2 フロリマールとメリッサ

「しばらくぶりですわね、ブラダマンテ」


 尼僧メリッサは満面の笑みを浮かべて、ブラダマンテこと司藤しどうアイと再会の抱擁を行った。

 アイは前回別れた時を思い出し、少し身構えたが――メリッサは軽く触れただけですぐに離れた。


「あれ――?」

「うふふ。さすがに人目が多いところで、貴女の香りを楽しんだりしませんわ。

 ……それともやって欲しかったですか?」

「是非とも遠慮しときますッ!」


 ブラダマンテが全力で否定すると、メリッサは悪戯っぽく微笑むのだった。


 さて、もう一人の客人である騎士――サー・フロリマール。まだ若く、ブラダマンテと同程度の年齢の、あどけなさの残る顔立ちである。

 彼もまたロジェロと同じく、ムーア人(註:スペインのイスラム教徒)であったが――現在はキリスト教に改宗し、フランク王国側の騎士として活躍している。


「アトラントの城では、お助けいただき本当にありがとうございました!

 ブラダマンテさんのお陰で、僕も愛しのフロルドリに無事に再会する事ができました!」


 心の底から感謝している様子で、フロリマールは嬉しそうだった。

 そんな裏表のない彼を見ていると、ブラダマンテも嬉しくなってしまう。


 ブラダマンテは祖国に一緒に帰還した時、フロリマールの妻フロルドリとも一回顔合わせしている。贔屓目抜きで見ても可憐な美少女であり、お互いを思いやる姿は見ているだけで周囲を和ませる、微笑ましい夫婦だったのが印象的であった。


「気にしないで、フロリマール。騎士として当然の事をしたまでだし。

 ところで、今日はどうしたの? メリッサと一緒に来たという事は、大事な用件なのかしら」


 ブラダマンテの質問に、フロリマールはやや緊張気味で口を開いた。


「ええ。実は――ロジェロさんについて、お話しなければならなくて」

「黒さ――いえ、ロジェロの行方。知っているの?」


「はい。ひょっとしたら、僕のせいかもしれないんです。

 僕がロジェロさんに、アストルフォ様の救出をお願いなどしなければッ」


 フロリマールの口から出た、アストルフォ。

 シャルルマーニュ十二勇士の一人にして、海を隔てたイングランドの王子。その財力と美貌はフランク人一とまで噂される美男の騎士である。ところがお世辞にも実力があるとは言えず、つい最近まで仲間の騎士たちからも侮蔑の対象であった。


**********


 アストルフォは、シャルルマーニュ主催の御前試合トーナメントに美姫アンジェリカが乱入してきた際、彼女の弟に最初に挑んだ騎士であった。

 しかし勿論、結果は惨敗。アンジェリカの弟は一騎打ちの際、絶対に敵に命中し落馬させる魔力を持つ「黄金の槍」を所持していた為だ。


 アンジェリカの弟アルガリアは得意満面の様子で、居並ぶ騎士たちに恐怖と諦観を植えつけようとしたが……


「ふははは、どうだ我が槍さばき! 我が実力の恐ろしさ、思い知っ――」


「フッ。アストルフォがやられたようだな……」

「所詮奴は、見てくれだけのモヤシ騎士。

 フランク・サラセン双方から見ても最弱……」

「中国から来た騎士ごときに負けるとは、フランク騎士の面汚しよ……」


「……えぇえ……」


 と、皆してアストルフォの敗北を予定調和と判断したため、誰一人としてチート槍の力に気づかなかったのだ。

 この後、アルガリアは剣での勝負を挑まれあっけなく敗死。チート性能を誇る「黄金の槍」は、アストルフォが偶然拾い、彼の所有武器となった。

 ここからアストルフォの快進撃が始まる。拾ったチート槍のお陰で、馬に乗っての槍試合や一騎打ちをしている間は、彼は無敵の強さを誇った。

 滑稽なのは、居並ぶ騎士はおろかアストルフォ自身も「黄金の槍」の真の魔力に気づいていない点である。


 この後、絹の国セリカンから来たという荒ぶる王グラダッソが怒涛の勢いで攻め上ってきた。フランク王シャルルマーニュですら捕虜となり、屈辱的な講和を飲まされかけるほどの危機に陥った。

 このピンチを救ったのも、アストルフォだった。

 例によって黄金の槍でグラダッソに挑み、一騎打ちに勝利する。

 彼に奪われた虜囚や領土を解放させるという大金星を挙げたのである。


「フッ。アストルフォが勝ったようだな……」

「嘘だろ……グラダッソって実は大した事ないんじゃ……?」

「じゃあその大した事ない王に負けた俺らの立場は?」


 フランク王国の危機を救ったというのに、この扱いである。

 アストルフォが周りからどういう目で見られていたか、よく分かるであろう。


**********


「アストルフォ様は、一騎打ちにおいて僕を圧倒的な実力で退けました。

 にも関わらず、僕から何一つ戦利品を得ようとせず、愛しきフロルドリも奪おうとしませんでした。

 その時のアストルフォ様の寛大さに惹かれ、僕はキリスト教への改宗を決意したんです!」


 もちろんフロリマールに勝った時、アストルフォはチート槍を使っていた。

 しかし前述の通り、誰も槍のチート性能に気づいていないため、フロリマールの中でアストルフォは凄腕にして理想の騎士なのである。


 やがてフロリマールはアトラントの城に挑む直前、アストルフォが地中海の半ばで行方をくらました、という噂を聞いた。

 彼はブラダマンテと共にフランク王国に戻った後も、行方不明のアストルフォを探したが、やはり姿はなかった。


「ロジェロさんと別れる前、僕のほうから彼にお願いしたんです。

 彼は空飛ぶ馬ヒポグリフを持っていましたから、遠くまで情報収集ができると思って、アストルフォ様を探して欲しい、と。

 ロジェロさんは僕の頼みを快く引き受けて下さいましたが――それからアストルフォ様と同様、消息を絶ってしまいました」


「そう、だったの……」


 フロリマールは沈痛な表情のまま俯き、口を閉ざした。

 そこにすかさず尼僧メリッサが言葉を付け足す。


「私はフロリマール様から相談を受け、この場に同行する事にしたのです。

 そして、ロジェロ様の居所を調べ――突き止めました」

「!?」


 メリッサの言葉に、ブラダマンテは思わず眉根を上げた。


「メリッサさん、それは本当ですか!?

 でも一体どうやって……? 僕が貴女に相談してから、二人でここに来るまでに片時もその場を離れなかったのにッ」

「ふふっ――それは、秘密ですわ」


 フロリマールの疑問に対し、メリッサは片目をつぶり、右人差し指を口に当て、理由についてはっきりと答えなかった。

 彼女はその場の皆の注目を集めてから、厳かに言った。 


「ロジェロ様は、現在捕われています。アストルフォ様も同様に、同じ場所で。

 そこは――悪徳の魔女アルシナの棲む、煌びやかな街。

 またの名を――誘惑の島」

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