第七章 引かれ者の小向Ⅱ(1)
*
艶のない緑がかったリノリウムの廊下を、小向は花束を片手に歩いていた。
彼女が今いるのは大学部領の端、間宮学園大学附属病院である。
悠馬やアスガルドのメンバーはここにはいない。今頃は演習場で戦闘訓練をしているはずだ。
小向が単独でここにいるのは単純に、訓練をしても仕方がないからである。小向は魔術器官の関係で、魔術機はほぼ扱えない。そもそも回復役である彼女を前衛にするわけにもいかず、彼女が直接戦闘をすることはめったにないのだ。更に言えば性格的に戦闘にも向かず、訓練であればメンバーが怪我をすることもまずない。その為、すぐに連絡を取れるようにすることを条件に、こうして単独で行動することを許されている。
「あ、こんにちは」
通りがかった看護師の女性に頭を下げる。しかし看護師はぎょっと目を見開いた後、軽く目礼だけすると足早に小向の元から去ってしまう。
「…………はぁ」
明らかに避けられている態度に、小向は小さく溜息をつく。
小向が妖混じりであることは、この病院に勤めている者ならば誰もが知っている。加えて言えば、彼女は世にも珍しい回復魔術師だ。医療にかかわる者であれば、彼女の魔術に興味を持たない者はいない。
それが何故こうも遠巻きにされているかと言えば、この病院の院長が草薙財閥の御曹司。悠馬の血縁者だからだ。
小向によからぬ感情を持って近づく者は、それが察知されるなり悠馬が院長を通じて首を飛ばしてしまうのである。
そのせいで小向には害意はまるでないにもかかわらず、学園以上に居心地の悪い場所となっていた。
もう一度ため息をついて、気分を変えるように窓の外を見る。
窓の外には壁に囲まれた庭が広がっており、入院患者や、その見舞客などがさんさんと降り注ぐ日光を浴びていた。そしてそんな人々に紛れて、奇妙な影がある事に気付いて、小向は思わず足を止める。
「ボランティアかな……?」
小向の視線の先にいるのは学園の制服を着た少年だ。ここからでは顔は見えないが、代わりに左手にゴミの詰まったビニール袋が見える。どうも庭のゴミ拾いをしているらしい。
間宮学園はいわば兵士養成所だ。訓練や、息抜きで遊んだりすることはあっても、ボランティアと言った福祉活動を行う者はあまりいない。
そんなことを考えていると、不意に前方から奇妙な声が聞こえて来て、小向は思わずそちらを見た。
「ああ、もう! なんで私がこんなことしなくちゃいけないのよ……!」
「まぁ、そう言わずに。患者の方々も喜んでくれていたじゃありませんか」
「それは、まあ、悪い気はしないけど……と言うか、そもそも会話の必要がないって言うからこっちの仕事を選択したのに、なんで行く先行く先で声をかけられるのよ」
「それはやはり喜咲様の見た目がいいからでしょう。そのヘッドホンとコミュ障であることを除けば、間違いなく美少女ではありますからね」
「……なにかしら、その微妙に喜べない賛辞は……って、あ」
妙な会話をしながら、二人の女性が曲がり角から姿を現す。
一人はメイド服に身を包んだ、紫のサイドテールをした妙齢の女性、エルミール。
そしてもう一人はシーツやタオルの乗ったワゴンを押す、ナース服の格好をした喜咲だった。しかも着ているナース服はワンピース型なのだが、やたらとスカートの丈が短い。悪い言い方をすれば、いかがわしい店などに置いてありそうなナース服である。
「し、獅童小向! な、なな、なんでアナタがここにいるのよ!」
素っ頓狂な声を上げて、喜咲がその姿をワゴンの陰に隠してしまう。
どうやら自分が恥ずかしい恰好をしていると言う自覚はあるらしい。と言うか、恥ずかしいならなんでそんな恰好をしているのか。いや、そもそも彼女がどうしてここにいるのか。あと自分の名前を憶えているとは思わなかった、ちょっと嬉しい。
様々な疑問や、それ以外の感情。色々な思考が一度に大量に沸いて出て、小向はなんと声をかけるべきか悩んでしまう。
「あら、小向様。こんにちは。今日もお見舞いですか?」
「あ、はい。こんにちはです、エルミールさん……そのエルミールさんたちはなにを……?」
喜咲の今の状態で会話が成り立つのか、正直言って疑問だ。そこで話しかけてきたエルミールに、疑問の矛先を切り替える。
