14 オルランドとピナベル
アルモリカ城。ゼルビノ王子が捕まって三日後の朝のこと。
野性味溢れる屈強な騎士と、自意識過剰そうな姫君がこの地にやってきた。
フランク王国最強の騎士オルランドと、ガリシア王女イザベラである。
「ゼルビノの足取りは――この城で途絶えている」オルランドは言った。
「しかし妙だな。噂では城主の息子ピナベル捜索のための手勢を集めているという話だったのに。
そいつらが一向に出発する気配もない。何かあったのか――?」
「そんな事、どうでもいいですわ」イザベラの鼻息は荒い。普段の美しい顔は鬼気迫る表情に変わっていた。
「道中集めた情報によれば、ゼルビノ様。顔面が超面白い醜い老婆と共に旅してるそうじゃありませんか!
きっとガブリナですわ! そんな奇怪な表現をされるババアが、そう何人もいてたまるもんですかっての!」
愛しの夫ゼルビノがいると思しき城に辿り着いたというのに、彼女が不機嫌に息巻く理由。それは――
「どうしてですのゼルビノ様! あたくしという者がありながら!
よりによって顔面面白ババアに乗り換えるなんてッ!
まったく信じられませんわ! ガブリナなんかよりも、あたくしの方が断然若く美しく雅で――!」
嫉妬であった。
オルランドはもう、道中何十回と聞かされたイザベラの自画自賛台詞に辟易していた。しかしいくら老婆と旅しているからといって、妻のイザベラから彼女に乗り換えたとは流石に思えない。常識で考えれば何らかの事情があると見るのが自然、なのだが。
「こうなったら! ゼルビノを殺してあたくしも死にますわ!
あああ――やっぱりあたくしは美しすぎて、不幸の星の下に生まれた悲劇の姫君ですのね!
きっとアレですわ! ギリシャ神話とかでよくある、美しすぎるがゆえに女神に嫉妬されて酷い目に遭う類のヤツですわ!」
嫉妬にトチ狂った上に悲劇のヒロインである自分に酔いやすい体質のイザベラ。
オルランドは呆れてモノも言えなかったが、ここまで思考がブッ飛んでいると、人生それなりに楽しそうではあるなとか思ったりもした。
「ま、何にせよ――アルモリカ城で聞き込みをすればハッキリするでしょう」
オルランドはイザベラに平常心を取り戻させるべく、努めて冷静に応じた。
そんな彼らの心情を反映しているかのように、アルモリカ城内の雰囲気は暗い。出入りしている騎士たちは陰鬱な表情で粛々と何かの準備に勤しんでいる。
二人が奇妙に思っていると――オルランド達とは反対側からやってきた二人連れが、騎士たちに何事か尋ねていた。
(ん? 向こうも男女の二人組か)
オルランドとイザベラは口を閉じ、彼らのやり取りに聞き耳を立てる事にした。
「おい、お前たち。この城では一体何をやっているんだ?」
「知らねえのかい? アルモリカ城主アンセルモ伯爵サマの一人息子が殺されたんだよ。
その殺した犯人ってのが捕まってな。今日処刑されるのさ。だから葬式と処刑の準備をしてる」
その言葉を聞いた男――鎧兜を身に着けているから騎士のようだ――は絶句し。
隣にいた女は声を押し殺して、笑いを懸命に堪えている様子だった。
「傑作ね! アナタさァ……もう死んじゃった事にされちゃってますわ!
見に行ってみない? 自分の葬式なんて、生きてる内に拝めるようなモンじゃあありませんわよ?」
「はっはっは、確かに貴重な体験――って笑ってる場合じゃねェわァ!?
