第八章 悪巧み(1)






 *




 獅童小向奪取のために智貴が立てた作戦は、非常にシンプルなものだった。


 悠馬の厄介なところは草薙財閥の持つ力を、自分の物のように扱えることである。それをちらつかせることで、否応なく周りを従わせているのだ。ならばその力を使えなくさせてやればいい。


 方法は簡単。悠馬を挑発して、あえて問題を起こさせる。そして演習場でやったようにその問題を大きくして、それを悠馬が引き起こした物であると証明してやればいいのだ。


 そうすれば悠馬は草薙財閥から乖離されて、強権を使えなくなる。


 最悪、悠馬が学園から消える必要が出てくるかもしれないが、そんなことは知ったことではない。自業自得にさえ思う。


 そしてその挑発行為は、今のところうまくいっている。


 病院で喜咲にコスプレさせてのボランティア。近場の商店街でも、姫乃を加えた上でメイドの格好でビラ配り。これらは見た目のインパクトもあって、喜咲のチーム、その知名度を上げることに貢献させた。


 更に死都を囲う防壁の周囲を巡回して、超えてきた悪魔を倒す。これは本来死都自衛隊の役目だが、喜咲たちがこなすことでその知名度を高める糧としている。その際、智貴の修羅閃刃を魔術器官と嘯いて戦闘することで、妖混じりが悪魔討伐に貢献しているとアピール。妖混じりの悪い印象を利用して、逆に周囲から関心を買うよう誘導する。


 これらの売名行為によって、今やこの周辺は喜咲の未完成のチームの話題で持ちきりだ。


 悠馬のチームも死都で多数の悪魔を撃破するなどしてなかなかの功績を上げているが、喜咲のチームに比べればどうしても話題性では劣ってしまう。自尊心の高い悠馬には許し難い状況だろう。


 これらの行為を続けていれば、悠馬がなにかしらのリアクションを起こすのは間違いない。


 後は綾香の件さえクリアすれば、小向の勧誘は可能となる。


 ならば今考えるべきは悠馬への挑発ではなく、綾香を治すための方法だ。そして今、智貴はそのための話し合いをするため、高等部の校舎。その屋上へやってきていた。


 時刻は昼前。一般の生徒たちは、最後の授業を受けている頃だ。ひそひそ話をするには、場所も時間も最適である。


「……で、その話し合いをするのはいいんだけど、喜咲ちゃんと誠二君は呼ばなくていいの?」


 話し合いの場に呼んだのは姫乃一人。屋上は立ち入り禁止になっているため、自然、この場には智貴と姫乃の二人だけとなる。


「ま、まさかトモ君。話し合いってのはただの口実で、本当は私に乱暴するつもりなんじゃ! エロ同人みたいに!」

「そう言うのは肉体年齢を十歳増やしてから出直して来い……あの二人を呼んでないのは、前にも言ったようにアイツらがまるで腹芸できないからだよ。だからボランティアとかの本当の狙いも伝えてねーんだし」

