第4話 変態の貴公子(オーバー・ノーブルマン)


「あ゛あ゛ー水、水、死ぬう」

 俺でも暁月でもない、男の声がしたと思うと、バッといきなり暁月の手から紙コップをひったくり、自らの喉の流し込んだ。

「ああああーー!」

 俺は思わず、奇声を上げてしまう。

 コップの水を飲み干したのは、陣内凜ノ助(じんのうち、りんのすけ)だった。

 モットーは「汝が自らを愛すがごとく、汝の隣人のおっぱいを愛せよ」。

 趣味はクラシック音楽をかけ、ダージリンティーを嗜みながらエロ本を読むこと。(凛ノ助曰くエロマンガの嗜み方というのは姿勢を正しくし、性欲の滾りを感じながらも、鼻息を荒くするような無粋をせず、あくまでも優雅に、一ページずつじっくりとその官能を全身で感受することらしい。何言ってんだコイツ)

 長い、三行で。



ということだ。夜坂中四天王の内の一人・変態の貴公子(オーバー・ノーブルマン)の異名を持つ。外見については省略。(野郎の外見の描写なんて一体誰が聞きたい?)

「あっ、ちょ何勝手に飲んでんのよ、それ私のなんだけど」

 暁月の当然の抗議に凛ノ助は

「ああ、悪かったな暁月。代わりに俺が水を持ってこよう」

 と詫る。

「いらんわ! お前の入れた水とかゼッタイなんか盛ってあるでしょ」

 暁月の言葉に俺の心は大出血。

「おい、今の言葉大いに傷つくな、暁月。俺がそんなことやる人間に見えるのか?」

「逆にそれ以外の人間には見えないわ」

「暁月、俺という男を見くびって貰っては困るな。薬を盛るなぞ卑怯者がやることだ。男なら堂々と風呂のぞき! 幾度『変態』と罵られようが俺は己の信念を曲げない男だ」

 一人ウンウンと頷く凛ノ助、ダメだこいつ早く何とかしないとって感じの暁月、内心穏やかではない俺。

 いや、心乱している場合ではない。凜ノ助の体内には今、月宮の媚薬が入ってるのだ。

 俺は少しの変化も見逃すまいと、凜ノ助をジッと見つめる……。

「? なんか、俺の顔についてる?」

「いや」

 凜ノ助が媚薬を口にしてから、今の所、外見に変化は認められず。

「それよりだなマキト、今日暇か? 前島と後藤も呼んでるけど、この後、俺ん家来ない?」

「あ、行く行く」

 俺はいつものノリで凜ノ助に答えた。

 その後もそれとなく凜ノ助を観察してみたが、特に変化は無し。後片付けを終えて駄弁りながら帰宅。


 つまりはこういうことだ。俺は月宮にからかわれたのだ。大方、暇だったから俺に嘘八百を信じ込ませて、後で大笑いするつもりなんだろう。まあ元々信じて無かったけどさ。

 んだよチクショウ、大切な時間損しちゃったじゃねーか。徒労感という言葉がピッタリだ。

 この時点で俺の頭から媚薬のことなんて、すっかり抜け落ちてしまったのだった。


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