「私の方はいつも通り、病院の視察ですわ。喜咲様の方はボランティアです」
「ボランティア?」
「ええ、なんでもメンバー集めの一環として、こうしてあちこちでボランティア活動をしているんだそうですわ」
「それはなんと言うか……非常に地道な作業ですね」
そもそもそんなことでメンバーが集まるんだろうか。
喜咲のチームに人が集まらないのは、喜咲の目的が未踏破領域と言う危険なものであること。そして穂群智貴と言う妖混じりがいると言う、世間体。更にとどめとして、悠馬の妨害があるからだ。
それらの障害は、ボランティア活動程度ではビクともしないように思える。
「えっと、それで……神宮さんのその格好は? 神宮さん、看護師の資格持ってるんですか?」
しかし小向の口から出た疑問は、考えていた物とは違うものだった。
我ながら臆病な話だと思うが、どうにも核心部分について尋ねることが苦手なのだ。特にそれが相手にとって重要なことだと分かっていればなおさらである。
自分のヘタレ具合に小向が密かに落ち込んでいると、喜咲が恥ずかしそうにしながら、ワゴンから顔を覗かせてきた。
「……看護師の資格なんか持ってるわけないわ。私がこの服を着てるのは……穂群と鹿倉に騙されたからよ」
「騙されたと言うか、口車に乗せられたのでは? そもそもその服を着ればメンバーが集まりやすくなるなんて戯言を、容易く信じる方がどうかしているかと」
「し、仕方ないじゃない! あの時はあの二人が言ってることが正しく聞こえたんだから……ああ、もう! あの時の私をぶん殴ってやりたいわ! と言うか、穂群と鹿倉はどこ行ったのよ! 遠藤と私にだけ仕事を押し付けて……!」
どうやらチーム結成前から、メンバーに苦労させられているらしい。
苦労性、と言うよりは智貴と姫乃が問題児なのだろう。そう思うと、小向は思わずクスリと笑ってしまう。
「姫ちゃんは相変わらずなんだな……あ、ごめんなさい」
睨まれて小向が思わず謝ると、喜咲がかすかに怯んでしまう。
「あ、いえ。こっちの方こそ、睨んでごめんなさい」
一瞬、気まずそうに静かになった。
「喜咲様、そろそろ仕事に戻りませんと。まだ予定の半分ほどしか仕事は終わってませんので……それでは小向様、金田様によろしくお伝えくださいませ」
エルミールが一礼して、小向に背を向ける。喜咲も一度頭を下げると、ワゴンを押してその背を追いかけて行く。
小向はしばらく、そんな二人の背を眺めていた。
「神宮さんのところは楽しそうだな……」
自分の所とは大違いだ。だがそれを羨ましいとは思わない。
そもそも今のこんな境遇にいるのは、自分の失敗が原因なのだから。
あの時「彼女」を助けられなかった自分への、当然の報いなのだから。
*
喜咲たちと別れた後、小向は目的地に到着した。
『605 金田綾香様』
個人用の病室である。
小向は一度大きく深呼吸すると、ドアをノックする。
当然ながら返事はない。いつも通りそれに落胆してから、小向は扉を開けた。
病室の中では、窓からさす日差しを受けて、一人の少女がベッドに横たわっている。
肩まで伸びた栗色の髪に、同色の猫のような耳を頭部に持つ少女だ。人間のそれと同じ耳も付いており、数だけなら四つも耳を持っている。言うまでもなく魔術器官だ。
少女は死んだようにピクリとも動かず眠り続けており、そんな少女の腕には点滴の針が刺さっている。
一昨日も、昨日も。そして多分、これからも。
「こんにちは、綾ちゃん。今日もお花変えておくね……綾ちゃんは花より食べ物の方がよかったかもしれないけど」
言いながら部屋に入っていく。
取っ手から手を離せば、ゆっくりと扉が閉まっていき――それが完全に締まる前に何者かが扉を掴んでそれを阻んだ。
扉を掴む音に小向が驚いて振り返ってみれば、そこには思いもよらぬ人物が立っている。
「なるほどな。アンタが草薙に従ってるのは、コイツが原因か」
病院でボランティアを働いている神宮喜咲、そのチームメンバーである穂群智貴が、そこにいた。
「アナタは、穂群君? な、なんでここにいるの?」
「ああ、ちょっとアンタに用事があってな。知り合いに頼んでここを教えてもらったんだ。つーか、よく俺の名前知ってたな」
「よくもなにも、穂群君はその……色々と有名ですから」