「でもトモ君は喜咲ちゃんのそう言うところにぞっこんなんでしょう?」

「ぞっこんとか言ってるんじゃねーよ!」

「嫌がりながらも否定しないところは可愛いよねー」

「うるせえ!」


 智貴が叫んで右腕を突き出すが、姫乃はそれを読んでいたように屈んで回避する。舌打ちする智貴に、姫乃は不敵な笑みを浮かべてみせた。


「フッ。まだまだね、トモ君。激昂したせいで攻撃が大振りに――――」

「天堂一刀流奥義の序『修羅閃刃』」

「え? わ、それ駄目! ひ、卑怯だよ! 一般人相手にそんなチート技……わきゃぁぁぁぁ!」


 奥義まで使用した激しい攻防の末、顔面を掴まれて宙吊りされる姫乃の姿があった。


「よし、じゃあ上下関係をはっきりさせたところで本題に戻るとするか」

「うぅ、汚されたー。喜咲ちゃんに言いつけてやる……」

「神宮に言ったら今度は凝る暴食を発動させた上で、同じことするからな」

「それ死刑宣言じゃん! 圧政にもほどがあるよ、民衆にもっと自由を!」

「人を憤死させるような自由など滅びてしまえ……つーか、そろそろマジで本題いくぞ」


 床に座り込んで泣き真似を始める姫乃。智貴は呆れたように言って、今度こそ話を切り替える。


「それで、前に頼んでた金田綾香のカルテは手に入ったか?」

「……えーと、ごめん。それはまだ手に入ってない」

「あん? アンタが本気を出したら一時間もかからず手に入れられるとか言ってなかったか?」

「それはデータ上にカルテがあったらの話だよ。でも綾ちゃんのカルテはデータ化されていないか、もしくは外部ネットから切り離されて管理されてるみたいで……」

「なるほど。自称スーパーハッカ―(笑)じゃ手も足も出ないってか」

「じ、自称じゃないもん! 本当にスーパーハカ―だもん! 私が入手できなかったのはハッキングじゃどうにかならないからだもん!」

「つまりアンタの言うスーパーハッカ―ってのはその程度の存在って事だろ」


 さっきの仕返しとばかりに、智貴が悪意を込めてそう言うと、姫乃のあたりからなにかが切れるような音が聞こえた気がした。


「……カッチーン。ウフフフフ、フフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフ!」


 姫乃は急に顔を俯け向けると不気味な声で笑い出した。正直ドン引きするぐらい不気味である。


 少々言いすぎだっただろうか。


「いいよ。いいですわ。そこまで言うならやってみせようじゃない」

「……やってみせるって、なにをだ?」

「綾ちゃんのカルテの入手だよ! こうなったら全ての禁じ手を開放してでも手に入れて、トモ君をギャフンと言わせて見せるからね!」

「あー、うん。なんつーか、騒ぎにならない程度で頑張ってくれ」

「やってやる、やってやるぞー! 例え人死にが出ても完遂してみせるぞー!」


 智貴の諭すような言葉が聞こえているのかどうか。姫乃は拳を握って闘志を燃やしている。


 姫乃が問題を起こして、チームの悪名を高めてしまうのはマズいのだが……姫乃もそのことはわかっている……はずだ。


 智貴が密かに心配していると、不意に姫乃は動きを止めた。それから不思議そうな視線を智貴に向けてくる。


「……そう言えばずっと聞きそびれてたんだけど、綾ちゃんのカルテなんか手に入れてどうするの? 欲情するの?」

「二言目にそれが出てくるって、どういう思考回路してんだよ……じゃなくて、言っただろ。カルテがあれば他の病院に連れて行きやすくなるだろ」

「でもこの病院で治せないのに、他の病院に移しても変わらないんじゃない?」


 金田綾香は妖混じりだ。そして妖混じりは魔術器官と言う、普通の人間にはない生体器官を持っている。そのせいで一般の病院では治療できないこともよくあるのだ。


 そして間宮学園大学付属病院は世界でも有数の、妖混じりの治療や悪魔から受けた傷を治す事を専門とする病院である。


 ここで綾香の治療ができないなら、他の病院でも結果は変わらない。そのはずだが、


「どうだかな」


 智貴はつまらなそうに、しかしはっきりとそう言った。


「どういうこと?」

「そのままの意味だよ。他の病院なら、存外簡単に治せるかもしれないぜ」

「……どうしてそう思うの?」

「簡単な話だ。金田綾香の意識が戻らなければ、その治療を対価に獅童を引き留めておける。草薙悠馬にとって今の状況を維持し続けるのが、奴にとっての最善手なんだ。だったらあえて金田綾香を昏睡状態のまましておいても、なんら不思議はないだろ」

