14 テュルパンvsロドモン
空濠の中で業火に焼かれのたうち回るアルジェリア兵たちを見て、ブラダマンテは絶句した。
これがシャルルマーニュの仕掛けた罠。侵入してきた軍勢の全てを舐め尽くし、命を奪い尽くしてもなお、消える事のない炎。
アルジェリア軍の副官も惨状を目の当たりにして息を飲んだ。罠は予測していたし、自分を軽んじていた連中を始末できた形になったが――恐ろしい光景を前に、ただでさえ恐怖で付き従わせていた兵たちの士気は大いに挫かれてしまった。
「伝令! アフリカ大王アグラマン様より伝令ッ!
直ちに全軍、撤退せよとの事ですッ!」
西側より来た伝令兵の叫びと、撤退の合図たる狼煙を見て、副官は我に返った。
(我が主には悪いが、ここに来て撤退命令は渡りに船よ。
これ以上の継戦は、我が軍の士気が保たぬ。兵の命も顧みぬ王に付き従うなど、正気の沙汰ではない――)
「アルジェリア軍、総員撤退ッ!」
その言葉を待っていた、と言わんばかりに兵たちの空気が安堵の色に変わった。
軍兵たちが撤退用の布陣を組み始める。副官は先刻、様子見を進言した兵に対し礼を言おうと周囲を見渡したが――すでにその姿はどこにも見当たらなかった。
南側の城壁からそう遠くない茂みには――尼僧メリッサがいた。
先ほど窮屈そうに着ていたサラセン兵の装いを解き、撤退を始めるアルジェリア軍の様子を見ていた。
(ふう――何とか辿り着けましたわ。
私にできるのはここまでです。ブラダマンテ――無事だと良いのですが)
**********
焼き尽くされた自軍の兵を見て、ロドモンは舌打ちした。
「チッ……思ったよりも『餌』が増えなかったな。腰抜けどもめ」
「あなた……正気で言ってるの!?」
ブラダマンテは憤慨した。眼前の傲岸なアルジェリア王は、自軍の損失を嘆いたのではなかった。自分の求めに応じ、空濠の罠に掛かる犠牲者の数が少なかった事に憤っているのだ。
「あのような奴ら、束になったところで物の役に立たぬわ。
ならば魂を散らし、我が鎧の魔力の糧となった方が余程有意義というものぞ」
「やはり――そんな腹積もりであったか。下賤なる異教徒め」
大司教テュルパンは
体格は互角のはず。テュルパンは歴戦の僧兵であり、本来であれば腕力・精神力共にロドモンなど圧倒している筈だ。
だが今は状況が違った。ロドモンの纏う赤い
「だが貴公のやった事、まるきり無為なる愚行と化そうぞ。
何故なら――あ奴らの屍の下へは、このテュルパンを乗り越えぬ限り辿り着けぬからだ!」
「抜かせクソ坊主! ならば貴様の血をいただくまでよッ!」
「面白い。やってみるがいい!」
テュルパンはロドモンに突き進む直前、小声でブラダマンテに言った。
《あの怪物を相手に、よくぞお一人で耐えられた――ブラダマンテ殿。
しばしの間、休まれよ。彼奴の相手は、拙僧にお任せあれ!》
ブラダマンテの下に
スピードこそ彼女に大きく後れを取るが、怪力を旨とする二人の勇士のぶつかり合いは、第二の
ロドモンの血染めの
かと思えばテュルパンの振るう
もともと
逆にロドモンの
それでも両者の戦いは拮抗している。ロドモンの得ている力がいかに規格外か、推し量る事ができよう。
(忌々しき赤い
だが衝撃までは吸収できておらぬ。鎧は無事でも、中にある肉体へのダメージは蓄積しておるのが手応えで分かるぞ!)
ブラダマンテはテュルパンの奮戦ぶりに驚嘆していた。強い。彼女が戦っていた時は攻撃のインパクトをずらす為、致命傷を避けるのがやっとであり――それでも大きく跳ぶ等、衝撃を逃がす工夫なしでは到底受け流せない強力な斬撃であった。それを
(そうか――動くに動けないんだ。少しでも距離を取れば、ロドモンは即座に空濠に逃げてしまう。
濠の焼死体の血を浴びて力を得てしまったら、せっかくの今の拮抗状態も崩れてしまうんだ――)
テュルパンとて苦肉の戦術に違いない。
ロドモンのダメージの蓄積が先か、テュルパンの防御が崩れるのが先か。
豪勇なるパワー対決の実態は悲壮なまでの根競べであり、消耗戦だった。
やがて、互いの攻防が同一のタイミングで起こった。
限界に来ていたテュルパンの盾はついに弾き飛ばされたが、その勢いでロドモンの武器は軌道を大きく逸らされ、バランスを崩した。
「好機ッ!!」
テュルパンは
ロドモンの盾は、とうとう剛撃を支えきれず宙を舞い――そのまま凄まじい勢いで
「勝負あったな、不遜なる異教の王よ」
「ぐッ……凄まじい剛腕よ。流石は僧侶でありながらシャルルマーニュ十二勇士の一人に数えられし者……
ここまでの力があるとは思わなかった。確かに――勝負はあったなァ!」
左腕の骨を砕かれたであろうに、ロドモンの表情には嘲笑が浮かんでいた。
テュルパンは
次の瞬間、レーム大司教の強靭な肉体は吹き飛ばされていた。
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