13 援軍の到着、罠の発動
パリの都、西側の城壁にて。
戦況の変化に気づいたのは、見張り塔にいた兵卒であった。
「国王陛下に伝達せよ。援軍が――リナルド様率いる騎兵が到着したと」
直ちに伝令兵が階下へと向かう。シャルルマーニュ自らに号令させる事で、守勢側の士気を高めるためだ。
一方サラセン帝国側が敵の増援到着を知ったのは、これより僅かに後となった。
「……どういう事よ? こっちの後詰が肉眼で見える位置まで、接近に気づかないなんてさァ。ウチの軍の斥候どもは一体何をやっていたってのよッ!」
報告を受けた時、流石のアグラマン大王も歯噛みした。
リナルドらブリテン島からの援軍の接近に気づかなかった理由。それは魔法使いマラジジが率いる隠密部隊「アシュタルト」の手際によるものだ。イングランド・スコットランド軍を発見したサラセン軍の斥候は、皆アシュタルトらによって捕捉され、事前に抹殺されていたのである。
(なんて事。ウチの軍は兵站だけでなく、諜報戦でも後れを取ったってワケか。
敵側によっぽど優秀な裏方がいるみたいねェ……)
「ソブリノ。全軍に通達なさい! 撤退するわ。
これ以上の城攻めは無理。モタモタしてたら、敵の増援に挟撃されてアタシ達は殲滅されるわよォ!」
「御意にございます、大王――」
ソブリノは手際よく伝令を放ち、撤退の狼煙を上げるよう配下に命じた。
まだまだ兵数に余力はあり、戦力的には拮抗している。この時点で撤退の判断ができる決断の速さは、流石にサラセン帝国を束ねる首魁といったところか。
「もっと早くに増援接近の報告があれば、無駄な損害を減らせたのにねェ!
と~っても残念だわ! あ、殿軍にはダルディネル王子を任命しなさい!」
一方、リナルド率いる百の騎兵に背後を突かれたサラセン軍は、阿鼻叫喚の事態に陥っていた。
頭数ではサラセン側が圧倒的に有利にも関わらず、先頭を騎馬にてひた走る二人の騎士――ブラダマンテの兄リナルドと、スコットランド王子ゼルビノの突進力は圧倒的だった。迎撃の布陣も十分に整わず、背後からの突撃によってサラセン軍は算を乱し、なす術もなく逃げ惑うばかりだった。
「なんと脆い――奇襲がここまで効果的に決まるとはな!」
青い兜の騎士ゼルビノは手にした槍で次々とサラセン兵を屠り、雄叫びを上げていた。
百騎といえど厳選した部隊。浮き足立った敵兵を蹂躙するのに十分であった。
「
ブラダマンテの兄・リナルドは溜まりに溜まった鬱憤を晴らすように、容赦なくサラセン兵を薙ぎ払い、踏みつけ、串刺しにした。
彼ら二人の無双ぶりは、遠く離れたアグラマンのいる本陣からもハッキリと見て取れた。
「我が軍を的確に攻め立てているのは――二人の騎士のようですな」とソブリノ。
「そうみたいねェ。アレは確か――クレルモン家のリナルドと、スコットランドの王子ゼルビノ」
あの距離から騎士たちの身元をあっさりと特定し――アグラマン大王は、心なしか嬉しそうに具足を整え馬に跳び乗った。
「大王? 一体何をなさるおつもりで――」
「突然の奇襲で、ウチの軍は撤退用の布陣に切り替える必要があるわ。その時間を稼ぐためにも――あの二人の騎士に好き放題させるのはマズイでしょう? 誰かが止めに行かなきゃあねェ」
「馬鹿な! 総大将おん自ら、二人を相手取るなどッ!」
「じゃあ聞くけどさァ、ソブリノ。今のウチの軍で、あの二人を同時に抑え込めるぐらい強い人いる? いないでしょ?
アタシが出張るしかないじゃあないの。しょうがないわよねェ~」
大王の言葉に、ソブリノは有無を言わせぬ威圧を感じた。
常識的に考えれば有り得ない。アグラマンには一騎打ちの実績も少なく、歴戦の騎士たるリナルドやゼルビノに対抗できるような戦力とは考えにくい。何より彼はサラセン軍の最高指導者なのだ。しかし――
「御意のままに、大王。しかしくれぐれも、お戯れの過ぎませぬよう――」
「ウフフフ、無茶な頼みを聞いてくれて感謝するわソブリノ!
さあ~って、思い知らせてやっちゃいますかねェ~。
鬱憤溜まってるのは、何もソッチの側だけじゃあないって事をさァ!」
*********
同じ頃、パリの南門側。
ロドモンの叱責にも似た大音声を耳にしても、アルジェリア軍副官は動こうとはしなかった。
(この第二の
堡塁の守備兵たちの動きも散発的で、我らをここに誘い込もうとしておるようにしか見えぬ)
確かにロドモンの切り拓いた道を辿り、勢いに乗じて雪崩れ込めば事足りるようにも見える。
だが恐らくは罠であろう。思慮の足らぬ王と違い、副官の勘がそう告げている。
「――何を
速やかに増援を送り、堡塁を乗り越え王の侵攻をお助けすべきだろう」
副官に対し、嘲るように進言してきたのは黒兜の騎士たち。
恐怖による統制でアルジェリア軍を後ろから焚き付け、従わぬ者は無慈悲に斬り殺してきた――督戦部隊である。
副官が決めあぐねていると、傍らにいた兵が進言した。
「ロドモン王の要請には応えねばなりますまい。ですがまずは――あの騎士たちや、血の気の多い連中を差し向け様子を探るべきかと。
空濠に何らかの罠がある恐れもございます。全員で乗り込むのは危険かと」
「それもそうだな――」
自分の考えていた通りの助言を受け、副官はひとまず黒騎士たちの求めに応じるフリをした。
自身に忠実な手勢には、黒騎士たちと共に突撃する素振りを見せてから後退するよう、事前に申し含めていたのだ。
**********
アルジェリア軍の一部――督戦部隊を兼ねていた黒騎士たちの率いる軍団が次々と空濠へと飛び込んだ。城攻め用の梯子も運び込まれている。
勿論ブラダマンテも気づいていた。第一城壁で防戦している守備隊が彼らの迎撃に向かう動きはない。下田教授に教わった火薬トラップの存在もある。
「くくく……いいぞ。早く我が下へと来るのだ……」
アルジェリア王ロドモンは、自軍の様子を満足げに見下ろしていた。
「ちょっと、ロドモン! あなただって気づいてるんでしょう?
この空濠。ロクに守りも固めていないのに――」
ロドモンの援軍要請を咎めようとするブラダマンテの口を、テュルパン大司教が塞いだ。
彼女の言動に違和感を覚えたからだ。下手をすれば空濠に降りてまで罠の発動を警告・妨害しかねない。
(ブラダマンテ殿。奴も確かに気づいている。空濠の火薬の存在にな――
それでも突撃させようとする奴の真意はすぐに分かるだろう)
一方、空濠の中に密かに築かれた――隙間や遮蔽物の影に存在する、硝石・油・硫黄などの無数の可燃性物質。それらを効果的なタイミングで破裂させるべく配置につく、黒ずくめの隠者たち――彼らもまた「アシュタルト」であった。濠に降り立った敵兵を丸ごと焼き払おうというのだ。点火役たる彼らもまた危険に晒される任務である事は想像に難くない。
空濠の仕掛けを統括する「影」から、密かに号令が下される。アシュタルトらはタイミングを合わせ、隠していた火薬に一斉に火を放った。
轟音。爆発。火災。空濠に降り立ったサラセン兵らはたちまち火の海に包まれ、全身を焼かれ悲鳴を上げた。
奇妙な事に一度ついた火は勢いを弱めるどころか、水をかけても消えず、座する領土を増やしていく。これがかの有名な「ギリシアの火」――かつて二度にわたるサラセン人の、東ローマ帝国首都コンスタンティノープルへの侵攻を跳ね返したと伝わる――門外不出の焼夷兵器であろうか。
かくてロドモンの号令に応じた黒騎士や城攻めの兵の一団は、逃げ遅れた一部の「アシュタルト」と共に、黒ずんだ焼死体となって空濠の中に横たわった。
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