「………………」


 智貴の言葉を受けて、姫乃が沈黙してしまう。


 気分を害したのだろうか。いや、おそらく違う。


 普段こそふざけているが、姫乃は馬鹿ではない。むしろ分析能力や判断力などは優れている方だろう。


 そんな姫乃が、こんな簡単な可能性に思い至らないわけがない。


 それでもそれを口にしようとしなかったのは、ひとえに考えたくなかったからだろう。


 小向の行いが無駄であると、気付きたくなかったから。


 智貴の考えが間違っていなければ、悠馬が綾香を治すことは永遠にない。ならば綾香を治すために苦行に身を晒す小向の行為は無駄以外の何物でもない。


「……そういえば、アンタはどうして獅童を助けたいんだ?」


 不意に、智貴が話題を切り変える。


 唐突な話題転換に、姫乃が「ふぇ?」と奇妙な声を上げた。


「どうしたの、唐突に?」

「いや、ちょっと気になっただけだ」


 嘘ではない。ただ言語化していない理由として、なんとなく姫乃が辛そうに見えたから、と言う物もあるだけだ。


「誰かを助けるのに理由がいるかい?」

「それ、言いたいだけだよな?」

「もちろん言いたいだけです……真面目に答えると友達だからだよ。って言うか、そんな不思議なことでもないと思うけど」


 確かにそれは別段特殊なことではないのだろう。しかし智貴が言いたいのはそう言う事ではない。


「いや、獅童の話だとアンタはアイツが妖混じりだって、わかっていて近づいたって感じだったからよ。しかもアイツが自覚する前に」


 それは普通にわかるようなことなのだろうか。少なくとも、先日受けたミニム・マルクスの説明の中にそう言ったものはなかったように思える。


「……んー、前にも言ったけど、私ってミニム・マルクスの中でもちょっと特殊な部類なの。だからそう言う魔力の違いみたいのがわかるの。だから実は喜咲ちゃんがエルフだってことや、トモ君が魔王の断片だってことも最初から気付いてたんだよね」


 コレには智貴も驚く。まさか最初から正体がばれているとは思わなかったからだ。


「いや、ちょっと待てよ。じゃあなんだ、アンタ、俺が魔王の断片だってわかってて、それで獅童を助けさせようとしたのか? 俺がなにをしでかしたか、アンタも知らないわけじゃないんだろう?」

「私たちのいた世界を滅ぼしたこと? でもそれってトモ君がやろうと思ってやったわけじゃないでしょう? って言うか、その後に世界ごと魔王も砕けて、それでトモ君が生まれたわけだから、ぶっちゃけトモ君と世界崩壊はあんまり関係なくない?」


 確かに世界を滅ぼしたと言う魔王と、智貴は同じ存在とは言い難いのかもしれない。だが言葉の上ではそうであっても、それをすんなり受け入れることができるかは別問題だろう。


「それに口は悪いけど、初対面のヒナちゃんを助けようとしてた時点でいい人なの確実なわけで。だったら信頼できないことなんてあるだろうか、いや、ないね!」


 はっきりと断言されて、智貴は顔をしかめて目を逸らす。


「あれれー? トモ君顔が赤いよ? どうしたのかなー?」

「……それ絶対わかってて言ってるよな? 滅茶苦茶棒読みだぞ」

「ニヒヒヒヒ」


 智貴が睨みつけると、姫乃が楽しそうに笑みを浮かべてみせる。


 完全に彼女の掌の上であることを自覚して、智貴はバツが悪そうに舌打ちする。そして姫乃の視線から逃げるように背を向けた。


「あれ? トモ君、怒っちゃった? それとも照れちゃった?」

「どっちもちげーよ。アンタへの用事が終わったから、次行くだけだ」

「次? 私は手伝わなくていいの?」

「いや、だから。アンタは金田のカルテを手に入れるって仕事があるだろうが。次の用事はそれとは別件なんだよ」

「そっか」

「そっかって……なにをするつもりなのか聞かないのか?」

「だってそれもヒナちゃんを助けるための作戦の一環なんでしょ? で、わざわざ説明しないって言う事はわざわざ私に説明するようなことでもない。なら別に聞かなくても問題ないし」

