第3話 からかうつもりがキュンとする

「アイツは今日休みだから、すぐにでも返信くるだろう……内容はっと」



 送信:

 腹減った。ちと体調が悪いからメシ買ってきて


 返信:

 彼女と約束がある。ごめん



「もう返信が来たか……って! また彼女彼女か」


 親友のアイツとはよく馬鹿をやったものだが、ここ半年くらいは彼女優先でろくに遊ぶことも出来ない。

 アイツはフリーターだから仕事中に話はするが、それでもたまには遊びたいものだ。



 送信:

 今日食べる分すらないんだ。金は多めに払う。だから頼む。


 返信:

 そこまでいうならわかった。コンビニで適当に買って、渡したらすぐ帰るぞ?」


 送信:

 資金は5000円で2日分くらい頼む。ありがとう。



 予定があるようだが、忙しい中来てくれるみたいだ。

 しかし、それが彼女との約束か……ちょっとからかってやるか。


「今の俺は……よし! 贔屓目に見ても可愛いな! 神様ありがとう!」


 例えアイツじゃなくても、今の俺は街中を歩くと何人かに声をかけられそうなルックスだ。

 これが自分じゃなかったらなぁ……彼女に欲しいくらいだ。


 アイツはすぐにでも来るだろう。

 体調が悪いからベッドに入り込んで……いや、からかうためにも、同棲中の彼女という設定でいくか?

 でもそれだと俺に遠慮してくるかもしれない。なら従姉妹か?

