Game

「まった負けたああああ」

 有紗がラグマットの上にコントローラーを放り投げた。画面の右半分にでかでかと光る『YOU LOSE』の文字。

「何でー! いつになったら勝てるのー!」

「はは」

 勝ち誇った笑い声をあげると、床に突っ伏して手をバタバタさせていた有紗が俺を見てニヤァと笑った。何だろう、何だかすごく嫌な予感。

「くらえっ」

 予感的中。

「やめてっ、脇腹をくすぐるのはやめてっ」

 避ける暇もなく攻撃された俺は、なすすべもなく床に倒れこんだ。

「ふははははははー」

 俺の上に馬乗りになったまま、してやったり!という顔で踏ん反り返って笑う有紗。俺は脱力し、ただその様子を眺めることにした。

 しばらくぼーっとしていると、ようやく笑い止んだ有紗が上半身を倒して顔を覗き込んできた。腹部から胸部にかけてかかる、心地よい重さ。俺の呼吸に合わせて、有紗の身体が押し上げられる。お互いの呼吸が揃ってゆくのが分かる。

 あまりにも真顔でまじまじと覗き込んでくるものだから、どぎまぎしてしまった。何か言うべきかと迷って落ち着かず、目を逸らして瞬きを繰り返してしまう。

「ど、どうしたの」

「んー?」

 逸らした目を合わせた瞬間、素早く唇が触れた。音を立てず、触れるだけの軽いキス。照れ隠しで軽く笑うと、彼女も嬉しそうにニッコリと微笑んだ。

「もう一回、しよ?」

「えっと……」

 何だと。今度こそ目を合わせられない。いや、付き合って四年、一緒に住んで二年ともなるとこれぐらいいつものことだが、こんなふうに見つめられると恥ずかしくて目を合わせられない。

「ゲーム」

「え?」

「早く! ゲームしよ!」

「あ、ああ……」

 何だそっちか……。

 ヒョイっとゲーム機の前に戻っていった有紗の後ろ姿を、何だか肩透かしを食らった気分で眺める。いや、別に期待したとかじゃないけど。違うけど!


 自分も勢いをつけて起き上がろうとしたとき、ベッドのヘッドボードに置いたデジタル時計が目に入った。午前零時。

「あ、待って。その前に」

 言いながらベッドと壁の間の空間に手を伸ばす。その隙間に隠しておいた箱を引っ張り出した。

「誕生日おめでとう」

 無言。

「……ありさ今日誕生日でしょ」

 ぽかーんと口を開けてこちらを見上げている彼女に苦笑する。

「忘れてたの?」

 有紗は口を開けたまま首肯する。あんぐりと縦に開いた口が、だんだんと横に開いていく。

「わああああありがとうしょーくんー!」

 腕を大仰に広げ、ガバッと抱きついてこようとする有紗をさっと避けた。そのまま顔面からベッドに突っ込んだ有紗が、ぐりんと仰向けに裏返ってじとーっと睨んでくる。

「なんで! 避けたの!」

「ただならぬ気配を察知したため……」

「んー! くそっ」

 口悪く悪態をつきながら繰り出される攻撃。

「ほらやっぱりそういうことする!脇腹はやめてって!」

 今度は上手く攻撃を防ぎきった。有紗が不満そうに口を尖らせる。

「うううー、もういい分かった。しょーくん、ゲームしよ?」

「いや、先にプレゼントの中身とか見ないの?」

「私が勝ったら見るの!」

 そんな馬鹿な。そんなの下手したら一生見れないじゃないか。

 俺はうろたえて有紗の横に置かれた小さな箱を見た。中身は今までで一番勇気を出して買ったプレゼントだ。社会人三年目の冬のボーナスを全額つぎ込んだ、ダイヤのハーフエタニティ。

「それでね、もう一回私が負けたらー」

 有紗は俺の気などつゆ知らず、淀みなく喋り続けながら振り返ってくる。俺と目を合わすと、ニッコリと笑う。

「結婚しよっか!」

 

 __もう駄目だ、顔も上げられない。多分、耳まで真っ赤になっている。

「……はい」

 完敗だ。

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26の物語 ささなみ @kochimichiko

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