ろじうらどうめい

じゃすたー

第1話 集え! 冒険者たち!

その1

 扉を開け、彼は真っ先に『賑やか過ぎる』と思った。

 昼時などとっくに過ぎているというのにほぼ満席のリストランテなど、普通に考えればありえない。

 だが、ここはそれが可能なだけの立地条件を満たしている。

 ここは、依頼料さえ払えばあらゆる厄介事を解決してくれる冒険者の寄り合い所、悪く言えば溜まり場である教会に隣接した飯処である。旅立つ前の腹ごしらえにきた連中や、一仕事終えた後のバカ騒ぎに興じる者たち。さらには自分に見合った依頼を待つ間に管を巻く飲んだくれ等々、時間を問わぬ客層が山ほどいるというわけだ。

 そして見渡してみれば、何かしらの武器を帯びている輩が大半だ。彼らの気性も考えれば、よくもまぁ荒事にならないものだと感心せずにはいられないだろう。

 そんな店内に臆することなく足を踏み入れた彼は、周囲と比べればまるで子供のような背丈しかない。

 が、これも彼が小さき者『フィルボル』であるがゆえのことで、決して幼いというわけではない。

 猫やら狼やらを想わせる獣人『ヴァーナ』や、長耳長命の賢人『エルダナーン』などの多様な種族が集う一大都市にあっては、多少珍しい種ではあるが、鳴りも潜むというものだ。

 事実、数人が彼を一瞥こそすれ、わざわざちょっかいをかけるような事は起きなかった。


「おうにいちゃん、そこの羊は外につないでおいてもらってもいいか?」


 のだが、まさかの店員から注意を受けた。

 それもそのはず。彼の足元には、もこもこと黒い毛で覆われた子羊がいるのだ。

 とは言え、飲食店にペット同伴は認められない、などとお上品なことを言うような場ではなかろうに。

 彼が首を傾げるよりも早く、思わぬ解答がもたらされる。


「でないと食材になっちまうぜ」


 言われ、彼もなるほどと肯いた。

 確かに黒羊を見る周囲の視線は『美味い肉』を見るものだ。

 ラムと呼称される子羊の肉は臭みも少なく、肉質は柔らかく美味であると言われている。

 成長した後のマトンの、ぎゅっと締まった肉々しさとは逆と言っても良いだろう。

 そしてそれならば、と彼も答える。


「勝手についてくるんだ。いい値段で売るが?」


 子羊を売り飛ばす算段を持ちかける。小さい身ながらも、彼は列記とした商人なのだ。

 が、ここでシメてるわけではないと商談ならず。その流れで相席を頼まれ、彼も素直に指し示されたテーブルへと向かった。無論、子羊は外に退避させて。

 しかし……


「すみません。コカトリスの大葉焼き3皿追加で」

「あおいかみのねーちゃんよくたべるなー! デュラムもまけないぞー!」

「これ小僧、そう慌てて食うでない。いやはやしかし、この娘はどこにその容量が消えておるのやら」


 そこは混沌の坩堝だった。

 彼と同族の、控え目にいって子供丸出しにやかましい小猿――小僧が1人。

 長命にして落ち着きのある種族のはずであるエルダナーンの、とんでもない大食娘が1人。

 そして外観に見あわず口調が老体のそれである女性エルダナーンのロリ年寄が1人。

 互いに名前も呼ばずにいることから、彼らはパーティではなく、十中八九は相席に相席を重ねた結果出来あがった集団である。

 そんな光景に彼が着席をためらう間にも、大食娘の前からは続々と料理が消えていく。

 席を探そうにも他のテーブルは飲めや食えやの大騒ぎか、すでに酔い潰れてテーブルに伏しているような面倒くさい展開予備軍しかない。

 彼がやむなく椅子を引くと、それに真っ先に反応したのは小猿だった。


「おー! いらっしゃいだぞー!」


 内心で(お前の店じゃないだろう)とツッコミつつも、軽く手で挨拶をする。

 同時に注文。無難に野菜炒め定食である。


「こうして集いしも何かの縁。歓迎するぞ、青年よ」


 小猿が元気良く手を挙げて迎え入れ、次いで言葉を発したのはロリ年寄だった。言い回しこそおかしなものだが、常識人ではあるらしい。

 残る大食娘はと言えば、ひたすらに目の前の皿を空にしているが、拒絶の意思は感じられない。むしろ勝手にどうぞ我関せず、だが食の邪魔は赦さないという意志を感じる。

 声はかけず、彼女の隣に腰を下ろす。と、彼は彼女の背もたれに白くて丸い塊が乗っていることに気付いた。自分の椅子にはそんなものは付いていない。はて、クッションではないのかと見つめていると……


