第2話 普通の暮らしに異常事態はやってきた

「うっ……うぅ……スン、スン。どっちにしろ、シャワーは浴びないとな」


 多少順番は前後してしまったが、最初からトイレを済ませて服を着替える予定だったんだ。

 予定外に濡れてしまったスウェットと下着は、まずは風呂場で手洗いするため浴槽へと押し込む。


 そうしてシャワーを浴びようとした時、ふと風呂場の鏡が目に入った。


「うわぁ……これが、俺?」


 長すぎず、ふわっと肩ににかかった黒髪。そしてパッチリと開いた瞳に、くるんとした長い睫毛。形の整った鼻もそうだが、柔らかそうな唇までもが可愛らしい顔の輪郭に収まっている。

 俺が何か喋ると、それに合わせ目の前の女の子も口を動かす。

 思わず頬をつねってみると、鏡の中の女の子も同様の動きをし、痛がった顔を見せてくれた。


「ははっ、夢でも楽しいなコレ」


 そして男なら……今の俺は女だが、顔だけではなく下も当然気になるだろう。

 服を脱いだ際に多少揺れたが、胸のふくらみは期待していたよりも少し小さかった。

 サイズでいうと、CかDカップくらいだろうか。巨乳好きとしてはちと物足りないな。

 しかし、女性特有のふくらみに、その頂に存在する突起。

 おそるおそる指を触れてみる。


「はうあっ! な、なにコレェ!」


 一瞬、全身に電撃が走った。

 しかし、さっきの感覚をもう一度味わいたい。


「ゆっくり……ゆっくり……んんっ! んんんんん!!」


 …………ここから先は、朝というには刺激が強い。

 言えるのは、いつもより風呂の時間が5倍ほど長かったこと。

 いくら寒くても、シャワーの水圧は最大にしてはいけないということ。

 そして、汚れた箇所に直接シャワーを当てると失神するということだ。


 女の子の身体って、敏感すぎだろ。




 無事といえるか不明だが、シャワーという一大イベントを終えた俺は、一糸まとわぬ姿で悩んでいた。

 タオルで拭くときも感覚が違いすぎてやばかったが、それよりも問題がある。


「……下着、どうしようか?」


 俺の部屋に女性用の下着なんてあるわけがない。

 なのでトランクスを履いてみたが、何かスースーして落ち着かないし、何よりちょっと動いたときに食い込んで変な声が出てしまった。

 これを普段から履くと、常に思わぬ刺激と戦うことになる。


 ならボクサーはどうだったというと、トランクスよりはマシだが、生地がごわごわしすぎて肌心地が悪い。

 そしてなにより、今の俺にはサイズが小さくて半ケツ状態になる。

 それでも何も履かないよりはマシなので、とりあえずはボクサーパンツを選択した。


 下着さえ決まれば、あとは予備のスウェットだ。

 こういうときゆったりしすぎなのが気になるが、普通のTシャツも同じようなものなので、まだマシな部類だろう。


 ブラジャー? 持っているわけないだろ。




 ある程度落ち着いてから思ったが、これは夢ではないらしい。

 さっき頬をつねったときも痛かったし、あの風呂場での感覚は……いや、夢心地のように気持ち良かったが、夢にしてはリアルすぎる。


 なにより、スマホに表示されるニュースやテレビのニュースが現実を教えてくれる。

 今日が休日で助かったな。こんな格好じゃ外にも行けやしない。


 仰向けに寝転がり、胸が重力に引っ張られる感覚に戸惑っていると「グゥ……」とお腹がなった。

 そういえば、朝から何も食べていない。


「冷蔵庫は……っと。調味料だけか」


 いつもはコンビニで買ってくるか、インスタントなのでこんなものだろう。

 しかし、この格好じゃ外に出たくないぞ?


「何か食べるものは……げ。何もないし」


 部屋の中には、食料と言えるものがなかった。買い置きのインスタントすら切れていたらしい。

 本格的に、食べるものがない。


「適当な下着と、服はお急ぎ便で注文したからすぐ届くだろうけど……お腹減ったな」


 サイズとかはわからないが、今できることはなるべく安めの服で合いそうなものを注文することだ。

 この格好でも上からコートを羽織れば外出できるが、変な奴に捕まることを考えるとなるべく避けたい。

 というか、今の俺がこの格好で男性用のコートを羽織ると、変質者っぽくて嫌だ。


 しかし、食料の問題は早急に解決したい。


「……出前でも取るか。いや、ここはアイツに連絡か」


 理由はわからないが、女になったんだ。せっかくだからこの状況を楽しまないとな。

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