8 ブラダマンテ、メリッサにドン引きする

 ブラダマンテは谷底に落ちたものの、軽傷で済んだ。

 意識を取り戻し、一緒に落ちた剣や盾を回収すると……周囲を見回す。

 特に怪しい気配はないが、谷底の先に洞穴のようなものがあるのに気づいた。


「うー……痛たたた。酷い目に遭ったわね。

 下田の奴、何でこの事を教えてくれなかったのかしら……」


『無事だったか司藤しどうアイ君!

 教えられなかったのには理由がちゃんとある。

 ピナベルに裏切られ落下した先の洞穴で、ブラダマンテは心強い協力者に出会う事になるからだ。

 その辺あらかじめ知ってたら、先ほどのやり取りが不自然なものになるだろうと思ってな』


 ブラダマンテの中にあるアイの魂に、現実世界の下田教授の声が響いた。

 アイは少々恨めしく思ったが――協力者と会うチャンスを失うというなら、仕方ないと思い直した。

 それに自分の無事を知った下田の声が心なしか、とても嬉しそうに聞こえたからでもある。一応心配はしてくれていたのだろう。


「へえ……助けてくれる人が出てくるんだ」


『うむ、彼女の名はメリッサ。尼僧にして魔術の使い手でもある。

 預言や変身魔法ほか、様々な手段を使ってブラダマンテを手取り足取り、全力でサポートしてくれるお助けキャラだぞ!』


 ミもフタもない言い草ではあるが、下田の言い分は間違ってはいない。

 尼僧メリッサ。例えるなら、アーサー王伝説に登場する預言者マーリンのような存在だ。

 数々のメタ視点による助言でブラダマンテを導く役割を果たす。エステ家の誕生はコイツの陰謀ではないかと思えるぐらい、ドン引きするほど手厚いバックアップをしてくるのである。


 ともあれ、実際会ってみない事にはいかなる人物か判断もできない。

 そう考えたアイは、洞穴に入り尼僧メリッサとの邂逅イベントに挑む事にした。


**********


 洞穴の中は、厳めしい雰囲気の礼拝堂であった。

 平らに整えられた地面と天井。左右に並ぶ雪花石膏アラバスターの列柱。飾り気のない祭壇。

 ブラダマンテは敬虔なキリスト教徒であった。もし彼女がこの場に足を踏み入れたならば、荘厳なる神の慈悲と加護を肌で感じ取り、その場で跪き、感謝の祈りを捧げた事だろう。


 ……だが、今の彼女の中にある魂は平凡な女子高生、司藤しどうアイである。

 特定の宗教に対し、強い信仰心を抱いている訳ではなかった。


「へえ……地下洞窟の中にしちゃ、綺麗なところね」


 という感想を抱くのがせいぜいであった。

 ブラダマンテが祭壇の前まで進むと、礼拝堂の奥の扉が開いて……一人の清楚な印象を受ける尼僧が入ってきた。


 彼女はブラダマンテの姿を認めると、うっとりしたような顔つきで足早に近づいてきた。そして雰囲気に戸惑う女騎士の両手をがっしと握った。


「え? あの? ちょ……」

「ずっと、ずっとお待ちしておりましたわ、ブラダマンテ!

 私はメリッサ。偉大なる預言者マーリンを祖先に持つ者です。

 かの魔術師の遺せし、賢明なる言葉の通り!

 貴女がこの地に訪れるであろう事を、私はあらかじめ予測しておりましたッ!」


 いかにもキリスト教の修道女の恰好をしており、顔立ちも整った若い美人の印象なのだが……

 明らかに雰囲気が異常だった。メリッサは必要以上にブラダマンテに顔を近づけ嘗め回すようにジロジロと見つめ……恍惚とした視線を片時も外そうとしない。


「ああ! なんて素晴らしく、麗しいお顔なんでしょう!

 預言通り……いえ、預言以上ですわ!

 貴女のようなお方を助け支える事ができるなんて!

 メリッサは幸せですっ! 我が秘儀の全力で以って、貴女の栄光の未来をお約束いたしましょう!

 貴女は後に、イタリアに繁栄をもたらす名家・エステ一族の祖となるお方!

 その輝かしい運命を彩るために、是非とも貴女の未来の夫、ロジェロを救い出しましょう!」


 一方的にメタ発言をまくし立てる尼僧メリッサ。

 アイはただ困惑していた。下田の言う通り、協力者である事には間違いないようだが……


ииииииииии


「……えーと。下田、さん。何なのこの人……」

『ドン引きする気持ちは分からなくもないが、彼女がメリッサだよ。

 さっきも言ったが、アイ君。きみをこれから手取り足取り全面的にサポートしてくれるお助けキャラだ』


「さっきから発言と目つきが危ない気がするんだけど!?

 わたし、女同士でイチャつく趣味ないから非常に困るんですけどォ!?」

『彼女の発言がメタ視点なのは原典通りだから仕方がない。

 まあ、原典よりもレズ要素が3割ほど増している気がしなくもないが……』


 心なしか下田の声は何やら嬉しそうだった。


『あーちなみに。ブラダマンテは元が美人さんだからな。

 行く先々で男女問わず相手から惚れられる、逆ハーレムな属性を結構持ってたりするんだ。

 今のうちに彼女で雰囲気に慣れておいた方がいいかもしれんぞ』

「慣れたくないわよそんなもん!?」


ииииииииии


「え、えーと……メリッサ、さん?」

「『さん』なんてつけなくても大丈夫ですわブラダマンテ。

 出会ったばかりだけれど、気さくに呼び捨ててもらって一向に構いません!」


「じゃあ、メリッサ。マーリンが祖先とか言っていたけれど……?」

「ええ。何を隠そう、この礼拝堂こそ……マーリンがその生を終え、遺灰を安置している神聖な場所なのです!

 彼は最後の審判のラッパが吹かれ、魂が安息を得るその日まで、この地に留まり続けるのですッ!」


 さしもの司藤しどうアイも、西洋ファンタジーに大して詳しくないとはいえ……彼女のこの発言には疑問符を抱かざるを得なかった。


「メリッサ。マーリンって確か……イギリスの英雄、アーサー王を助けた魔法使いよね?」

「ええ、そうね」


「……ここ、南フランスよね?」

「ええ、そうね」


「なんでイギリスの魔法使いの遺灰がこんな所に眠っているの?」

「…………」


 それまで笑顔だったメリッサの表情が固まった。

 どうやらそんなツッコミを入れられるとは予想すらしていなかったようだ。


ииииииииии


『アイ君。疑問はごもっともだが……どうかスルーしてやってくれないか』

「ええっ!? だっておかしいじゃん!

 学のないわたしでも、思わずツッコミ入れたくなるガバガバ設定じゃん!」


『しょうがないだろう、当時の有名な魔法使いといえば、マーリンくらいしかいなかったんだよ!

 マーリンも預言者だからな。その加護があるメリッサなら好きなだけメタ発言を挟めるだろうと、作者のアリオストも思ったんだろう』

「ええー……でもさー……」


『はっきり言おう、ここから先はツッコミどころ満載の展開になるから。

 そもそもマーリンって、アーサー王がいたとされる年代的に考えるとウェールズ地方のケルト系ドルイドなんだよ。

 だから元ネタ的に考えて、彼はキリスト教徒ですらない。こんな礼拝堂に遺灰が安置されている事じたい不自然だ。

 しかもこの後、遺灰から彼の霊がお前に語り掛けてくるんだよ。イタリアの栄光を取り戻せ! ってな』

「当時フランス人だったブラダマンテのわたしに、それ言ってくる時点で頭おかしすぎるわね……」


 そもそもがして、現在我々の知る「アーサー王伝説」の原型が確立されたのが12世紀頃と言われる。

 アーサー王を助ける預言者マーリンや円卓の騎士たちも、歴史的な事実を照らし合わせると、地方伝承の英雄たちの寄せ集めであり、実際に王に仕えていた訳ではなかった……というかアーサーとマーリンは、同じ時代を生きてすらいなかったのである。


『……という訳だアイ君。古代の英雄物語なんてそんなモンだから。整合性なんて求めちゃいけない。

 ここから先、メリッサがどんなにブッ飛んだ話をしたとしても……心を無にして適当に相槌打っておけ』

「……ああ、うん……はい、わかりました……そうします……」


ииииииииии


 古代の神話や英雄譚は、ある程度は史実に基づいているのであろうが……物語であり、フィクションである。

 もちろんアイも、この物語にいささかのリアリティすら期待していた訳ではなかったが。


 今まで何となく信じていた、夢やロマンを木端微塵に打ち砕かれた心地がして、半分がた放心状態であった。


 結局ブラダマンテは「言葉の意味はよく分からんが、とにかくすごい話だ」と、感動した素振りを見せて、メリッサの語りをありのまま受け入れる事にした。

 この後、洞穴内にてマーリンの霊のありがたい言葉やら、彼女が後に輩出する事になるエステ家のそうそうたるメンバー……英雄やら王やら聖職者やらを一人一人丁寧に解説されまくり、眠気と戦いつつ過ごすハメになった。

 司藤しどうアイが「狂えるオルランド」の世界に来て、ある意味最も恐るべき試練かも知れなかった。

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