「あぁ、そやつはそこな娘のファミリアじゃな。もっとも、召喚主は非常食と言っておったが」


 補足がロリ年寄から飛んで来た。

 噂の召喚主は、今も食に夢中である。というか、手の動きが霞んで見えない。なのに料理が消えて行く。もはや謎少女である。

 しかし、青年にはそんなことよりもファミリアの方が重要だった。

 冒険者の小分類の1つに、サモナーというものがある。ファミリアはその象徴であり、すなわち、戦う技能を持っているということの示唆に他ならない。

 そして、それを見抜いているということは。


「あんたも、冒険者なのか?」


 向かいで小猿の口周りを拭いてやっているロリ年寄も、その可能性がある。

 青年が聞けば、しかし彼女は「否」と左右に首を振った。


「儂は未だ冒険者ではないぞい。もっとも、これからという意味では間違いとも言い切れんが」

「ばーちゃん、ぼーけんしゃになるのかー?」

「うむ。いささか資金繰りに窮しておるゆえな。研究職ながら、体を張って稼がねば立ち行かぬというわけじゃ」


 ロリ年寄の言葉に小猿は「おせちがからいなー」と難しげに肯いて食事を再開する。

 こんな調子だが、この2人もあくまで相席の仲でしかない。

 そうなると、今更ではあるが、明らかに知能も低そうな子供がこんな店にやってきていることが不思議でならなくなる。


「デュラムもなー、ぼーけんしゃになるんだぞー」


 が、その理由は程なく本人の口から告げられた。

 ちゃんともぐもぐごっくんしてからである。


「正気かや」

「マジかよ」


 それぞれに否定的な意図を込められた反応が返るも、小猿はそんな機微などわからぬ様子で肯く。やはり知能指数は低そうである。


「ぼーけんしゃになって、いろんなとこにいってなー! えっとなー、けん、ぶんをひろ、げ……める……? だぞー!」

「ほう、それは殊勝な心掛けじゃな」

「いやコイツ絶対意味わかってねぇだろ」

「苺のミルフィーユ6人前ください」

「お前ホントよく食べるな!」


 案の定、青年はこの卓におけるツッコミ役に落ちついている。

 変に酒飲みに絡まれるよりはマシだろうが、それでも気苦労の絶えない役割だ。

 が、彼もまた冒険者になるべくこの地にやってきた以上、これは絶好の機会であった。

 冒険者という職への渡りをつけられる人物と、冒険者になりに来たという単純そうな子供、そしてよくわからないが燃費の悪そうな少女。

 変わったローブを身に付けたロリ年寄は武器もなく、恐らくは性格的にも後衛であろうことが予想される。ヒーラーであればなお良しだ。最悪、補助技能程度でも構わない。

 対する小猿は腰に下げた粗末なバグナウから前衛、しかも拳で戦う超至近距離型のモンクだ。小回りも利くサイズだが、問題はその小ささが火力を損なうであろう点か。

 そして隣に座るサモナーは言うまでもなく後衛である。恐らくは攻撃的な。商人としての目利きでわかる範囲では、彼女の杖以外に目立った逸品はない。良くて駆け出しに毛が生えた程度だろう。

