第六章 エルフの居場所(2)






 *




 智貴が目を覚ました後、姫乃も含めた三人で今後の方針を決めることになった。


「あ、その前に一つだけいいかな? 実は私も悪魔でーす」


 そして話し合いを始める直前、姫乃がそんなとんでもない告白をのたまった。


「は?」「え?」


 目を天にする二人をよそに、姫乃が前髪をかき上げると、そこには宝石のような赤い石が付いている。


 石の表面を、一瞬、虹色の光が煌いた。


「額に魔石……まさかアナタ、ミニム・マルクスなの?」

「イエーッス、さすが喜咲ちゃん。エルフなだけはあるね」


 テンション高く、姫乃は喜咲の疑問を肯定する。しかし智貴はまるで理解に至らない。


「ミニム・マルクスってなんだ?」

「今の前の世界。つまり私の祖先たちが住んでた世界にいた種族の一つよ」

「……ああ、俺が滅ぼしたって言う」

「落ち込むぐらいなら自分で言わなければいいのに……とにかく、私の同郷みたいなものよ。もっとも私も話にしか聞いたことないけど」

「そうなのか?」

「そりゃあ、世界が滅びてもう百億年は経ってるのよ。その上エルフは他種族から嫌われてて、遭遇することなんて滅多にないもの。ぶっちゃけ、私の世界の他種族に会ったのも今日がほぼ初めてよ」

「……ああ、そうか。なるほど」


 妙に納得した顔で智貴が頷く。


「つまり、ハブられ種族の中でさらにハブられてたのか……アンタのそのボッチ特性は英才教育の賜物だったんだな。よくわかったぜ」

「なんでそんな話になるのよ! いや、間違ってないけど!」


 絶叫しながら喜咲が智貴に食って掛かる。それを受けて、智貴は楽しそうにカラカラと笑った。


 更に姫乃も楽しそうに笑みを浮かべてみせる。


「アハハ。二人とも本当に仲いいよねー。さっきも盛大に絡み合って」

「ないわよ! って言うか、その話を続けるならもう一度壁に叩きつけるわよ!」


 フシャー、と追いつめられた猫のように髪の毛を逆立てて威嚇する。


「で、冗談は置いといて。ミニム・マルクスってどんな種族なんだ? 全員が全員、アンタみたいにぶっ飛んだ性格してるのか?」

「どうだろ? ミニム・マルクスは好奇心が結構強い方だけど、私ほど自由奔放な子は少ないんじゃないかな」


 姫乃の説明に、怒りを飲み込んだ喜咲が呆れたような視線を向ける。


「自分が度し難いほどに自由な性格だって自覚してるのね……」

「私は自由の女神だからね!」

「なに言ってるのかまるでわからないんだけど。って言うか、ミニム・マルクスってもっと地味な髪色してるんじゃないの? 私が聞いた話じゃ、小柄かつ額に魔力を貯蓄するための魔石を持っているだけで、他はヒューレン……人間に準拠するって聞いてたんだけど」

