は彼の身体を踏み台にして跳躍していた。
彼女はそれを掴んだ。刃の部分を両手で構える。しかし今度は――剣の向きすら逆であり、柄部分が上側になっていた。
ブラダマンテの接吻と跳躍に黒崎の理解が追いつかず混乱している隙に――彼の脳天に
これもまた、甲冑が発達した時代に編み出された剣のもう一つの使用法。逆手に持ち、柄部分を鈍器にする技だ。
頭部に激しい衝撃を受けた黒崎は、堪らず意識を失っていた。
**********
「……崎君! 黒崎君! しっかりするんだ!」
ぼんやりとしたまま、黒崎は目を開けた。視界に映ったのは、彼の顔を心配そうに覗き込むアストルフォとメリッサであった。
「アフォ……それに、メリッサも……いつの間に、ここに……?」
「気がつきましたわ! よかった……! 一時はどうなる事かと」
安堵の溜め息をつくメリッサ。
黒崎がハッとして起き上がると、激しい頭痛がして思わず呻いた。
辺りは相変わらずの殺風景な月世界。彼らから離れた場所に城門と、ふて腐れたように座るブラダマンテの姿がある。
「目覚めぬほど強くは叩いていない。
惜しかったな、黒崎殿。一騎打ちはわたしの勝ちだ」
女騎士の勝利宣言。黒崎は悔しさが湧き上がると同時に、
「――と言いたいところだが、黒崎殿。質問がある。
なぜ
わたしもアレが何なのかは知っている。魔法使いアトラントの楯だろう?」
一騎打ちを行う前、黒崎が放り投げた
ロジェロの義父アトラントの所有していた、光り輝く魔力を持つ楯。覆いを外しその光を見たものは視力を奪われるか、昏倒してしまうのだ。
「あんなモン使って勝ったところで、それは実力勝負ってのとは違うだろ。
逆に聞くが、ブラダマンテ。アレで負かされて納得できるのか? 素直に負けを認められるのか?」
黒崎の答えに、ブラダマンテは「なるほど」と頷いた。
「そうか――わたしの心情も察してくれていたのだな。正直言って嬉しい。
確かに結果としてはわたしが勝ったが、わたしの打てる手段を恥も外聞もなくやった結果だからな。
剣技の戦いでは、黒崎殿……きみが、わたしを……その、上回っていた」
何故か
視線を明後日の方向に逸らし、声もやや上ずっていた。
「勘違いするんじゃあないぞ! いずれわたしも鍛錬を積み、きみを上回る剣術を身に着けてみせる!
だからその――確かにきみは負けはしたが、実力の程は立派に証明してみせた。つまりこの城門を――
ブラダマンテの言葉に、アストルフォとメリッサの表情がパッと明るくなった。
「聞いたかい黒崎君! 良かったな!
これで心置きなく、大切な想い人たるアイ君を救いに行けるわけだ!」
「お、おう。そうだな……って!?
ちょっと待てやアフォ! 誰が誰の大切な何だってェ!?
てめェ適当な事ほざきやがったらブッ飛ばすぞコラァ!?」
「照れなくてもいいんですのよ、黒崎様。
私がブラダマンテを愛しているように! 黒崎様もアイさんを愛する事、これっぽっちもおかしくありませんわ!」
「うっがー!?
今までになく顔を真っ赤にして必死に否定する黒崎であったが。
その余りにも分かりやすい反応に、二人は生暖かい笑みを浮かべて見守るだけであった。
「お前らいいかァ!? これからオレ、城門くぐって
今みたいな台詞でからかったりするんじゃねェぞ!? いくらお前らでもタダじゃおかねえからなッ!!」
「分かった、他ならぬ親友の頼みだ。約束しよう」アストルフォは快諾した。
「右に同じ。気を付けていってらっしゃいませ、黒崎様」メリッサも同意した。
二人に見送られ城門に向かう黒崎に、ブラダマンテが横からこっそり耳打ちしてきた。
《黒崎殿。
《なんだ。アンタだって
《当たり前だろう。今の状況、わたしが望んだものだなどと思うのか?
彼女の魂が消滅してしまっては、彼女の使命は失敗し――物語はまた最初から、やり直しになってしまうんだぞ》
《そうか……そいつは、辛いな》
ブラダマンテの声は微かに震えていた。それで黒崎は彼女の心情を察した。
(確かに気の強い女だけど、ロジェロの事は本気で一途に想ってるんだよな。
物語を最後まで進められず、毎度毎度結婚がお預け食らっちまうんじゃなぁ……やるせねえよな……)
《でもブラダマンテ。そういう事情なら最初から協力的な態度でも良かったんじゃねえか?
別にオレと一騎打ちする必要なんざこれっぽっちも――》
《それはそれ! これはこれ! というヤツだ。
長らく自分の身体を思いっきり動かす機会がなくて、ストレスが溜まっていたんだよ!》
《……えぇえ……》
そんな身勝手な理由で、死にそうな目に遭いながら全力を尽くして一騎打ちしたのかと思うと、黒崎は心が萎える思いだった。
《きみが負けたのに門を通す理由、考えるのに苦労したんだからな。
剣技は立派だったが、きみはもうちょっと女性の扱いに慣れた方がいいと思う》
《放っとけッ! どうせオレはモテた事なんざ一度だってねェよ!》
《……そんな事はない。きみは愛されているさ》
《………………ッ!》
《周りの人間をよく見てみろ。そして――それを
今まで
だが彼女ほど、わたしの中に眠る潜在能力を引き出せた人間はいなかった。
つまりわたしが一番認めた人物なんだ、彼女は。
こんなところでくすぶっていられては、わたしの立場もない》
黒崎はブラダマンテから今初めて、最も真摯な本音を聞けた気がした。
彼はコクリと頷くと、迷いなく城門を潜り抜ける。
(皆の気持ちは十分受け取った。――待ってろよ、
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