「……そうかい」


 どうやらさっきの言葉通り、姫乃は智貴を信頼しているらしい。


 さっきの仕返しに、なにをするつもりなのか聞かれたら「教えてやらねー」と言ってやるつもりだったのだが。どうやらそれは叶わぬ夢のようだ。


 と言うか、さっきから背後でものすごくニタニタと笑っている気配がある。おそらくそんな智貴の内心も筒抜けなのだろう。


 智貴はますます顔をしかめると、足早に屋上を去るのだった。






 *




 次なる作戦を実行するため、姫乃の元を離れた智貴だったが、その思惑とは反して彼は広場のベンチでパンを貪っていた。以前喜咲と待ち合わせをして、ボイコットした場所だ。


 腹が減っては戦はできぬ……ではなく、単純に時間が空いてしまったため、暇潰しもかねて食事をしているのである。


 姫乃と別れた後、智貴は初に会おうと連絡を取った。しかし唐突な話であったため、直ぐに時間を取れず、こうして待つ羽目になったのだ。


「……こんなことなら、昨日の内に連絡しておけばよかったぜ」


 そうは言っても、まともな友人もいなければ、ただの高校生でしかない智貴に、わざわざアポイントメントを取ってから向かうなどと言う発想が出ないのも仕方がない。


 次回があればこのような失敗はしないようにしよう。智貴はそう反省しながら、本日十二個目となる菓子パンの封を開いた。


「……君はこんなところでなにをやっているんだ?」

「おお、これはこれは。あれだけ派手に啖呵を切っておきながら、雑魚みたく俺にぼろ負けした誠二君じゃないか」

「なんだい、今この場でリベンジして欲しいなら素直にそう言ってくれないかな? さもないと闇討ちして君を亡き者にしたくなってしまうよ」

「冗談だって。そんな怒るなよ」


 歩いていた足を止めて頬を引きつらせる誠二を、智貴がなだめる。


「んで、なんでアンタがここにいるんだ? アンタと神宮は確か商店街の方でボランティアをする予定じゃなかったか?」

「……僕の方が先に質問したはずなんだけどね」

「細かいことは気にするな」


 誠二が顔を俯けてため息をつく。顔を起こして智貴を見る彼の眼にはもう怒りはない。代わりにそこにあるのは諦観のようだった。


「神宮さんは忘れ物を取りに寮に戻ったんだよ。僕は一足先に合流地点に指定されたこの場所に来て、無表情で大量のパンを消費していく目つきの悪い男を見つけたんだ」


 シュールと言うよりもはやホラーの領域だ、と付け加えられて智貴がかすかに眉を顰める。


 確かに自分の今の状況は客観的にみると、非常に不可解な物だろう。今後の予定について考えていた為、完全に失念していた。


 そんな智貴の反応に、誠二はやや満足したように鼻を鳴らす。そして智貴の横に腰を下ろした。


「……意外だな」

「なにがだい?」

「いや、なんつーか座ることを勧めても、俺の隣なんざ絶対座らんとか言いそうじゃん」

「正直に言えば、君の言う通りのことを思っているよ。でも聞きたいことがあったからね」

「ますます意外だな。俺になにを聞きたいんだ?」


 誠二からしてみれば智貴は恋敵のような存在だ。そんな相手と腰を据えて話をしようとするタイプには見えないのだが。


 智貴がそんなことを考えていると、誠二は馬鹿にするような、あるいは呆れたような視線を向けてくる。


「……神宮さんとなんであんなに親しいのか、君が持つと言う魔術器官はなんなのか、聞きたいことは山のようにあるよ。君は自分が特異な存在だって自覚がないのかい?」

「特異っつってもなあ……魔術器官を持つのと、頭のおかしい剣術をかじっている以外はごくごく普通の男子高校生だぜ?」

「いや、その二つを抜いても十分特異……まあいいさ。それより今僕が一番聞きたいのは、君が今言った頭のおかしい剣術についてだ。天堂一刀流とか言ったかい? あれはなんなんなのかな?」

「なんなのかなって……そうだな。俺も詳しくは知らないねーんだけど」


 お茶でのどを潤してから、智貴が答える。


「天堂一刀流ってのは、なんでも刀一本で悪魔と戦うために考えられた剣術らしい」


 師匠に言われた言葉を思い出しながら、智貴が説明する。聞いた当初は眉唾物だと思っていたが、こんな事態になっていることを思えば、あながち嘘ではなかったのかもしれない。


