第1章 女騎士ブラダマンテと異教の騎士ロジェロ

1 平凡な女子高生、いきなり一騎打ちする

 ここは16世紀イタリア・ルネサンス期に書かれたラノベ「狂えるオルランド」の世界である――多分。




 平凡な女子高生・司藤しどうアイは、ふと気がつくと……馬に乗っていた。


(…………えぇえ…………何でェ!?)


 彼女が面食らったのも無理はない。

 眠りから覚めた途端「いきなり」騎乗していたのだから。

 しかも全身、分厚い布シャツを着ており、その上からずっしり重量感がある。

 どうやら金属製の衣装を纏っているらしい。身体を動かすとガシャガシャとうるさい音がした。


(何なの、コレ……何でこんなモノ、着てるの……? わたし……)


 視界もひどく狭い。金属製のフルフェイス・ヘルメットですっぽりと頭が覆われている。

 僅かな隙間から外を覗き見ると、自分と同じく馬に乗った男の姿が見えた。金属製の鎧兜と、長柄の斧のような武器を持っている。


「貴様、何者だ……さてはアンジェリカたんを我がものにしようとする不逞ふていの騎士だなッ!?」


 斧を持った男――どうやら騎士のようだ――は、アイに向かって不機嫌そうに声を荒げた。

 アンジェリカという名に聞き覚えはないが、どうやら彼の隣にいる、見目麗しき姫君の事らしい。


(いや、知らないし……アンジェリカなんて人! それにわたし、女なんだけど!

 いくら相手が美人のお姫様だからって、女同士でイチャつく趣味なんて、これっぽっちもないんですけどォ!?)


 反論しようとしたものの、面食らったアイは思うように声が出せなかった。


「……ほう、名乗らぬとはいい度胸だな。

 どこの馬の骨か知らんが、彼女のような美姫に相応しいのは、この我輩、サクリパンのような美男子イケメンなのだ!」


 相対する騎士はサクリパンと名乗った。イケメンらしい。

 だが鎖でできた兜を被っていて目元以外は見えず、真偽は分からない。


(あ、もしかして――こっちも鎧兜着てるせいで、わたしの性別分かんないって事?)


 ぼんやりとアイは思い至ったが……そうこうしている内に、アイを乗せている馬は勝手に走り出した。


(えっ、ちょ、待って――何コレ。

 もしかして騎士どうしでやる、一騎打ちってヤツ?

 わたし、受けるなんて一言もいってないんだけど! やだ、止まってェ!?)


 サクリパンも馬を走らせつつ戦斧バトルアクスを構え――雄叫びを上げて突撃してきた!

 ここに来てアイは、右手に長い槍、左手に盾を持っている事に気づいた。もはや一刻の猶予もない。無我夢中で武器を構え――


 二者の姿が交錯する!

 凄まじい激突音が響き渡った。


 自称・イケメン騎士の戦斧バトルアクスは、アイの兜に命中し弾き飛ばしていた。

 一方、彼女の繰り出した槍の穂先は……サクリパンの駆る馬にとてつもない衝撃を与え、乗り手たる彼ごと、盛大に吹っ飛ばしてしまった!


「あろほげごぎゃあッ!?」


 自称・イケメン騎士は情けない悲鳴を上げて落馬し、地面に転がった。

 そこに一緒に吹っ飛ばされた馬がのしかかってきて、彼の下半身を下敷きにしてしまう。

 もはやサクリパンは動けなかった。馬は死んだ。完膚なきまでの敗北であった。


「ば……馬鹿なッ……!

 このサラセン人一の伊達男・チェルケス王サクリパンがッ……!」


 サクリパンは全身を襲う衝撃と激痛に意識を奪われかけたものの、どうにか馬上のアイの姿を見やった。

 兜が外れ、その素顔が露になっていた。

 彼は二重の意味でショックを受けた。


「な……貴様……まさか、女……なのかッ……!?」


 アイはようやく、自分の性別に納得してもらい、誤解も解けたと安堵した、が……


「……何と麗しきかんばせ……強さと美しさを兼ね備えし女騎士かッ……!」


 サクリパンは半ば惚けたようになって、アイの顔に見惚みとれている。


「え、ちょっと……何言ってるの、あなた。目悪いんじゃない?」


 アイは思わず呆れてしまった。

 彼女は平凡な高校生に過ぎない。16年の人生で「美しい」と言われた事など皆無だった。


 しかし倒れたサクリパンに駆け寄った、見目麗しき姫君――確かアンジェリカだったか――は、アイの姿を見て感嘆の声を上げた。


「白い羽根飾りの兜、白いスカーフ、白い盾――もしや貴女様は」

「…………えっ」


「白き装備を潔癖と誠実の証とする美貌の女騎士! その名も高きブラダマンテ様ではッ!?」

「いえ違います! 人違いですからッ!?」


 何故だか分からないが、とてつもなくスゴイ人物と勘違いされてしまっている。


(何言ってるのこの人たち……!? っていうか、美貌っていうなら、えーと……アンジェリカだっけ?

 このお姫様のほうがずっとずっと美人じゃない! 訳分かんないッ……!)


 アイが慌てふためいている間にも、アンジェリカ姫と騎士サクリパンは、何やら芝居がかったやり取りを繰り広げている。


「ああ、麗しき契丹カタイの王女アンジェリカたん。吾輩はもうダメだ……

 死した暁には、故郷チェルケス原産のケフィアを墓にかけ、弔ってくれ……!

 墓碑には『ヨーグルト? いいえ、ケフィアです』と刻んで欲しい。きっと千年後くらいに流行る……」

「ごめんなさいサクリパン様。ちょっと何言ってるか分からないです。

 っていうかそんだけベラベラ喋れるなら、命に別状ないと思います。治療しますからお気を確かに」


 この二人とは関わり合いにならない方が良さそうだ。

 そう思ったアイは困惑したまま馬に乗り――逃げるようにその場を立ち去ったのだった。

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