第2話 自称「小悪魔系」美少女はかく語りき
「ねえ、マッキー、媚薬に興味はあるかい? それもとっておきの効果絶大の、ね?」
はいはいはい。俺はまたこの類かとゲンナリする。
月宮は学校で教師にバレないように、同じ中学生相手に商売をしていた。それもかなり悪どい。
「どうせまた、パチもん売りつける気だろ。『効果絶大の媚薬』っていかにもじゃねーか」
「や・だ・なぁ、私がマッキーに嘘ついたことなんて、今までに一度だってある?」
「覚えてるだけで四十八回はあるな。うち二回は生命に危険が及ぶレベルの嘘だった」
てか、月宮が誠実なこと言った回数を数えた方がよっぽど早い。三回くらいだからだ。
「いや、それはほら、些細な過ちっていうのは誰にでもあるわけじゃん。人のちょっとしたミスをネチネチ責めるのはどうかと思うぜ?」
「なるほどね、些細な過ちを四十八回も繰り返しちゃったわけか。月宮ちゃんのとんだうっかり屋さんー」
「えへへー、愛梨はうっかり屋さんの天然ちゃんです、寛大な心で許してニャン!」
「ざっけんじゃねーよ月宮ァァ、このあいだのやつの金返しやがれ」
「このあいだのって?」
「『未成年の子猫ちゃんがニャンニャンするHなAV』だよ!」
俺はまあ、こいつに三千円出して購入したわけですよ。そりゃあね、俺も健全な男子中学生であるからして。パッケージの下着姿で猫耳つけた、扇情的なポージングの女子高校生の写真にそそられたわけだ。
でまあ、家に帰って、おじさんとおばさんが寝静まるのを待ってから。
DVDを再生するとそこには――
未成年の(一歳)の子猫ちゃん(リアル子猫ちゃん)がニャンニャンする(ボールに戯れる)Hな(ハートフルな)AV(アニマルビデオ)だったわけだ。
「詐欺じゃねーか、あれ」
「私嘘はついてないよ? 邪心ある真希時が勝手に勘違いしただけじゃん。私は一言も『AV』のことを『アダルトビデオ』なんて言ってないし」
「誰だって勘違いするわ、あんなもん」
まったく埒が明かない。
極貧(らしい)のこいつにいくら言っても金は返ってこないだろう。
「でもマッキー、今度のはモノホンだよ?」
月宮はセーラー服のポケットから目薬の容器らしきものを取り出した。
「三十四種類の漢方薬と十三種類の香辛料、四種類の薬草とちょっと言えない成分を含んだ月宮印の特製媚薬。ホレ薬としての効果もアリ。これを飲みこんだ人は最初に目があった人にミもココロも全て預けちゃいたくなるんだよ」
「まーた月宮、大概にしろよな」
俺はちょっとバカバカしくなって言った。
――断言して良いが、人類が生まれてこのかた、絶対に効果のある媚薬&ホレ薬なんて存在したことがない。遡ってみれば人類は遥か古代から媚薬というものを追い求めてきた。
歴史上の一例を上げれば、九世紀のあるアラビア語写本には「その薬で女の欲望を刺激すると、女は家を離れ、ふらふらとさまよい出し、性的満足感を探し、男の前に自分をさらして快楽の時を求める。原料は、古くなったオリーブオイル、ラン、庭園用のニンジンの種子、西洋キョウチクトウの葉の灰、キンレンカを粉末にして焼いたもの、ヤナギの葉の粉末、ナツメヤシの髄」とある。
ここまで来ると媚薬っていうかオカルトの類だ。
つまりまあ、この文章から学べることが一つあるとするならば、千二百年前から男のロマンってのは変わらないってことだ。
むぅ~、と月宮が唸った。
「じゃあ、ちょっと攻め口を変えようか」
そう言った途端、月宮は俺の方に体を寄せて、片腕を後ろから俺の首に回した。
近い近い近い近い近い。
俺は慌てて体を引こうとするも、月宮はしっかりと腕を首に巻きつけて離さない。
良い匂いが鼻孔をくすぐる。なんだろう、スイセンとかギンモクセイとか、そういう系の香り。女の子、って感じだ。
「私、良いこと思いついちゃったんだ。聞きたい?」
耳元で月宮に囁かれた。
なんか、スゲー、やばい。ゾクゾクする。月宮の顔を見れなくて(近すぎて)月宮の喉元を見た。クラッときた頭で、ああ、女の喉仏は隆起してないんだな、とかどうでも良いこと考えた。
「この薬、つかさちゃんに盛っちゃいなよ」
