第5話 黒髪の女

 安立に金を借りた3日後、俺は奴から連絡を受けて街に出た。看護して欲しい女に会わせるという話だった。もともと時間にうるさい俺は、初めて待ち合わせする喫茶店にも遅れずにたどり着いた。

「いらっしゃいませ。」

 店内に入るとウェイトレスがすぐに声をかけてきた。

「カウンター席でよろしいですか?」

 待ち合わせだという事を告げると、店の1番奥のテーブルに通された。店内には上品なBGMが静かに流れていて、雰囲気も落ち着いている。寝ている客もちらほらといた。

「アイスコーヒー。」

 注文を聞きに来たウェイトレスに頼むと、すぐにアイスコーヒーが運ばれてきた。ガムシロだけ少し入れ、喉が渇いていた俺は半分をすぐに飲んでしまった。詳しい話を説明されてない俺は少し緊張していた。落ち着こうと思い、煙草を吸い始めた。

 約束した時間を10分ぐらい過ぎた時、2人は俺の前に現れた。

「すまないな。」

 連れていた女を壁際の席に先に座らせ、安立はそう言いながら自分も席に座った。女は長い黒髪で、毛先に少しメッシュが入っていた。肌は透き通るような色白で、ビクビクと店内を警戒している。

「この女だ。名前はミズキ。」

「あ、どうも。近藤です。」

 俺は軽く頭を下げたが、女は一瞬俺を見たのちにすぐ店内をまた警戒し始めた。

「もうすぐ切れそうだからちょっとおかしいだろ?気にするな。」

 そこへウェイトレスが来た。

「Bセット2つ。両方アイスコーヒーで、あとアイスカフェオレ1つ。」

 俺のグラスを確認した安立は俺の分も頼んだ。ウェイトレスが離れるのを待ってから口を開く。

「で、この女・・・実はオヤジの女なんだよ。」

 薄々判ってはいたが、オヤジという言葉を聞いて確信した。安立はどこかの組員だ。

「今オヤジは旅行でこいつのそばにはいないんだけど、あと2か月は戻ってこない。その間に、この女の薬を抜いて欲しいんだ。オヤジはこいつが薬をやってる事に気付いてないから、戻ってくるまでにこいつを治して欲しい。」

 今まで俺の周りの人間に薬をやっている人間はいなかった。いなかったと思う。初めて『薬に手を出した人間』を目の前にした俺は、改めてミズキを観察した。ミズキはずっと目を動かし、服に付いているボタンをずっと指で擦っていた。

「俺、そういう経験ないんですけど・・・出来るかどうか・・・。」

「出来るかどうかじゃなくやるんだよ!近藤ちゃんは俺に貸しがあるだろう?俺もオヤジにバレたら困るから頼むんだよ。な?やってくれ。」

 困惑した沈黙。金の事を言われると立場が弱い。しかし・・・。言葉に詰まっていると、そこにウェイトレスが飲み物とトーストを運んでくる。

「ご注文の品は以上でよろしいですか?」

「あぁ。」

 面倒くさそうに安立が答えると、すぐにその場を離れて行った。

「そんなに難しい事ないって。要は、ちょっと騒いだりした時に止めたり、勝手に出て行かないか見ててくれればいいんだ。店の仕事は出勤してる事にしておくからさ。な?困った事あれば俺も見に行くし、心配するなって。」

「・・・いつからですか?」

「おぉ!じゃあ来週から頼む。部屋は用意しておくから。」

 俺は無言でトーストを頬張った。



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