妖混じりとして、とは言い辛くて小向はとっさに言葉を濁す。
だが小向の意図がわかっているのか、智貴は苦笑して肩を竦めてみせた。なんとなく気まずくなって、小向は視線を逸らしてしまう。
「ところで知り合いって……姫ちゃんのことですか?」
「まあな。てか、姫ちゃん……アイツのこと、そんな風に呼んでるんだな」
思わず愛称で呼んでしまったことに気付いて、小向は頬を朱に染める。子供っぽいと思われてしまっただろうか。
そんな小向に、智貴は再度苦笑しながら病室に入ると、ベッドで寝ている少女に視線を向けた。
「で、アンタが綾ちゃんって呼んでたコイツは誰なんだ?」
「それは……」
問われて小向が言いよどむ。
あまり人に言いたい話ではないと言うのもあるが、悠馬の耳に入ると彼の機嫌が悪くなると言うのも理由の一つだ。
「ああ、草薙の事なら気にしなくても大丈夫だぜ。病院の内部と周囲五百メートル以内に悠馬のチームメイトはいないし。この部屋の監視カメラは切ってあるから、この会話も記録には残らねーんだってよ」
「……それも姫ちゃんが?」
「ああ、なんでも悪戯できるようにハッキング技術は毎夜鍛えてるんだとさ」
「姫ちゃんらしいですね」
そう言って二人で笑いあう。
「……でもこの間はハッキング失敗して、シャッターは開けられなかったんだよな」
「うん? なにか言いました?」
「いや、なにも」
「はあ……そういえば、姫ちゃんは綾ちゃんのことはなにも言ってなかったんですか?」
姫乃が喜咲たちのチームに入ったのは二週間も前の話だ。
どういう流れでそうなったのかはわからないが、わざわざここのことを教えるぐらいならすでに事情を教えていてもおかしくない。
なにせ姫乃も、綾香がこうなった所を間近で見た当事者なのだから。
「ん? ああ、なにも聞いてないな。なんでもこういうのは本人から聞くべきだとかなんとか」
「そうですか……」
確かにその通りだろう。むしろ小向に話させるために、このタイミングで智貴を寄越したに違いない。
それにどんな意味があるのかまではわからないが、しかし姫乃が必要だと考えたのなら、それに応えたい。
わかりました、と小向は頷くと、覚悟を決めて智貴を見た。
*
「私と一緒にいようよ。きっとその方が楽しいよ!」
彼女はそう言って手を取ってくれた。
そして人間であることを忘れていた少女は、自分が何者かを思い出す。
だから彼女は、少女にとって恩人で、少女にとってかけがえのない存在だった。
獅童小向は孤児だった。
家族も家も、地獄変によって失った。
ひょっとすれば親戚を頼れば、それらは新しく手に入れることができたのかもしれない。しかし小向は当時六歳。そんな知恵を持つには幼すぎた。
そんな彼女が流れ着いたのは、似たような者たちが集まる
犯罪者、孤児。あるいは地獄変を機に人生をやり直そうと思った変わり者。
様々な理由から、まともな家族もなく、支援を受けられない者たちが集まる場所。そこに彼女はいた。
色鮮やかな桜色の髪を、ツーサイドアップに結った、花が咲いたような笑顔の少女。
「私の名前は鹿倉姫乃。気さくに姫ちゃんって呼んでくれていいよ。なんならお姉ちゃんでも可!」
それが鹿倉姫乃との出会いである。
小向と似たような境遇の子は他にも何人かいた。姫乃はそんな子たちの世話も焼いていたが、その中でも小向のことを殊更可愛がっていた。
それは幼い小向にも理解できるほどで、不思議に思った小向は一度だけ姫乃に聞いたことがある。
「なんで姫ちゃんは、ヒナに優しくしてくれるの?」
「それはもちろんヒナちゃんがかわいいからだよ」
「でもりんくんも、あいちゃんも、れいじくんも、きらりちゃんもかわいいよ? でも姫ちゃんはヒナだけなんだか……なんだか違うよ?」
「それはあれだよ。ヒナちゃんの持ってるぬいぐるみ。三つある中で犬さんのが一番大好きでしょ? それと同じ」
「ヒナは犬さんじゃないよ?」
「アハハ、ちょっと難しかったかな。そうだね、じゃあ……ヒナちゃんが、多分一番大変だから。だから私は世話を焼いてあげてるんだよ」
言われた時はなにが大変なのかわからなかった。ただ、姫乃がどこか悲しそうな顔していたのが印象的だった。
しかし数日後、小向は自分のなにが大変なのか知る羽目になる。