 アイツに家族構成は知られているので、そこが一番無難だろう。


 遊びに来た従姉妹という設定でまとまったところに、タイミング良くインターホンの音が鳴り響いた。




「はーい……」

「頼まれたもん買ってきたぞ……っと?」

「あっ、初めまして! わたしは兄さんの従姉妹で、先週からここに泊めてもらっていますっ!」

「そ、そうか……俺は俊哉だ。で、清志は?」


 自分でも驚くくらい自然に出た。

 しかし、俺みたいな女の子に笑顔を向けられても、何も反応しないのかコイツは。面白くないな。


「兄さんなら、体調が悪いと言うのでベッドで寝ています……」

「そうか。しかし、君がいるなら俺に頼まなくてもよかったんじゃないか?」


 そういって、親友の俊哉は持っていたビニール袋を軽く上げてみせる。

 2日分と頼んでいたが、どうやら弁当の他にもパンや栄養ドリンクといったものまで買ってきてくれたようだ。

 俺がその袋を受け取ろうとすると、なぜか俊哉は後ろに引っ込めた。


「いや、これは少し重い。俺が奥まで運ぶよ。お邪魔する」

「えっ! いえっ! お金も頂いていますのでわたしが!」


 今部屋を見られると、ベッドに誰もいないのがまるわかりだ。

 多少からかってみるはずがいきなりピンチだ。


「いや、いいよ。君と会うのは初めてだけど、俺は君の兄さんと仲が良いんだ」

「……最近は彼女優先だけどな」

「? 何か言ったか?」

「いえ! それでも、奥には見られたくないものもありますので!」

「……わかった。なら頼む。重いからな?」


 見られたくないもの、というので何を想像したのかはわからないが、俊哉の顔が少し赤くなったように思える。

 それにしても、コイツ最初見ただけで全然俺の顔を見てこないな。


「ありがとうございます。ところで、何故こちらを見てくださらないのですか?」

「それは……えっと」


 俊哉をからかうのには絶好のチャンスだ。

 ここは果敢に攻めるところだ。


「もしかして、わたしは直視できないほど醜いのでしょうか……」

「ち、違うっ!」

「ぐすっ……どうりで兄さん以外の男性に避けられるわけです……ぐすん……ぐすん……チラッ」

「っっ!」


 泣き真似をして顔を覆い、俊哉の視線から逃れる。

 そして指の隙間から覗き見た時、案の定目が合った。


「それは……その、君が可愛すぎて直視できないから……」

「本当ですか! ありがとうございます!」


 やはりそうだったか。

 素直に言ってくれたので、顔をポリポリとかいていた俊哉の手を両手で握る。

 そしてその手を胸の前まで持っていき、潤んだ瞳で俊哉の顔を見上げる。


 このポーズ、俺が男だったころにコイツと話し合ったことがある。

 俺もコイツも、もし女の子にこんなポーズで頼まれた日には断れないだろう、と笑いあった席だ。

 どうだ、クリティカルだろ。


 俺の行動に俊哉は目を見開いて驚いていたが、すぐに顔をそらす。

 そして、言い淀むように声が聞こえてきた。


「……あの、何か理由があるのかもしれないけどさ」

「はいっ! なんでしょうか!」

「その格好、寒くないの?」

「え?」


 親友の忠告に、今の格好を見下ろしてみる。

 ブラをしていないので谷間は見えないが、胸で押し上げられた服。それによって自分の足元を見ることは叶わない。

 サイズのあっていないスウェットがそんなにおかしいのだろうか。


「事情があって……兄さんの服を借りています」

「ああそうか……でも、いや、なんでもない」

「? どうかしました?」


 俊哉の態度は気になるが、これ以上は話してくれそうもないな。

 確かにこの格好で、ドアが開いている状態だと冷えるな。


「いや、いいんだ。じゃあ、これ。重いから注意してね。あと、清志によろしくな」

「はい。あの、これ兄さんから渡された諭吉さんです」

「万札か。また今度アイツに請求するからいいや」

「でも、これからデートでは……」

「ん? アイツが話したのか? まあいいや。そこまで貧乏でもないんでね。返しておいてくれ」


 フリーターのくせにカッコつけるな。

 まあ、そんなところが良いやつでもあるんだが。

 好意は有り難く頂き、俊哉からビニールを受け取る。


「ありが……重っ! きゃ!」

「大丈夫か!」


 差し出されたビニール袋を受け取ろうとしたら、予想外の重さにバランスを崩してしまった。

 どうやら女の子になったせいで筋力も大幅に落ちているらしい。

 そして転びそうになったが、目の前の男性に抱きかかえられたことで転倒は阻止された。


「……大丈夫か?」

「ありがとう……ございます」


 俊哉の胸に飛び込んでいるからか、やけに鼓動の音が聞こえる。

 ドクン……ドクン……もしかして、この鼓動は俺の?

 そこそこ大きい胸が潰れている分、音が大きく聞こえるのかもしれない。


「あの……そろそろ離れて欲しいんだが」

「はっ! す、すみません!」


 奴の言葉にバッ! と飛び退く。これはワザとでもなく、自然に出た行動だ。

 もしかして、俊哉にドキドキした? 俺が?


「じゃ、じゃあ、俺は行くよ……部屋に戻るときも気をつけな」

「は、はい……お気をつけて……」


 どこかお互いギクシャクした感じになって、俊哉のやつは去っていった。

 俺もなんだか変な気分に……いや、忘れよう。今はメシだ。


 その後、俺のスマホにメッセージが入った。



 受信:

 お前、従姉妹なんていたのかよ。一緒に暮らすっていっても、どんな要求をしているんだよ


 返信:

 ああ。さっきは有難うな。

 俺は無実だ。要求なんてなんもしてないぞ。


 受信:

 じゃあ、胸元ユルユルな服も、ノーブラで過ごさせているのも、お前の指示じゃないのか? よく理性が持つな、尊敬するぜ。



 ……そう言われ、改めて自分の格好を確認してみる。

 今度は念のため鏡の前で確認だ。


 胸元がユルユルだろうな、とは思っていた服は、想像以上に丸見えだったようだ。

 違和感は感じなかったが、試しに首元をちょっと伸ばすと、鏡のほうにピンクの突起が現れた。

 これなら、多少動いただけでも丸見えだろう。上から覗き込まれると即ゲームオーバーだ。

 これでノーブラだと気づかれたのか? と思っていたが、服の上からでもポツンと2箇所の出っ張りが見えた。

 え、もしかしてポチしていた……?


「全然そんな感じは……んひゃ! 意識したら急にっ……ふぁっ、やば……」


 あいつに指摘されて気づいたことが癪だが、からかうという目的は達成できたのでヨシとしよう。

 ……もっとも、ここまでやる予定はなかったが。



 送信:

 バカっ! 責任とってよ!



 その後、アイツからの返信はなかった。

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朝起きたら女の子になっていたので親友彼女のライバルになります @oriron

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