「後、耳もちょっとだけ尖ってるよ。髪で隠れてわかりづらいけど」


 そう言って姫乃が右手で髪を後ろに流すと、言葉通り少しだけ尖った耳が現れた。


「髪の色が変わってるのは、私がスーパーでスペシャルでスペリオルかつスウィーティーなミニム・マルクスだから!」

「真面目に意味わかんねーな。つーか、なんでまた悪魔であることを明かしたんだ? アンタ、潜む者なんだろう。潜む者ってのは自分の素性を隠しとくもんじゃないのか?」

「そうだね。私も悪魔ってばれそうになったら、最悪妖混じりだって誤魔化すし」

「だったらなおさらなんでだよ」


 智貴の問いかけに、喜咲も興味深そうに姫乃を見る。


 喜咲がエルフだとバラしたのは、その前に長い耳を見られたから。つまりはヘマをしでかしたからだ。


 だが姫乃はそう言ったヘマをしでかしていない。必要もないのに、わざわざばらしてきたのである。


 何故そんなことをしたのか。同じ悪魔が故に、その理由が気になるのだろう。


「喜咲ちゃんは悪魔で、トモ君も……似たようなものなんでしょう? だったら言ってもいいかなーって。それと」


 姫乃はそこで言葉を切ると、悪戯めいた笑みを浮かべてみせた。


「こういう秘密を共有するのって、なんか悪巧みしてるみたいで面白いでしょ?」


 目から鱗とはこう言う事を言うのだろうか。


 智貴は思わず目を丸くして、言葉をなくす。


 智貴は自分の素性を、その力を忌まわしいものとして隠していた。少なくとも、それが楽しい、面白いと言ったポジティヴな感情に繋がらないと思っていた。いや、思い込んでいた。


 だが姫乃は違う。


 素性を隠していたところまでは隠していたが、彼女はそれを楽しんでいるのだ。


 不謹慎と言えばその通りだろう。それでも、自分にとって忌まわしいものを「面白い」と言える感性、考え方は衝撃的である。


「……アナタ、凄いわね」


 喜咲も似たようなことを思ったのだろう。心底感心したような声でそう言った。


「まあね。もっと褒めてもいいんだよ?」


 それをわかっているのかいないのか。胸を張ってみせる姫乃に、智貴は苦笑するのだった。


「よし。じゃあ親交も深まったところだし、そろそろ本題に戻ろうぜ」

「本題? なんだっけ? チームの親睦を深めるために桃〇でもやろうって話だっけ?」

「似たようなネタは俺がもうやってるから、没な。つーか、親睦を深めるのに友情破壊ゲームを持ち出すな」


 コホン、とわざとらしく喜咲が咳払いする。あまり余計な話をするなと、言いたいのだろう。


 喜咲の非難めいた視線を受けて、姫乃が小さく舌を出す。


「冗談だって。それで、えーと、今後の方針だっけ?」

「ええ。方針って言っても、今までとやることは変わらないけど」

「じゃあ今まで通り喜咲ちゃんのチームメンバーを探すの?」


 喜咲は頷いてみせるが、智貴はそれに微妙な表情を浮かべてみせる。


「あー、多分。普通に探してもメンバーは見つからないと思うぞ」

「それって喜咲ちゃんの目的が未踏破領域に行くことだから?」

「それもあるけど、俺が魔王……つーか、妖混じりだってばれたことと、以前にもまして妨害が激しくなるだろうからだ」


 智貴の言葉に、姫乃もまた微妙な表情を浮かべてみせた。


「ひょっとして草薙君?」

「ああ、多分前にもましてアイツが妨害してくるだろうよ」


 現状、喜咲のチーム発足はリーチがかかっている状態だ。喜咲をチームに引き入れたい悠馬からしてみれば、是非とも今の内に潰しておきたいことだろう。


 智貴の台詞に、しかし喜咲が怪訝そうに片眉を上げる。


「……でも、さっき草薙はこれ以上手出しできないみたいなこと言ってなかった?」

「言ったけど、それはあくまで派手にってことだよ。ばれないようにこそこそやる分には問題ないだろう」

「結構ねちっこいもんねー、草薙君って」


 智貴の言葉を肯定するように、姫乃は辟易とした表情を浮かべてみせた。


「でもじゃあ、これからどうするの? トモ君が妖混じり、喜咲ちゃんの目的は未踏破領域。挙句に草薙財閥からの横槍アリアリ。簡単に見積もって、積んでないコレ?」

「まあな」


 智貴はあっさりと肯定する。喜咲が抗議するような視線を智貴に向けてくるが、これが事実だから仕方ないだろう。


 確かに状況は芳しいとは言い難い。


 だが、手はある。


「後者二つについては本人の善意に頼るしかないけれど、最初の一つに関しては同じ妖混じりなら気にならないだろ」

「……誰か当てがあるの?」

「まぁ、今のところはまだ非常に分が悪いだろうけどな。でも芽がないわけじゃあない」


 そう言うと、智貴は姫乃に向かって挑戦的ともいえる笑みを浮かべてみせた。


「つーわけで、お待ちかねの友達レスキュータイムだぜ」







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