なんでだよ! なんでボク殺されてるの? 父上何してんの! 馬鹿なの!?」
(って、まさかコイツらは――)
新たに訪れた二人組は、アンセルモの息子ピナベルとその妻であった。
**********
アルモリカ城の広場では、縄で縛られたゼルビノを磔にするための柱が用意されている所であった。
ゼルビノは己の無罪をうるさく喚き立てるので、猿轡を噛まされ引っ立てられている。
「さぁさアンセルモ伯爵。息子の仇を討ちましょうぞ」
悲しみに暮れるアンセルモの隣で、醜い老婆ガブリナが悪魔のように囁いた。
「その大罪人を柱に縛り付けよ!」
伯爵の命令に応じ、処刑人たちが動き出した――その時であった。
「待たれよ! アンセルモ伯! 我が友ゼルビノの罪は濡れ衣なり!」
大音声と共に現れたのは、フランク最強の騎士たるブルターニュ伯オルランド。周囲には、彼を追い返そうとして返り討ちにあった騎士たちが苦痛を訴え、あるいは屍を晒している。
「ぬう! 貴様何者だ? いきなりやってきて我が郎党に狼藉を働くとは!」
「仕方あるまい? 俺が事情を説明しようとしても、コイツらはろくすっぽ聞こうともしなかったのだ。
我が名はオルランド! シャルルマーニュの甥にして十二勇士の筆頭ぞ! この処刑の執行、我が言葉に耳を傾けてからでも遅くはあるまい!」
精強なる騎士オルランドの名は、このアルモリカ城にも轟いていた。
彼の名を聞いた途端、アンセルモ伯に仕える騎士たちは一様にどよめき、自然と距離を取った。
「釈明があるなら聞こうか。ゼルビノがピナベル殺害の犯人ではないとでも?」
「その通りだ。何故なら――貴殿の息子ピナベル殿は、死んでなどいないからだ。
とくとご覧あれ! 今こうして、この場にお連れすれば嫌でも信じざるを得ないでしょう!」
やや芝居がかった口調と共に、オルランドが招き入れたのは――騎士ピナベル。その後ろにはピナベルの妻と、イザベラの姿もあった。
猿轡を噛まされたゼルビノが大きく目を見開き、何かを言いたげに口を動かそうとしている。
「あああ――ゼルビノ様! ようやく、ようやくお会いできましたわ!
このガリシア王女イザベラ! 片時だってゼルビノ様の事を忘れた事などございません――!」
ようやく最愛の夫と出会えたイザベラが、感涙にむせび泣いているのを尻目に。
まごう事なく生きているピナベルの姿を目にしたアンセルモの郎党たちは、更に大きく動揺していた。
「馬鹿な。これは一体どうした事だ? 老婆ガブリナと騎士オデリックの話では、愚息ピナベルはゼルビノに確かに殺されたと――!」
「ピナベル殿がこうして生きている以上――その二人が嘘をついているとしか考えられぬでしょう。
おおかた手っ取り早く褒美を頂戴するために二人で口裏を合わせ、ゼルビノ王子を嵌めたのでしょうな」
見え透いた嘘がバレ、旗色が悪くなったと感じたガブリナはこっそり逃げ出そうとして、アンセルモの配下に捕えられた。
「ひいッ! 何をするんだいお前たち!」
「黙れこの顔面妖怪ババア! よくも我らをたばかったな!」
「オデリック! オデリックはどこだい? あたしを助けろォ!」
「姿が見えんな。とっくに逃げ出したんじゃないか?」
「チクショオオオオオオ!?」
こうして誤解が解け、偽りを述べ立てゼルビノを陥れようとした老婆ガブリナは代わりに磔にされた。
だがビスケーのオデリックは持ち前の逃げ足の速さで、とっくにアルモリカ城を脱出しており捕える事はできなかった。
**********
ゼルビノとイザベラは苦難を乗り越え、ようやく再会する事ができた。
「ゼルビノ? 別にガブリナに浮気した訳じゃなかったのですね?」
「そんな訳ないじゃないか! 私にはイザベラ! 君しかいない!
君のように若く美しく雅で、豊かで清らかで慎ましく、性格も穏やかな姫をないがしろにする筈がないだろう?」
「ええ……ええ! それはもう、勿論というか当然ですわ!
あたくしだって、ゼルビノのように強くて格好良くて頼りがいのある素敵な殿方が――」
二人のやり取りを見て、オルランドは「あぁ……似合いってか似た物同士だな」と痛感するのだった。
ゼルビノ達夫婦はこれから、逃げたオデリックを地の果てまでも追いかけて懲らしめるらしい。
「ゼルビノ王子よ。一応言っておくが……向こうの言い分もちゃんと聞いてやってくれよ?」
「勿論、それぐらいはするさ! 騎士として当然だろう?」
ゼルビノは爽やかに返答したが、この様子ではオデリックはロクな目に遭わないだろうなと容易に想像がついた。
一方、父との再会を果たしたピナベルは――父からの手厚すぎる抱擁を受けたりしてげっそりしていた。
親子の情愛は深いようだが、いかんせん深すぎる。ピナベルがやさぐれて父の下を離れた理由も、何となくオルランドは理解できた。
「オルランド殿、助かったよ。流石はシャルルマーニュ様の『子』だ」
「何、当然の事をしたまでですよ。ピナベル殿――?」
本来なら原典では、オルランドとピナベルが顔を合わせる事はない。
しかしこうして鉢合わせしてしまった事がきっかけで――オルランドは、自分の出生に関する重大な秘密を彼から聞き出してしまう事になるのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます