12 レーム大司教テュルパンの救援

 女騎士ブラダマンテは、今度は逆に自分から突き進んだ。

 下田教授から得た情報を下に――導き出された推論を確認するためだ。


「はあッ!」


 ブラダマンテの両刃剣ロングソードが閃く。フェイントである。

 アルジェリア王ロドモンに、突きの反撃を誘発するための疑似餌だった。


 達人からすれば見え見えの技だが、思考が単純なのか、ロドモンは易々とブラダマンテの誘いに乗る。

 彼女の斬撃は簡単に防がれた。だがこれは織り込み済み。元々が敵の攻撃を誘う動作のため、即座に防御に対応できる。

 ロドモンの突きを――わざと紙一重で受ける。ギリギリまで目で追い、最低限のヘッドスリップで致命傷をかわす。

 刀はブラダマンテの左頬を掠めた。微量ながら彼女の鮮血がぱっと辺りに散る。それはロドモンの着る赤い鱗帷子スケイルメイルにも付着した。


 どくん。心臓が脈打つような音が一瞬。ほんの僅かではあるが、はっきりとした脈動が――ロドモンの鎧を震わせた。

 ブラダマンテの推測通りであった。


「やはり――その鱗帷子スケイルメイル。血を吸う事で力を増す呪術を備えているのか!」

「ほう! 気づいたか――それを確かめる為に頬を斬らせたのか?

 正解だぞブラダマンテ!」


 死体だらけの濠の中に飛び込んだのも。超人的な活躍でフランク人騎士を次々と屠ったのも。10ヤード(約9.1メートル)の濠を易々と飛び越えてみせたのも。

 全ては彼の纏う鎧の力であり、一連の行動も己を強化する為であったのだ。


「そして礼を言おう。貴様のような力ある騎士ならば、僅かな血を浴びただけでも素晴らしい力を得られる!」


 ロドモンは狂喜の笑みを浮かべ、手にした半月刀シャムシールを振るう!

 先刻よりも明らかに速く、力強い挙動。ブラダマンテは目をみはった。


「何ッ!?」


 ある程度の強化は予想していたが、ロドモンは予測以上の斬撃を放った。

 フェイントからの防御態勢に移行していなかったら、剣を再び折られていたかもしれない。

 攻撃を利用して跳びすさり、再び距離を取るものの――戦況は相変わらずブラダマンテに不利だった。敵の血を浴びる事で強化されるというなら、迂闊に傷を負う事も許されない。

 半端な増援も期待できない。ロドモンにとっての「餌」が増えるだけだ。


(何なのよ、あの鱗帷子スケイルメイル! 反則みたいな魔力を備えてるじゃない)


「ブラダマンテよ。絶望したか? ならば我にその血と命を捧げるがよい。

 ここまで戦い抜いた褒美だ。楽に殺してやるぞ。貴様の魂を奪うほどの血を浴びれば、パリを灰燼に帰すだけの力も得られようぞ!」


「お生憎様。絶望なんてしてないし、殺されるつもりもない。

 何より――あなたに利用されるなんてまっぴらよ!」


 女騎士の拒絶に対し、傲岸なるアルジェリア王は冷笑で応え――襲いかかろうとした、まさにその時。

 彼の背後から、がっしりとした巨大な腕が伸び、血に染まった半月刀シャムシールを持つ腕を捉えたのが見えた。


「なッ…………!? 誰だァ!?」

「敵ながら見下げ果てた奴よ。命のやり取りは戦場での習いとはいえ――婦女子の生き血を欲するなど。

 貴公は騎士でも勇者でもない! 血に飢え、その味に狂い焦がれる獣よ!」


 野太い、時代がかった大音声が響き渡り――ロドモンの巨体が宙を舞った!

 彼の腕を掴んだ男が、更なる力技で以て、赤い巨人を背負い投げの要領で石畳に叩きつけたのだ。


「がほォあッ……!?」


 助けが来た。それは素直に喜ぶべき事態なのだが。

 唐突な脳筋展開の発生に、ブラダマンテは礼を言うどころか、目を丸くするだけだった。


 現れたのはロドモンに勝るとも劣らない筋骨隆々の大男であり、鎖帷子チェインメイルの上から僧籍である事を示す十字架をあしらった白い僧服を纏っている。今は兜をかぶっている為分かりづらいが――声や体格からブラダマンテは彼の正体を思い当たった。昨夜も顔を合わせた人物であるからだ。


「貴様ッ……何奴……!」

「名乗りが遅れたな。どうしても口より先に手が出るタチでのう――ゴホン。

 拙僧がキリスト教会・レーム大司教テュルパンであるーッ!!」


 恐ろしく気合いの入った、轟雷のごとき大声で――シャルルマーニュの右腕とも称される屈強な僧兵は名乗った。

 テュルパン。シャルルマーニュの諸伝説において必ず記録者として名が上がり、今日のファンタジー世界における「戦う僧侶」のモデルになったとも言われる――狂戦士バーサーカーにも匹敵する怪腕の持ち主である。

 彼の属するレーム――またの名をランスという。フランク王国を建国したメロヴィング家のクロヴィスがキリスト教の洗礼を受けた地であり、後に歴代のフランス国王が戴冠式を行う由緒正しき都となる。


「テュ――テュルパン大司教!? どうして――」

「お待たせしたブラダマンテ殿。実はシャルルマーニュ殿の命により、貴公の動向を探っていたのだ。只一人でパリの戦場に馳せ参じるくらいだ。何か考えがあっての事では、とな。

 すると案の定――貴公に剣を渡したという年若い騎士から救援要請があってな。急いで駆けつけたという訳よ!」


 先日会った雰囲気では、スキンヘッドに鍛え上げられた肉体から、実戦経験豊富そうではあったが。

 あの化け物じみたロドモンを投げ飛ばすとは。これで神に仕える聖職者というのだから恐れ入る。


「立てるかね? ブラダマンテ殿」

「ええ――大丈夫です」


 こんなに早く援軍が来るとは思わなかった。

 絶望的に思えたロドモンとの戦いに、微かな光明が見えた瞬間だった。

 テュルパンは聖別された鋼剣アルマス――ではなく、長年使い慣れた鋼鉄製の槌矛メイスを構えた。


「しかし――彼奴の纏う鱗帷子スケイルメイルから、禍々しき邪気を感じるのう。

 敵の血を浴びる事で、己が強くなったとでも錯覚するような呪いでも込められておるのやもしれぬ」


 大司教の推測は、脳筋の割には的を得た指摘であった。

 ロドモンはむくりと起き上がると、配下のアルジェリア軍に向かって叫んだ。


「何をモタモタしておるかァ貴様らッ!

 この我自ら、パリ侵攻のための血路を拓いておるのだぞ!

 とっとと第一の城壁を突破し、我の下へ雪崩れ込まぬかァ!」


 凄まじい怒声は、南門側を攻めるアルジェリアの兵たち全員に届いていたが。

 彼らの動きは鈍い。ロドモンがフランク騎士を惨殺した箇所の橋は無人となり、絶好の攻め所なのであるが――軍の副官は、第二堡塁ほうるいの前に大きく掘られた空濠に対し、足を止めたままであった。

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