第27話 ヒステリック

いよいよランクアップクエストの日。緊張する。汗が…。


「ケイリ、大丈夫? 足震えてるよ」

「え? あ、大、大丈夫、だから」


怖い。私のせいでランクアップ出来なかったらどうしよう。昨日も早めにベットに入ったけど全然眠れなかった。きっとまた足を引っ張っちゃう。怖い、逃げたい。


「緊張しなくていいよ。昨日ケイリが練ってくれた策通りにやれば必ず勝つよ。向こうは一人だけだし」


それよ。もし私の策が失敗して、みんながランクアップ出来なくなったら…。怖い! 手足が痺れてうまく動かない。喉が渇いてるのに、どうしてトイレに行きたいの?


「あの、トイレに、行きたい、です」

「ここで一番近いトイレはダンジョンの中にあります」


しまった…。トイレに行きたいなんて言うべきじゃなかった…。ダンジョンに入ったらクエストが始まる。皆が私に気を遣ってアシュリーとメアリーの出発が遅れてしまう。こんなにプレッシャーを感じるのは随分昔だったような気がする。


昔、お母さんの仕事を手伝ってた。お母さんは裁縫職人で服とか、アクセサリーとか、ぬいぐるみとかを作ったり、直したりするのがお仕事。お母んは完璧主義だ。それに、三ヶ月ごと、村々は新生児や新しい住民を対象に召喚師としての才能の有無を判定するテストが行われる。10歳の時私が裏山で召喚獣を召喚した以来、私達はテストから逃れるために引っ越しを繰り返してる。そのため、お父さんとお母さんは色々諦めてた。お母さんも最初の頃は良くしてくれた。大丈夫と言ってくれた。愛してると言ってくれた。私がお仕事を伝いたいと言ったあの日から全てが変わった。お母さんはヒステリックな人だと気づいた。

昔、お母さんはいつもキレててお父さんを罵ってた。お父さんはヘラヘラするから、気にしてないと思った。時々私もお母さんの真似をしてお父さんに酷いことを言ってた。でも、お母さんは完璧主義者だから、私もお仕事を手伝うと言ったあの日から、私は家での立場が変わった。罵る側から罵られる側に変わった。

元々はお仕事のことだけで怒鳴ったり、私が作ったことものを壊れたりしたけど、だんだん本音を漏れ始めた。


『あんたのせいで私はどんなに苦労したのがわかる?』と言われてショックだった。でも、お母さんがマジ切れする時は全然怒鳴らないの。


『ケイリ、これはなんだぁ?』

『ぬいぐるみだよ、お母さん』

『ケイリ、これはなんだぁ?』

『痛いよ、お母さん』

『ケイリ、これはなんだぁ?』


このように、明らかに怒ってるのに、怖い微笑みを浮かべながら私が作り直そうとするまで同じ言葉を吐き続けながら平手打ちしてくるの。

最初はお仕事のことだけ私を怒るけど、そのうちに些細なことまで怒るようになった。私が弁解しようとしたらすぐ叩かれる。お母さんが不機嫌な時何を言うようとたらすぐに叩かれちゃう。私はだんだん喋らなくなった。友達もないから別に喋らなくでもいい。一日中誰とも話さず過ごすのも珍しくなかった。


本当に辛かった。毎晩泣き寝入りしてた。まだ幼かった私はこう考え始めてた。魔物や貧困、飢えや病気で苦しんでる人は大勢いる。私は幸せよ。そう、幸せ。自分にそう思わせようとした。それに、お母さんもいつかきっと昔のように私を愛してくれると信じようとした。


そして、私達は母方の祖母の家に引っ越した。引っ越す前にお母さんからおばあちゃんの悪口を一杯聞かされた。悪い男に金を騙されたり、お母さんにあげるはずの物を知らない子供にあげたりしたとか。


おばあちゃんは多分お母さんが言ってた通りの人だと私は思ってる。ただ、おばあちゃんはなんか私を憐れんでた。でも、あの頃の私は自分が幸せだと思いこませようとしてたから、おばあちゃんと距離を保ってた。しかし、おばあちゃんが言ってた事はあの時の私にも聞き入れた。友達のない私の幻想を膨らませた言葉だった。私はおばあちゃんに心を開いた。おばあちゃんが教えてくれた魔法の言葉は今でも私を支えてくれる。


おばあちゃんは私達が引っ越し来てから二ヶ月足らずで亡くなった。毎日お母さんと喧嘩したから仕方ないことだと私は思ってる。


そのあと、私達はお母さんの昔の親友の屋敷に引っ越すことになった。引っ越す前にずっと気になってた、ヒステリックなお母さんが親友出来るなんて。そもそもお父さんはどうしてお母さんと結婚したのか。お母さんの親友に会って分かったような気がした。親友の前のお母さんは昔の、優しいお母さんだった。私は諦めた。お母さんは一度でもキレた相手にもう優しくしない。


この屋敷の主人は騎士だ。息子のカイルも騎士を目指してる。幸せそうに見える。あたしは彼ほど幸せではないけど、私も幸せ。幸せ者同士、きっと友達になれる。大人が話してる時、カイルが話しかけて来た。おばあちゃんが教えてくれたことを応用して、カイルと話をしようと思ったのに、声が全然出なかった。気づいたら、私はお母さんだけでなく、他の人と会話することもできなくなった。

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