「対悪魔戦を想定した剣術だから、納めれば魔術機なんかなくても悪魔と戦えるようになるんじゃねえか? 俺が使った修羅閃刃は奥義の序。あれ以外にも奥義は二つあって、それを覚えれば刀一本で中位クラスの悪魔だったら倒せると思うぞ」

「君はその二つの奥義は覚えていないのかい?」

「覚える前に母親が死んだり色々あったからなあ……それにそこまで覚える必要がそもそもなかったし」

「母親が……なんと言うか、すまない。変なことを聞いたみたいだ」


 神妙な顔つきになる誠二に、智貴は気にするなとばかりに手をヒラヒラさせた。


「で、天堂一刀流の話なんか聞いてどうすんだ? まさか学びたいとか言い出すんじゃないだろうな?」

「そのまさかだよ。神宮さんのチームに入るなら、もっと力が必要だ。僕はもっと強くなりたいんだ」

「無理だからやめとけ」

「君にできたなら僕だってできるはずだ!」


 ばっさり切り捨てられたせいか、はたまた喜咲への思いがそうさせるのか、誠二が身を乗り出してそう言う。


 言われた智貴は渋い顔だ。


「頼む、穂群。僕に天堂一刀流を教えてくれ。君に無理だって言うなら、師事できる人を紹介してくれるだけでもいい。そうすれば後は僕が――――」


 熱くなっているせいかどんどん近づいてくる誠二の顔。智貴はそれを手で制するとともに、一言だけ呟いた。


「修羅閃刃」

「え?」

「だから修羅閃刃だよ。あれ、どうやって覚えるか教えてやる」


 パァァァァ、と明るくなる誠二の表情。しかし対照的に、教えると言った智貴の表情は死刑宣告する判事のような無情なものだった。


「基礎を簡単に覚えさせて崖から突き落とす。以上」

「………………は?」


 あまりに短い説明に、誠二は五秒ほど反応が遅れた。


「だから簡単な理屈と体の動かし方だけ教えて、後は崖から突き落とすだけって言ってるんだよ」

「そ、それは本当に正しい教え方なのかい?」

「ああ。俺の姉弟子も、師匠も、そのまた師匠も全員そうやって覚えたらしいぞ。ちなみに成功率は一割切ってるとか。医療技術が今ほど進んでない昔は死人も出たって話だ。ちなみに修羅閃刃はこれでも難易度はイージーらしい。他の二つはもっとアホみたいな方法で覚えるんだと」

「君もその方法で修羅閃刃を覚えたのかい?」

「ああ。ついでに言えば、俺が修羅閃刃を覚えたのは十歳になる前だ。なんでも吸収の早い幼少時から基礎をやっとかねーと覚えられないような技ばっからしいからな。多分、アンタが今から覚えようとしたら、十年以上かかるんじゃないか?」


 しかもそれまで無事でいられれば、という但し書き付き。


 誠二もやっと自分がどれだけ無謀な要求をしているのか理解できたようだ。なにかを言おうとするが、言葉にできないようで口をパクパクさせている。


「だから最初に言っただろう、頭のおかしい剣術だって。まともな神経で覚えられるような代物じゃねーんだよ。ましてや確実に神宮を助けたいって思うなら、手を出すのは止めとけ。最悪、助けるどころかアイツを悲しませる結果になるぞ」