きっかけは些細なことだった。友人の男の子が、ふざけて二階から飛び降りたのだ。
当然ながら足の骨が折れて、男の子はわんわんと泣き出した。
見ていられなかった小向はその足に触れ、そしてその時にそれが起きたのである。
小向の手元が光り出し、少年の怪我を癒し出したのだ。
魔術器官の発現。そこで小向を取り巻く環境が一変する。
まず変わったのは大人たちの小向を見る目だ。
信じられないと言った目で、大人たちが男の子の怪我を治した方法を聞いてきた。手の光を見せれば、戸惑いの眼差しは嫌悪のそれへと変わっていった。
「あの化物たちが使っていたのと、同じ光だ……」
誰かがそう言った。それが事態を加速させた。
次に変わったのは子供たちの反応である。
最初こそ英雄のように扱われていた小向だったが、大人たちになにかを言われてからその態度は急によそよそしくなっていき、そして次第に小向の元へ近寄ってこなくなった。
小向への食事の配給がなくなり、寝床からも追い出された。
泣きながら、小向は集落のみんなに助けを求めるが、返ってきたのは憎悪と嫌悪に満ちた言葉だった。
「近づくな、悪魔の子供」
「お前が家族を殺したんだ」
「殺されないだけありがたいと思え」
「お父さんとお母さんを返してよ」
小向の瞳から涙が止まる。そして幼いながらに理解する。
自分のこの力が決して奇跡の類ではないと言うことを。そして自分の居場所がないと言うことを。
理解したその日の内に、小向は集落を出た。七歳と半年ほどの頃の話である。
そして小向の一人での生活が――しかし始まらなかった。
集落を出た小向に、姫乃も付いてきたからである。
何故付いてきたのか。自分は化物だからついてこない方がいい。集落の子供たちがさみしがる。
子供心に思いつく否定の言葉を、可能な限り姫乃に投げかけた。しかし姫乃が集落に帰ることはなかった。
何故そこまで自分によくしてくれるのか。小向が理解できずに尋ねると、姫乃が前髪をかき上げてその額を見せてくれた。
「ほら私の額、石が付いてるでしょ? 私もヒナちゃんと同じで普通じゃないの」
だから自分も集落にいられない。故に小向と一緒にいることにした。
自分でもよくわからない情動に駆られて、小向は大声で泣きだして姫乃に抱き付いた。姫乃はそれをただ優しく抱きしめてくれた。
そうして小向と姫乃の奇妙な共同生活が始まった。
慣れない生活に小向は戸惑うことも多かったが、意外と言うべきか手慣れた様子で姫乃がフォローしてくれたため、かろうじて生活するのに困ることはなかった。
むしろ姫乃と言う愉快かつ理解のある友人を独占できたので、集落にいる頃よりも楽しかったと言える。
二人きりの生活が半年ほど続き、小向が八歳になろうとした頃。新しい出会いがあった。
その頃、姫乃と小向はある悩みを抱えていた。
苦労して集めた食材が、ちょこちょこと何者かに盗まれていたのである。
当然のように対策した。二人は色々と苦心して策を練り、三十六度の失敗を経て、ようやく不届き者の捕獲に成功した。
捕まったのは猫耳と尻尾を付けた、姫乃と同い年ぐらいの少女である。
「よくもアタシを捕まえたな! 離せ! 今すぐ離しやがれ! このうんこたれ!」
全身にロープを絡ませて、挙句に巨大なトリモチに拘束されているにもかかわらず、その少女はなんの恐怖も見せずにそう言った。
それが三人目の同居人となる、金田綾香との出会いである。
話を聞いてみれば、綾香も地獄変で家族を亡くし、小向たちがいたような集落に身を寄せていたらしい。その正体を隠して。
しかしある日、正体がばれて集落を出奔。一人で生きていくため、こうしてあちこち人の住んでいる所へ盗みに入って生計を立てていたとのこと。
自分より困難な境遇に同情したと言うのもある。しかしそれ以上に自分たちの同種とも言える仲間に出会えた喜びから、小向は自分たちのいきさつも話して一緒に暮らすことを提案した。
話を聞いて嫌そうにしていた綾香だったが、姫乃が何事か囁くと顔を青くして首を縦に振ってみせた。
そんな経緯だったせいか、綾香は最初こそ小向たちを警戒していた。しかし一週間も経つ頃には姫乃や小向と馬鹿話を交わせるぐらいに馴染んでいた。