俺はとっさに視線を固定した。
「なんでここで暁月が出てくんだよ?」
なるべく俺は冷静な声で言った。
暁月(あかつき)つかさ。我が夜坂中学校剣道部の主将である。一応、ウチの中学は剣道で名が通ってるだけあって、その主将たる暁月の実力は折り紙付きだ。
並の男性だったら竹刀で瞬殺できる(悪いけど実体験だ)
「マッキー、誤魔化さなくていいんだよ。つかさちゃん、可愛いし、体型良いし、普段強がってるくせに、本当のところか弱い子だもんねぇ。そりゃあ魅力的じゃん?」
俺は月宮の言葉を黙殺した。イエスともノーとも、どちらとも言いにくいからだ。
「つかさちゃん、男子から人気高いのマッキーだって知ってるよね? 今は恋人いないけどさ、この先ずっとつかさちゃんに恋人が出来ないなんて、マッキー本気で信じてるわけ?」
「……バカじゃねーの? 月宮、何か勘違いしてんのかしんねーけど、別に暁月が今後、誰と付き合おうが俺の知ったこっちゃねーよ」
「おっやぁ、マッキー? 声が上ずらせてどうしたの? 何か気に障った?」
俺は思わず舌打ちをしそうになった。相手が悪すぎる。
月宮の人間観察能力は異常に鋭い。本当にちょっとした変化をすぐ見抜く。俺は俺で読心が得意だが、月宮の方が一枚上手だった。
「いや、分かるよ? マッキーの気持ちはよーく分かる。……マッキーみたいな勉強もスポーツもコミュ力も人並み以下が、つかさちゃんと釣り合うわけないもんね。マッキーよりマシな男なんて星の数ほどいるし」
「やかましーよ。何さらっと同情してる風にディスってるんだよ」
別に目から塩水が流れてたりしてない。決して。
「他の男につかさちゃんとられてから後悔しても遅いと思うんだよな、私は」
「……関係ねえって」
「でもこの薬を盛れば一気にそれが解決するんだよ? 他の男のモノになる前に、自分のモノにしちゃえるんだよ、つかさちゃんを」
なんか柔らかいものが俺の背中にあたった。なんつーか、デカい。こいつ、けしからんのは言動だけではないのだ。
「月宮、この際だからはっきり言っておくが、俺は女性に対しては誠実であろうと常日頃から……」
「なーに、いい子ちゃんぶってるんだよ、マキトぉ。本当はさぁ、お前だってドス黒い気持ち持ってるんだろ? 正直なところさ、つかさちゃんが誰かの色に染まる前に自分の色で染めたいって思ってるでしょう?」
月宮はいったんそこで言葉を切った。そして目薬の容器――媚薬――を俺の目の前でこれ見よがしに振る。
「この媚薬、一人分無料であげる。お試しで使ってみ」
「無料!?」
おかしい、絶対おかしい。恋人は福沢諭吉、愛人は樋口一葉、妾は野口英世の月宮が、口が裂けても「無料」なんて言葉を吐くわけがない。
「私とマッキーの仲だからね、特別だぞ♡」
「いや、いったい俺とお前がどういう関係なんだよ……」
「恋人未満、友達以下のカンケーじゃん」
「単なる赤の他人じゃねーか!」
「冗談だって。ほら私にとってマッキーは数少ない友達――ううん、親友(カモ)みたいな存在だからさ」
「月宮クン、本音がダダ漏れだゾ」
「まあまあ、良いから良いから」
月宮は俺の右手を掴むと、それを広げさせ(月宮の手はしっとりしてた)俺の手のひらに媚薬の容器を押し付け、握らせる。
「ほんじゃ、じゃーねーマッキー。私もマッキーにかまってられるほど暇じゃないからーバイバーイ」
月宮は風のような速さで去っていってしまった。
俺はようやく解放されたわけだ。俺は何となく安堵するようなため息をついた。
逃げたのは返品は不可っていう月宮の意思表示であろう。
やべーな、結構話し込んじゃったから剣道部、開始時刻にはもう間に合わんだろうなぁ。先生がまだ来てなかったら遅刻したのバレないんだが……。俺はノロノロと体育館に足を向けた。
けど、頭のなかでは剣道のことではない、別の事を考えてた。
――無理やり手渡された「それ」は軽いはずなのに、手のひらにズッシリと重みを感じる。
……どうするんだ、コレ。その辺に捨てちゃうか? それとも………………。
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