第五章 決闘(2)






 *




 命の奪い合いトリニティロブ


 魔術機を用いた国際競技の一つ。今ではオリンピック競技の一つにも選ばれている、魔術機を用いたメジャーなスポーツだ。


 内容は八本の柱が立つフィールドで、魔術機を用いて模擬戦を行う。それだけである。


 使える魔術機は超振動ブレードの竜を断つ剣グラム。魔力を弾丸として打ち出す拳銃、無尽の弾丸ドラウプニル。そしてシールドを展開可能な突撃槍である突き刺す守りフロッティ 。ここから二つを選んで使用する。


 勝敗を決定するのも同じく魔術機。こちらは防御用の宝玉のような見た目をしたもので、魔術を絡めたの攻撃のみ、三回防いでくれる物だ。そしてその機能を三回使い切った方が負け。そこからつけられた名前が三つの命トリニティ)だ。


 つまりこの競技は競技者が持つ三つの命、これを奪い合うゲームなのである。


 それが、誠二が提案し、智貴が受けた決闘の内容だ。


「ルールはこんなところだ。なにか質問はあるかい?」


 五十メートル四方の戦場フィールド、その中央。智貴に対峙して誠二がそう説明する。口調こそ穏やかだが、その目は智貴を射殺さんとばかりに鋭い。


 食堂で会った時のような激昂こそないが、瞳の奥に隠しようのない敵意が覗いていた。


「反則とかはあるのか? 例えば素手でぶん殴るのは反則、とか」

「殴る、蹴る、の打撃系の攻撃は基本的に許可されてるよ。だけど投げ技とかマウントを取って殴り続けるとかは反則になる。それと魔術機を使わない頭部と、三つの命への攻撃も禁止されてる」

「じゃあ、例えば俺の竜を断つ剣。これで能力を発動させずに斬りつけたりするのはどうなんだ?」

「それも当然反則だよ。魔術機を用いず、相手を死に至らしめるような行為は基本的に反則になるからね」

「死に至らしめるような攻撃ね……なら死に至らしめない、峰打ちとかはどうなんだ?」

「それなら反則にはならないけど……それをするならまっとうに魔術機として使った方がいいと思うよ」

「あー、あと。降伏するにはどうするんだ? 両手を上げて降参って言えばいいのか?」

「いや、コネクタで自分たちのステータスを表示することができる。そこから戦闘を放棄できるようになっている。そうすれば負けることができる」

「なるほどなるほど……よし、わかった。俺の方からはもう聞くことはないぜ」


 誠二の視線に怯むことなく質問をしきる智貴。そんな彼に誠二の方が眉根を寄せる。


 飄々とした態度を崩さない智貴が気に入らない、と言うのもあるだろう。だが、それだけではないだろう。


「……なら、僕の方から一つ聞いてもいいかい?」


 その証拠に、誠二はそう尋ねてから周りを見渡した。戦場を囲む多くの生徒の姿を。


「なんで僕たちの周りだけこんなに観衆がいるんだ!」


 智貴たちがいるのは第三演習場、そのグラウンドだ。グラウンドには六つのコートがあり、そのうちの五つが生徒たちに使用されている。


 そしてそのうちの四つはほとんど観衆がいないにもかかわらず、何故か智貴たちの周りだけ観衆がぎっしり、そのコートを囲んでいた。


 演習場には客席があるにもかかわらず、わざわざコートを囲んでいるのはそれだけ智貴たちの決闘に興味を持っているのだろう。


「ん? ああ、俺が姫乃に頼んで呼んでもらったんだよ。こういうのはギャラリーがいてなんぼだろ」

「……最悪、君の無様な姿を見られるのかもしれないんだよ? それともそれは僕には負けないって言う意思表示かい?」


 誠二の台詞に、智貴は笑みを浮かべてみせる。それを受けて、誠二の表情に剣呑さが増した。


「ま、本当はそれだけじゃないけどな」


 誠二に気付かれないよう、智貴は小声でそう呟いた。


 挑発するために観衆を集めた。智貴の言葉に嘘はない。しかしそれだけが真実と言うわけでもない。


 智貴が観衆を呼んだ理由は主に二つ。


 一つは観衆の目を置くことによるイカサマの防止。そしてもう一つが勝った後の要求破棄の防止である。挑発はあくまでそれらのついでだ。


「よーし、準備できたよー」


 不意にそんな声が響いて、姫乃がコートの外にあった機械を弄った。途端、コートとその外。その境界にほとんど不可視の薄い壁が発現し、同時にコート内に八本の白亜の柱。そして姫乃がもう一人現れる。


「……これどうなってるんだ?」


 突如として増えた姫乃に、智貴が思わず零す。


「魔術を応用して、実体のある立体映像を投射してるんだよ。柱は触れることもできれば壊すこともできるけど、実際の柱みたいにばらばらになったりすることはないから、超安全。あ、こっちの私も立体映像だけど触ったりできるよ。なんならエロいこともできるぜ!」

「科学と魔術、驚異のコラボだな……それと俺はロリコンじゃねえぞ」


 智貴が感心とも呆れともつかぬ表情を浮かべていると、姫乃が目の前にやってくる。そして誠二と智貴のちょうど中間あたりでその足を止めた。


「今回の決闘。その審判を務める鹿倉姫乃でっす。よろしくー!」


 最初に会った時のようにターンして、決めポーズをとる姫乃。それを見て周りの観衆が沸き立つ。


「おー、十分場も温まってるみたいだねー。いいね、いいねー」


 実に楽しそうに、姫乃が観衆を見て笑みを浮かべる。


「あ、喜咲ちゃんも来てるじゃん。やったね、遠藤君!」


 喜咲と聞いて誠二とそして智貴も、姫乃の視線を追って観衆に視線を向ける。するとそこには姫乃の言葉通りヘッドホンをした少女の姿が見えた。


「……神宮さん」


 喜咲の姿に、誠二は目を見開いてから表情を引き締める。そして腰に差していた無尽の弾丸と、背負っていた突き刺す守りをそれぞれ両手に取った。


「彼女は、僕が守る……!」

「守る? まるで騎士気取りだな、アンタ。銃の代わりに馬でも用意した方がよかったんじゃないか? そうすれば白馬の王子様になれたかもしれないぜ?」


 馬鹿にするような智貴の言葉が、誠二の瞳に炎を灯す。


 智貴もそんな誠二に剣を構え、


「それじゃあ……初め!」


 姫乃のその言葉で、二人は同時に地を蹴った。




 智貴は横に、誠二は後ろへ。


 直後、誠二が拳銃の銃口を智貴へと向ける。そこから連続で轟く魔力の弾丸。智貴は初期位置で突っ立っていた姫乃を掴み、それを盾にして柱の陰に潜り込んだ。


「トモ君ってば、初手から鬼畜ぅ!」

「誉め言葉として受け取っとくぜ」


 ペイっと姫乃を捨てて、智貴は柱の陰から顔をのぞかせる。そしてそれを待っていたかのように、柱に銃弾が撃ち込まれた。


 智貴は慌てて顔を引っ込める。


「やっぱ剣だけだと、弾幕をしのぐのは厳しいか……? なら予定通りの作戦で行くか」

「みゅん?」


 智貴はジャージの上を脱いでから、再度姫乃の襟首を掴む。そして躊躇なく、姫乃を柱の外に放った。悲鳴を上げながら飛び出した姫乃に、誠二の銃口が反射的に向く。その隙に、智貴は脱いだジャージを拾いつつ柱の反対側から飛び出した。そして誠二に向かって脱いだジャージの上着を投げつけた。


 とっさのことに避けられず、誠二の顔面にジャージが覆いかぶさる。智貴は視界のふさがった誠二に肉薄して竜を断つ剣を振るった。だがその刃は誠二に届かない。


 何故ならそれを妨げるように、誠二の持つ槍から盾のように光の障壁が生じていたからだ。


 竜を断つ剣はいともたやすく光の障壁を砕くことに成功するが、しかしかすかにその勢いを緩めてしまう。そしてその隙に誠二が距離を取り、顔を覆っていたジャージを取り払ってしまう。


 予想外の展開に、智貴は剣を振りぬいてたたら踏む。そしてそんな智貴に再び銃口が向けられた。


 慌てて横に跳ぶ智貴。そのまま再び柱の陰に隠れようとするが、その直前に弾丸が智貴の足を捉え――見えない壁にぶつかったように消失する。


 柱の陰で息を整えながら、智貴はコネクタを操作して仮想ウィンドウに自身の情報を表示させる。果たしてそこには持ち点である三つのライフ。それを一個減らした、智貴のステータスが表示されていた。


「よくもこんな汚い手を……君は正々堂々戦う気はないのか!」

「はあ? 実戦だったら手段なんざ選んでられねえだろうが。悪魔に反則って言えば止まってくれるのかよ。そもそも姫乃も反則って言ってねえし。つまり俺はルールにのっとって戦ってるんだ。だったら十分正々堂々戦ってるだろ」


 智貴の屁理屈に、柱の向こうで誠二の怒りが膨れ上がるのを感じる。だがそこまでだ。


「チッ、やっぱこの程度の挑発じゃあ向こうから突っ込んできてはくれないか」


 自ら有利な距離アドバンテージを捨てるような馬鹿ではないらしい。


 加えて言えば、今は突き刺す守りの防御も使えないのだ。ならば、誠二としては無理して突っ込まないのが最善の行為と言えるだろう。


 だがそのおかげでこちらも落ち着いて思考できる時間ができたので、一概に悪い展開でもない。


「……とりあえず、大体わかって来たぞ」


 呟いて、智貴はこのゲームで使用できる三つの魔術機の能力を改めて思い出す。


 竜を断つ剣は突き刺す守りの防御力を超える破壊力を持つ。突き刺す守りは無人の弾丸の攻撃に耐え、肉薄することができる。そして無尽の弾丸は手数とリーチの差で、竜を断つ剣を封殺することができる。


 つまりは三すくみだ。


 このゲームはリアルタイムで変動する相手の手の内を呼んで、それに合わせて使用武器、ないし戦術を変えて競う、そういった類の競技なのである。


「……一応、姫乃から聞いてたけど、やっぱ聞くのとやるのとじゃあ印象がだいぶ違うな」


 なかなかどうして面白い、と智貴は感心する。


 突き刺す守りが竜を断つ剣の攻撃を防いだように見える為、三すくみが成立していないように見えるが、しかしあの光の障壁は一度砕かれれば再使用には三十秒必要だ。本来はその三十秒の間に更に追撃を加えるのが定石なのだろう。


 無尽の弾丸も、竜を断つ剣を完全封殺できないよう、戦場に八本の柱が存在している。極めつけは竜を断つ剣の高火力も、三つの命によって競技者に大きなダメージを与えることはできないのだ。


 なかなか絶妙なバランスである。


「それにしても遠藤の奴、思ったよりもやるな……」


 智貴は先ほどの攻防を思いだす。


 智貴が繰り出した斬撃はほぼ必中を想定しての物だ。それをまさか、竜を断つ剣に弱い、突き刺す守りで成すとは思わなかった。しかも彼は直前まで無尽の弾丸を使っていたのだ。そこから得物を切り替えて防御する。その上、防御を抜かれることすら考えて回避までしてみせた判断力は驚嘆に値する。


「ジャージを回避できなかったのは減点だが、それ以外はなかなかどうしてやるじゃねえか……


 舌なめずりして、智貴は思考を状況判断から、勝つための策謀を練る方向へ移行する。


 防御を捨てた特攻は向こうに長射程の攻撃があり、残りライフが少ないため分が悪い。撃たれた弾丸を全て竜を断つ剣で弾けば勝ち目はあるだろうが、あいにくと智貴はそこまで常人離れした剣技を習得していない。


 ならば柱の陰を隠れて移動し、距離を詰めて攻撃するか。いや、どう頑張っても柱から柱へ移動する際に姿が見えてしまう。これも現実味が薄い。


 なら奇をてらって柱をよじ登り、上からでも攻撃してみるか。効果が薄い上に、最悪上っていると気付かれたら、向こうに先手を許す危険がある。賭けをするにはあまりに分が悪すぎる。


「……やっぱ突き刺す守りぐらい持ってきとけばよかったか?」


 強敵相手に剣一本だけで挑むと言うのは、やはり無謀だっただろうか。


 光明の見えない勝ち筋に、智貴は弱気に駆られてしまう。だがすぐに「いや」と頭を振った。


 魔術師適性検査でのことを考えれば、突き刺す守りの光の障壁もまともに展開できるとは思えない。


 無尽の弾丸の方であれば、数発に一回の確率で使えるかもしれないが、そもそも智貴は銃など使ったことがない。誠二と撃ち合いになって勝てる絵など、まるで思いつかなかった。


 ならばどうやって誠二を攻略するか。智貴はそれを考えかけて、


「……いいや、面倒くせー」


 即行で思考を放棄した。


 そもそもこのゲームは魔術機を十全に扱えるのを前提としている。つまり智貴のような人間のことは想定されていない。


 喜咲が危惧した通り、相手と同じ土俵で戦いに挑んでも智貴に勝ち目はないのだ。


 ならばどうするか。


 簡単な話だ。正攻法で敵わないなら、邪道で攻めればいい。それも常軌を逸した、とびっきりの邪道で。


「奥の手だし、できれば今しばらく隠しておきたかったんだけど……しゃあねえな」


 ああ、これは仕方がないことだ。言い訳するようにもう一度内心で呟きながら、智貴は笑みを浮かべる。それは傍目から見てもぞっとするぐらい邪悪な笑みだった。


「おーい、遠藤。聞いてるか?」

「聞いてるよ。なんだい、降伏でもする気になったのかい?」

「そんなところだ。今から無手で表出るから間違っても撃つんじゃねーぞ」

「は?」


 怪訝な声を上げる誠二を無視して、智貴は竜を断つ剣を戦場の中央付近に放ってから、両手を上げて柱の陰から姿を現した。


 そして誠二との距離をある程度詰めたところで足を止める。


 言葉通り降伏でもするかのような智貴の挙動に、誠二が戸惑ったように銃口を揺らしていた。


 智貴なら問答無用で攻撃するところだが、正々堂々がお好きらしい誠二にはなんとも攻撃しにくい状況だろう。


「……なんのつもりだい?」

「いやいや、だから降伏するって言ってるんだよ」

「だったら、最初に説明した通り、ステータス画面から操作すればいい。まさか五分も経ってないのにもう忘れたとでもいうつもりかい?」


 智貴の一挙一動も見逃さないとばかりに凝視しながら、誠二が告げる。


「ああ、そうだったな。忘れてたよ。ありがとよ、おかげで降伏の仕方を思い出せたぜ」


 わざとらしく大仰に、智貴はそう言って笑みを浮かべてみせる。挑発するように。それこそ、これからなにかするぞ、とアピールするように。


「だから礼代わりに一つレクチャーしてやるよ。切り札の効果的な切り方だ。知ってるか? 切り札を効果的に切る方法は二つあるってよ」

「……なにを言ってるんだ、君は?」

「まあ聞けよ。一つは不意打ちでばれないように使う方法だ。それならばれずに何度も使うことができるからな。そしてもう一つは堂々と見せつける方法だ。そうすれば嫌でも相手の動揺を誘えるからな」


 そこで智貴は言葉を一旦切る。そして誠二が瞬きしたタイミングに合わせて、その姿を消した。


「こんな風に」


 次の瞬間、自分の胸元から声が聞こえてきた。誠二が驚いたように見下ろせば、そこには拳を構えた智貴の姿がある。そして驚く誠二の右わき腹に智貴の左拳が突き刺さった。


 痛みをこらえながら、誠二は槍を振るって智貴を追い払い、即座に槍のシールドを展開する。なにをされたのかわからないが、しかしこれで次の攻撃は防ぐことができる。


 そんな思考をあざ笑うように、智貴の姿が再び消える。そして気付けばシールドの内側に智貴がいた。


 驚愕する誠二。そして二発目の拳が誠二の右わき腹に突き刺さった。更に、三発、四発目。誠二に右腹部に追撃が走る。


「こ、の……!」


 訳が分からないまま、誠二は前蹴りを繰り出す。智貴は自ら後ろに跳ぶことでその威力を殺し、ほぼダメージ無く距離を取った。


 なにをされたのかわからない。しかし智貴に攻撃されるのはまずい。右腹部に走る痛みに、誠二はそう直感する。


 痛みに顔をしかめながらも銃口を智貴に向けるが、トリガーを引く直前に、しかし智貴が竜を断つ剣の鞘を誠二に向かってぶん投げた。

 とっさに槍のシールドでそれを防ぐ誠二だったが、今度はシールドが邪魔で銃を撃つことができない。そしてまごついている内に、再び智貴の姿が消えて、誠二の懐に肉薄していた。