 それは喜咲も望まないはずだ。誠二もそれをわかっているのだろう。それ以上、天堂一刀流を教えてくれと言わず、うなだれたまま身を引いた。


「食うか?」


 そんな誠二を励ますようにパンを差し出すが、誠二は黙って首を横に振ってみせた。


 智貴はパンを引っ込めて、自分の口にそれを突っ込む。


 しばらく気まずい沈黙が二人の間を支配した。


 たまたま前を通りがかった生徒がそんな智貴たちを見つけてぎょっとした後、足早に去っていく。


「最高にマズい食事だな」


 何故自分はこんなところで食事を取り出したのだろうか。もっと人通りのないところを選べばよかった。


 地味に後悔しながら、しかし新たな封を切ってパンを咀嚼していく。


 マズい食事でも食事は食事。パンくず一かけらでも残すのはもったいない。


「……君はどうして天堂一刀流なんか学んだんだい?」


 そんな風に智貴が一人、謎の闘志を燃やしていると、不意に誠二がそんなことを聞いてきた。


「急になんだ。へこんでたんじゃないのか?」

「落ち込みはしたけど、ある程度は予想できてたからね。君が思ってるほどダメージはないよ」

「そうかい」

「それで君はなんで天堂一刀流を学んだんだい? 学ぶのはかなり大変な剣術なんだろう」


 再度問われて、智貴が視線を広場に向ける。するとそこを歩いていた生徒たちが、蜘蛛の子を散らしたように逃げていく。


 今までの活動で智貴の評価は上がっているはずだが、同時に悠馬に目を付けられていることも浮き彫りになったようで、こうして避けられているのだ。


「……いつもこんな感じだったんだよ」

「なにがだい?」

「十年前の俺の周りさ。魔術器官って名前は当時は知られてなかったけど、俺がなんか変な力を持ってるってのは周知の事実だったからな。そのせいで、今みたいに他人には避けられっぱなしだった。だから天堂一刀流を学んだんだよ」

「いまいち文脈が繋がってなくないかい?」

「魔術器官を持ってないアンタにはわかりにくいかもしれないけどな、魔術器官を制御する一番の方法ってなんだかわかるか?」

「いや」

「なに、簡単なことだよ。魔術器官を怖がらないことさ。俺はそれができなくて魔術器官の制御ができなかった。つまり精神が弱かったんだよ。で、精神を鍛えるなら格闘技を学ぶのが一番ってうちの爺さんが言い出してな。それで爺さんがやってた剣術を学ぶことになったんだ」


 そしてそれが天童一刀流だった、と言うことだ、と説明する。


「崖から突き落とされたり、熊と木刀で戦わされたり、後はなんだったか……まぁ、そんな風にしてメンタルを鍛えたわけだ。もっとも、メンタルが強くなったらなったで、今度は周りが自分のことをどう思っても気にならなくなったけどな」


 周りに怖がられるのが嫌で始めた天堂一刀流。しかしいざ問題が解決してみれば、問題自体が気にならなくなっていたのだから、皮肉と言えば皮肉かもしれない。


「……君はすごいな」


 感心したように呟いて、誠二が席を立つ。


「なんだ、行くのか?」

「ああ、さっき神宮さんから連絡があったからね。君と並んで彼女を待ちたくない」

「随分と嫌われたもんだなあ」

「君が僕にしたことを思えば当然だろう」

「衆目の前でアンタをボコったことなら気にするなって」

「そうやってすぐ蒸し返すところが嫌いなんだ!」


 誠二は思い切り怒鳴りつけた後、拗ねるように背を向けてしまう。


 やはり喜咲同様、彼も実にからかいがいのある人間である。


「……一応、撤回しておくよ。喜咲さんに、君をチームに入れるのはデメリットが大きいから止めた方がいいと言ったことについては。君のその強さは、彼女にとっても十分有益なものだ」


 だけど、と誠二は強く前置きしてから、顔だけ振り返って智貴を睨みつける。


「だけど撤回するだけだ。僕たちに仕事を押し付けてさぼっている以上、僕は君のことが気に食わない。そこにたとえどんな思惑があったとしても、だ」


 言いたいことを言って満足したのか、鼻を鳴らして誠二が正面を向く。そして怒りを感じさせる足取りでその場を後にした。


 あっけにとられたように智貴がそんな後姿を見送っていると、仮想ウィンドウが勝手に表示され、一件のメッセージを着信した旨が表示されていた。


 手動で開いてみれば、初からの物だ。どうやら間もなく面会できるらしい。


 智貴はベンチから立ち上がる。そして初の元へ向かう前に、誠二が歩いて行った方向を見る。


「……思ってた以上に、アイツは面白い奴なのかもしれないな」


 どこか楽しげにそう呟くと、智貴は反対方向に向かって歩き出した。







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