 そして何を隠そう、青年自身は前衛職である。故あって身を護る程度の技能ではあるがシーフとしての腕を磨き、商品展開と節約の一環として錬金術も修めた身の上だった。

 仮定も含んでいるものの、この卓は偶然、一般的な4人パーティとしては上々のバランスが取れていることになる。


「まぁそういうことなら……」

「定食お待ちぃ!」


 と、青年が一声かけようとしたところで注文の品が届いた。腹ごしらえの時、来たれり。

 話を続ける雰囲気ではなくなり、まずは目の前の食事である。というか、そうでもしなければ苺のミルフィーユ待ちの隣の人物が動き出しそうだ。

 結局、食が始まって間もなくミルフィーユが届いたので青年の杞憂に終わったのだが、彼女の消化速度はやはりおかしかった。


「ごちそうさまでした」


 青年が半分と食べ切らぬうちに、ホールサイズで届いたミルフィーユをすんなりと食べ終えてしまったのだ。

 その速度の緩み無さからしてまだ腹に収納できるだろうに、先程まで鎮座していたスイーツは彼女のお食事プランのトリを飾る品だったらしい。

 野菜炒めを少々無念そうに見つめていたものの、彼女も意を決したのかやおら立ち上がり会計へと向かっていく。

 このままでは駆け出し3人パーティになってしまうが、それもやむを得ないと青年は諦観を宿していた。

 そもそも、チーム形成に欠かせないコミュニケーションという要素を満たせぬタイミングだったのだ。

 あとは教会で近しいメンバーを募る定石をなぞる他にない。元より、彼はそのつもりでいたのだから。

 しかし……


「お嬢ちゃんよー食ったなぁ。代金、27Gだが大丈夫か?」

「ん……ん?」


 財布を開き、少女が固まった。

 これに、目ざとく彼女の観察を続けていた青年が手を止める。

 数瞬の後、彼女は瞳に決意を込めて顔を上げた。


「おっちゃん、バイト雇ってない?」


 やはり、金が足りなかったらしい。

 燃費が悪いという彼の人物評は間違っていなかった。

 店としてもこの反応は意外だったらしく、若干引き気味である。


「厨房も可。これでも料理には自信があるよ」

「すまねぇ、俺の仕事を奪わないでくれ」


 支払いもせずに店を出るわけにもいかないと、彼女はここでどうにかする心積りのようだ。

 これは好機である。

 青年は食を中断し、今なお引かぬ媚びぬ省みぬと交渉を続ける少女の元へと向かう。


「俺が金を出すよ、店主」


 言って、そのまま金を出す青年。

 厚意からの言い分だけに困り果てていた店主も、これ幸いと領収した。

 予想外の出来事に、少女は同席した青年に対して初めて目を向ける。

 背の丈は自分よりも頭一つ小さいが、堂々とした態度から種族に拠るものであるという予測は容易だった。


「ありがとう」


 素直に礼を述べるが、彼女にはなお理解ができないことがあった。

 なぜ、彼が自分を助けてくれたのか。先程同席していた子供が「やさおとこだなー!」と言っているが、それだけとは思えない。

 財布の限界を超えるまで食事に夢中になっていたことは完全な自業自得でしかないのだし、一般的に言って、そんな姿が魅力的とは言えないことも理解している。


「これは話を聞く駄賃だと思ってくれりゃ、それでいい」


 とりあえず来いよ、と青年は手招きながら元の席に着く。

 彼に倣って、立ったばかりの席に再び着席する。

 そこで、少女はさっきまで見つめていた野菜炒めがまだ残っていることに気付いた。よもや残りを分けてくれるのかと期待したが、青年は精錬された所作で食を再開してしまった。

 なんという拷問だろうか。少女は思った。

 他人が美味しそうにご飯を食べている姿を延々と見せ付けられるなんて、とてもではないが耐えられない。耐えられないが、自分にはお金もない。今の手持ちは彼に返済するためのお金でもあるし、追加注文なんてもっての他だ。そんなことより、さっきからしきりに「うーまーいーぞー!」と叫んでいる子供が憎らしい。彼が食べているのは確か、店主のハリキリプレート。いろんな種類の料理を食べたくて注文を控えてたけど、格子状に焼き目のついた肉厚のミディアムレアステーキは、見ただけで口腔に唾液が溢れてくる。それに思いっきりかぶりついて噛みちぎるなんて、とっても行儀が悪いけど魅力的な光景だ。口直しに添えられた酢漬も味覚、嗅覚をサッパリさせて、肉の味に体を飽きさせない一工夫として最高の配慮に違いない。子供っぽい彼はあまり手をつけていないけど、すごくもったいないことだ。そしてそんなワンアクセントとは別に、ここの店主は汁物にも余念がない。小さなカボチャをくり貫いて器にしたカボチャスープなんて、とろみがあってとても甘くて美味しそうだ。食べたい。今度はアレを頼もう。絶対頼む。けど、もう1人の静かな人のご飯も興味がそそられる。確か以前に本で読んだことがある、東方の食事風景がこんな感じだったはずだ。店主の芸の幅が凄まじい。道理で自分の世界そのものの厨房に他人を踏み込ませないわけだ。そしてやっぱり、見れば見るほど不思議な食事風景だ。丸ごとパリッと焼き上げたサーモンは、皮を開いてみれば艶やかなピンク色の身を覗かせてくる。それを為したのはたった2本の棒。確か、ハシという名前だった。これがまた、切って良し、摘まんで良し、さらには掬って良しと、およそ汁物以外の全てに対応できるように器の上を舞っている。魚が水を得るように、物が場所を得ている様子は美しくもある。いや、美しくもあった、だ。ハシが豆料理にくっついた瞬間、全てが覆された。腐乱したとしか思えないくすんだ茶色い豆は、粘ついてとんでもない長さの糸を引く。それを、盛大にかき混ぜていく。まるで泡立てるかのように。食後になんてものを見せ付けてくるんだろう。やっぱりこれは拷問だ。というか、それを食べるのだろうか。それともうるさい客、主に彼女の隣の子供にぶつけて撃退するのだろうか。あ、豆を持ち上げた。口が開いてるからやっぱり食べるらしい。あ、あ、あ……本当に食べてしまったのか?