小向も姫乃を取られたようで一時期少し焼きもちを覚えたが、それ以上に綾香の豪快かつ裏表のない性格は魅力的なものだった。
こうして同居人が二人から三人に増えた。
それから五年間、三人は一緒に暮らすことになる。
小向にとってその五年間は、とてもかけがえのない時間だった。ともすれば、両親と過ごした時間と同じか、あるいはそれ以上に。
だから忘れていたのである。
自分が尋常でない力を持っていると言うことを。
自分が尋常でない存在であると言うことを。
そして小向が十三歳になった頃、その少年は唐突にやって来た。
眼鏡をかけた、顔立ちは整っているが、どこか人を見下したような嫌な雰囲気の少年。
「やあ、初めまして。俺の名前は草薙悠馬。獅童小向と言う少女を探しているんだが、知らないかい?」
仕草こそ丁寧だったが、全く笑っていない、生理的嫌悪を覚える瞳のことは今でもよく覚えている。
もしもこの時、姫乃か綾香が対応していたら話は変わっていたのかもしれない。あるいは小向が嫌な直感を信じて嘘をついていれば。
しかしこの時、小向は自分が獅童小向であることを素直に言ってしまった。
そしてそれが全ての失敗だった。
悠馬の訪問目的は小向のスカウトだった。
間宮学園で立ち上げた対悪魔用の戦闘チーム。その治癒役としてチームに入って欲しいと言うものである。
「君が俺のチームに加わってくれれば、こんな小汚い場所でそんな小汚い連中と暮らす必要もなくなる。妖混じりの君にとって、悪くない話だろう?」
「ナッハッハッハ。なあなあ姫乃。コイツぶっ飛ばしていい? ついでに腕一本ぶっちぎってフナの餌にしていい?」
話し合いの最中、綾香が暴れ出すと言うトラブルこそ起きたが、なんとか話し合いは収束することに成功した。
結果から言えば交渉は決裂である。
悠馬には小向しか引き取るつもりはなく、ましてや綾香を小汚い妖混じりと罵った。
いくら境遇がよくなると言っても、綾香が馬鹿にされたことは許せないし、二人と別れてまでいい目を見たいとも思わない。
だから小向は悠馬の誘いを断った。
「今日の所は駄目だったけど、俺に諦めるつもりはないよ。それに次に来る頃には、きっと君の気も変わっているだろうからね」
去り際に、悠馬は妙に確信したような笑みを浮かべてそう告げた。
「二度とくんな、このおたんこなす! 姫乃。塩撒いて、塩!」
綾香ががなる横で、小向は胸騒ぎを感じたことを、今でも嫌なぐらいに覚えている。
勘違いであって欲しかった。
杞憂であって欲しかった。
しかし、運命は無常だった。
数日後。小向たちの住処を悪魔が襲った。
なにがどうしてそうなったのかはわからない。
たまたま死都から出てきた悪魔が、ピンポイントで小向たちの住んでいた廃墟を襲ったのだ、とそれを討伐した自衛隊の人間から後で説明された。
本当にたまたまだったのかは、小向にはやはりわからない。
ただそのせいで小向は大切なものを失うことになった。
気が付けば小向は病院にいて、姫乃が自分のことを申し訳なさそうに覗いていた。
綾香はどうしたのか聞いてみれば、昏睡状態で目を覚まさないらしい。
小向は自分が怪我をしていることも忘れて綾香の元へ飛んでいき、周りの目も無視して魔術器官で綾香の怪我を治療した。
怪我は治った。しかし綾香が目を覚ますことはなかった。
そして更に悪い事が重なる。一週間も入院してから、小向たちは治療費を請求されたのだ。
孤児である小向たちに保険など適用されるわけもなく、請求された額はまだ子供である彼女たちには到底払えるようなものではなかった。
しかも治療費が払われなければ、綾香の治療を打ち切るとまで言われ、小向は目の前が真っ暗になった。
そしてその時、再び草薙悠馬と相まみえた。
彼は言った。「僕のチームに入ってくれるなら、治療費の支払いはおろか、彼女もうちの財閥の力を上げて治して見せよう」と。
他に選択肢などなかった。
どれだけ悠馬が胡散臭い笑みを浮かべていても、それに縋るしかなかった。
姫乃が反対するべきだと言ってくれたが、素直に従うことはできなかった。
そして小向は悠馬のチームメンバーとなるため、間宮学園の門戸を叩いたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます