13 アルモリカ城の陰謀

 ここはフランス・イタリア国境付近に存在するアルモリカ城。

 マイエンス家の一族であるアンセルモ伯爵の居城だ。ランゴバルド王国との国境にあるため防備は固く、一族郎党の騎士たちも数多く駐屯している。

 昨今、イタリア半島のランゴバルド王国の動きは不穏であり、先代ピピン3世の時代に「寄進」と称して奪われた、ローマ教皇領の奪還を画策しているという噂もある。

 だがアンセルモ伯爵の抱える心配事はただ一つ。息子ピナベルの安否であった。


「あれだけ我が一族の騎士を捜索に向かわせているというのに、全く何の手がかりも掴めぬとは。

 愚息ピナベルよ。今どこで何をしておるのじゃ……?」


 ピナベルの妻に脅された四人の騎士の活躍により、ピナベル捜索に出向いた者はことごとく返り討ちに遭い、逆に身ぐるみを剥がされてしまっている事を彼はまだ知らない。

 いっこうに上がらぬ成果に業を煮やし、アンセルモ伯は城を訪れし旅の騎士たちに、ピナベル捜索を依頼しようと考えていた。


 そんな折、アルモリカ城を訪れた奇妙な二人組がいた。

 一人は銀色の兜に青字の紋章をあしらった、高貴な出身と思しき騎士。スコットランド王子ゼルビノ。

 もう一人は痩せ馬に乗った――醜い容姿をした老婆。名をガブリナといった。


「結局こんな所まで来てしまったが――ガブリナ殿。

 本当にここに我が愛しのイザベラ姫がいるのか?」


 ゼルビノはサラセン人メドロを殺そうとした配下を追いかけたものの、結局取り逃がしてしまった。

 自軍と合流する事もできず、フランスの地の土地勘もない彼はあてもなく彷徨い続ける事になる。

 そんな時偶然にも、この容姿も心も醜くねじ曲がった老婆ガブリナに出くわしてしまったのが、運の尽きと言えよう。


「何度も言っているだろう、疑り深い御仁だねえ」ガブリナは皮肉げに答えた。

「あたしゃついこの間まで、イザベラ姫と共にいたのさ。そんなあたしの言う事を信じないっていうのかい!」


 この言葉自体に嘘はない。だがガブリナは、海賊に捕えられたイザベラの監視役として雇われていた。

 オルランドが姫を監禁していた洞窟に足を踏み入れ、海賊たちを瞬く間に皆殺しにしたので――危険を察したガブリナは逃げ足早く洞窟を飛び出している。


 彷徨えど行く当てもなく。そんな時ゼルビノと遭遇し、彼がイザベラの夫である事を聞き出したのだ。

 恐らくイザベラはオルランドと行動を共にしていよう。ガブリナは素直に二人を会わせたら、自分の素性がバレて殺されかねないと懸念した。

 故に思わせぶりに「イザベラの行方を知っている」とうそぶき、ゼルビノを旅の供として衣食の世話をして貰っていたのである。


 そして無論、アルモリカ城にイザベラ姫がいるはずもない。むしろいては困る。

 だがいずれゼルビノはオルランドと遭遇し、探し求めていたイザベラと再会するだろう。そうなる前に手を打っておく必要があった。


「ま、全部あたしに任せておきな。

 この城の主はアンセルモっていう伯爵サマだね。イザベラ姫について聞き出してこようじゃないか」


 老婆ガブリナは自信満々に言い放ち――ピナベル捜索のために結成された騎士団の中に、見覚えのある人物がいるのに気づいた。

 その騎士はこちらを見るや、血相を変えてそそくさと場を離れていく。その態度を見てガブリナはほくそ笑んだ。計画を成功させるためには、あのコソついた臆病者の騎士を利用する他あるまい。


**********


 ゼルビノ達の姿を見てこっそり逃げ出した騎士は、人目につかない場所で安堵の溜め息をつき――


「久しぶりだねえ。あんた確か、ビスケーのオデリックって騎士かい?」

「ひげえッ!?」


 背後から老婆ガブリナに声をかけられ、己の素性を言い当てられたオデリックは驚いて跳び上がった。

 ビスケーのオデリック。ゼルビノに頼まれ、イザベラ姫の護衛と船での輸送を担っていた男だ。

 しかし船は座礁し、自意識過剰なイザベラ姫に強姦されると勘違いされ暴れられ――オロオロしている内に、海賊に目をつけられ彼女を攫われてしまった。


「あたしは海賊どもと一緒にいた時、あんたが無様に逃げる姿をしっかとこの目で見たよ」

「お、お前はさっき――ゼルビノと一緒にいた老婆か!?」


「老婆とは失礼だね。淑女レディに対する口の利き方、なってないんじゃないかい。

 あたしにはガブリナという立派な名前があるんだよ」

「何のつもりだ? 要求は何だ? ゼルビノはきっと怒っているだろう。

 いかに不可抗力な状況であれ――僕がイザベラ姫を守る約束を違えた事は、否定しようがない」


 オデリックの殊勝を装った言葉に、ガブリナは忌々しげにフンと鼻を鳴らした。

 本当にそこまで自責の念があるなら、何故ゼルビノを一目見るなり、隠れようとしたのか? この男は――ちょいと脅せばこちら側に転ぶ。老婆はそう確信した。


「何か勘違いしてやしないかい、オデリック。あたしゃ確かに、ゼルビノ王子と旅しちゃいるが――別にアイツの味方って訳じゃあないんだよ。

 むしろアイツとイザベラ王女に再会なんてして欲しくないってのが本音さ。彼女の口から真相が洩れたら、あたしゃゼルビノに八つ裂きにされちまうよ」

「じゃあ――何なんだ? 何の目的があって僕と?」


「一芝居打ってほしいのさ。アイツを――ゼルビノを。アルモリカ城主の息子殺害の犯人にデッチ上げて、伯爵サマに処刑していただくのさァ」

「なん……だと……?」


 騎士にあるまじき、身の毛もよだつほど恐るべき提案だ。

 オデリックは逡巡したが、ゼルビノがいなくなれば追及の手を逃れられる。利害はこの老婆と一致しているのだ。


 ゴクリと唾を大きく飲み込んだ後――オデリックはガブリナの持ちかけた陰謀の片棒を担ぐ事を承諾した。


「くっくっく――それでいい。そうと決まれば善は急げだ。

 二人でアンセルモ伯爵に会いに行くよ。ピナベル殺害の犯人を見つけたって密告する! そうすりゃ、犯人を教えた褒美を伯爵から受け取れる。お互いの邪魔者も処刑され消える。

 八方丸く収まる、素晴らしい筋書きさね! しくじるんじゃあないよ」


**********


 翌日。ガブリナとオデリックの口八丁・手八丁の与太話を完全に真に受けたアンセルモ伯爵は、スコットランド王子ゼルビノを捕えてしまった。


「何かの間違いだ! 私はピナベルに会った事などないッ!」

「往生際が悪いね。犯人は皆そう言うんだよ。

 実際にお前の犯行現場を目撃した証人がいるってのにさァ」


 ガブリナの用意した偽の証人こそが、オデリックなのであった。


「オデリック? お前が何故ここに……? 我が妻イザベラはどうした……?」

「かつての友ゼルビノよ。貴殿には失望したぞ――!

 ピナベル殺害の罪を逃れるためアルモリカ城を訪れ、ぬけぬけとピナベル捜索の騎士団参加を申し出るとは!

 貴殿こそがピナベルを殺したのを、私はこの目で見た。この卑劣漢は一刻も早く処断すべきだッ!」


 よくよく考えれば、非常に無理のある話である。

 オデリックの証言が本当なら、何故今までピナベルがすでに殺害されていた事を黙っていたのか? 説明がつかない。

 しかし出来が悪いとはいえ、息子を溺愛していたアンセルモ伯爵は、嘆きの余り正常な判断力を失っていた。老婆ガブリナの哀れっぽいウソ泣きに情をほだされ、雰囲気に飲まれてゼルビノを犯人だと頭から信じ込んでしまったのだ。

 かくしてゼルビノ王子は囚われの身となった。ロクに調査も裁判も行われず……三日後に処刑を行うと決定された。

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