「のう娘、そう熱心に見つめられておると箸が進めにくいぞい」


 はっ、と気付いて少女は視線を外す。まだチラチラと見ているが。

 それに苦笑を見せて、一度箸を止めたロリ年寄は青年へと水を向ける。


「そうじゃ。おぬし、先程何事か言い掛けておったろう」

「ん、そうだな」


 それは奇しくも、青年がちょうど皿を空けたタイミングだった。

 口周りを拭うナプキンを探し始め、そんな上品な店でもないことを思い出し、ハンカチを手に取る。

 身なりに相応しい上品な振舞いが身に付いているようだ。


「言いたいことは単純だ。俺も、あんたらと一緒に冒険者になる」

「これはまた異なことを言う。しかしいやはや、冒険者志望が3人同席とはのう」

「で、こいつは借金のカタとしてそれに巻き込まれる予定だ」


 親指で少女を示し、ニヤリと笑う。

 そういうことか、と得心のいった少女。しかし、恩は恩であると肯いて見せ、改めて自身を指差す。


「4人目」

「んぐんぐ……じゃあ、いっしょにぼーけんするなかまだなー!」


 純粋な笑みで小猿が言う。もちろん、もぐもぐごっくんしてからだ。

 仲間、すなわちパーティである。

 冒険者として登録ができたとしても、第一関門として立ちはだかるのがパーティの結成だ。

 同じような駆け出しを見つけるか、ちょっと経験を積んだパーティが追加要員を欲さない限り、パーティを組むことは難しい。

 それが、まさか食事の席で満たされるとは。

 阿々大笑とはいかずとも、物静かなロリ年寄がクツクツと喉を鳴らす程度には稀有なものだ。


「少なくとも登用試験までは、だな。その後は相性もあるだろう」

「リアリストじゃな、青年。じゃが、実に合理的で好ましいぞ」

「おんがくせーのちがいならかいさんもやむをえないなー」

「食べ物の好き嫌いも仕方ない」

「すききらいはダメだなー!」

「ダメ。だから漬物も食べなきゃダメ」

「……あー!!」


 少女指導のもと、漬物を食べるハメになった小猿は「こ、これはたのしみにとっておいただけだからなー」などと言っているが苦手としているのはバレバレである。話の腰を折るような発言に天罰が下ったに違いない。

 ひと切れ含む度に口をすぼめる小猿は放っておいて、ロリ年寄は小さく咳払いを一つ。


「さて、一時的とは言え、苦楽を共にするのであれば名乗らん理由もないのう」


 どうじゃと言外に見渡せば、誰もが異論なしと肯いた。

 ならば言い出しっペから、とロリ年寄は胸に手を当てる。


「プロセラ・アターニタスじゃ。多少ではあるが、アコライトの心得があるぞい」

「シグレだ。諸々あってシーフをしてる。手先と口先には自信がある」

「ニーリィ。メイジ」

「デュラムはデュラムだぞー! パンチがとくいだぞー!」

「まだ残ってる」

「し、しってるぞー」


 ニーリィの視線を受けて再び酢漬けと格闘を始めたデュラムはさて置き、シグレは我が意を得たりと肯く。

 前衛の心配はしていなかったが、後衛がそれぞれに役割分担できるのは僥倖だ。実にバランス良好な駆け出し4人組である。

 言葉にこそ出さなかったが、これならばよほどのことがない限り次回以降もパーティを組んでもいいとシグレは思った。


「では、小僧が残さず皿を空けたら行くとしようか」

「そうだな」

「綺麗に食べるのも大事」

「おせちがからいなー……」


 こうしてレストラン『戦士の休息』にて、冒険者未満の4人パーティが誕生した。

 彼らはやがてそれなりの大冒険をすることになるのだが、それは後のお楽しみである。

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