 もう何発目になるかわからない拳が誠二の右わき腹にめり込む。


 痛い、と言うよりも内から湧き上がってくる苦しさに、思わず槍を落としてしまう。そしてそんな誠二に、智貴は止めとばかりに前蹴りを放ち、そのつま先を再度誠二の右腹部に文字通り突き刺した。


「ぐ……!」


 苦悶の表情を浮かべて、誠二が後退する。空いた左腕で右わき腹を押さえながら、誠二は智貴を睨む。


「おお、流石ははじ〇の一歩御用達のリバーブロー。効果覿面だな、おい」


 智貴が感心したように零す。


「なにを、したんだ……?」

「なにってリバーブローだよ。肝臓、つーか、内臓へのダメージは蓄積すると足腰に来るって言うからな。いくら対悪魔用に体を鍛えてるって言っても、ボディブロー対策なんかしてないだろ? だから効果があるんじゃないかと思ってやってみたんだよ」

「そう、じゃない……!」


 いや、確かに何故たかが拳がここまで効いているのかも不思議だったが、それ以上にどうやって智貴が自分に肉薄してきたのかがわからないのだ。


「なんだ、あの、高速移動じみた、動きは!」

「あん? 言葉通りの高速移動だけど?」


 なにを今更とばかりの言葉に、誠二は痛みも忘れて目を丸くする。


「でもこのまま説明続けて回復されてもなんだし」


 そんな誠二の懐に再び潜り込み、


「続きはテメエをボコりながらな♪」


 ズドン、と再度リバーブローを叩き込みながらそう告げる。


 かくして、智貴の嗜虐的なまでの反撃が始まった。






 *




 姫乃を含め、周りから「うわあ」と言う声が聞こえてきた気がしたが、智貴は当然のようにスルーした。


「あれは修羅閃刃しゅらせんじん天堂一刀流てんどういっとうりゅうって剣術の奥義の一つだ」


 ズドン。


「効果は見ての通り、限定的に使用者を加速させる」


 ズドンズドン。


「結構疲れる上に加速できる時間も限られてるから、本当はあんまり使いたくなかったんだけどな」


 ズドンズドンズドン。


「でもまあ、俺って魔術機の扱いが究極的に苦手らしいからよ。こうまでしないと勝てねーわけよ」


 ズドンズドンズドンズドン。


「だからとりあえず素手でボコって気絶させてから、後でゆっくり死体蹴りさせてもらうわ」


 ズドンズドンズドンズドンズドンズドン――――――


 解説兼処刑……ならぬ反撃が始まって三分後、そこには泡を吹いて倒れる誠二と、彼を踏みつけてガッツポーズをとる智貴の姿があった。


「よーし、後は竜を断つ剣でとどめを……」

「す、ストップ! トモ君ストップ! 審判権限で試合は終わり! トモ君の勝ち!」


 意識のない誠二に攻撃を加えようとする智貴を、姫乃が必死の勢いで止めに入った。


 試合終了を告げるブザー音が鳴り響く。同時に智貴の目の前に、仮想ウィンドウが開き「YOU WIN!」の文字が表示される。


 どうやらこれで、本当に智貴の勝ちらしい。


「ん? もう終わりか。なんか思ったよりも拍子抜けだったな」


 立体映像が溶けるように消えていくのを眺めながら、智貴は竜を断つ剣を拾って鞘にしまう。


「見てるこっちはドン引きの内容だったけどね……」


 そんな智貴に呆れるような声をかけるのは、コートの外にいた本物の姫乃だ。後ろには似たような表情の喜咲もいる。


「アナタ、容赦ってものを知らないの?」

「なに言ってんだ。俺の師匠だったらここから水ぶっかけて、強制的に叩き起こされて第二ラウンド。どころか、水かけても起き上がれなくなるまで繰り返されるぞ」

「……それって死んでない?」

「心臓が止まっても、すぐに心肺蘇生すれば八割の確率で生き返るらしい」

「それ二割は死ぬってことよね?」

「この世には死ななきゃ安いって言葉があってだな」

「いや、だから二割の確率で死ぬんでしょ?」

「おいおい、あんま細かいこと気にしてると大きくなれないぞ?」

「どこ見ながら言ってんのよ!」


 赤面しながら胸元を隠す喜咲に、智貴が愉快そうに笑い声をあげる。


 存分に喜咲をからかった智貴は、満足した面持ちで視線を誠二に向け直した。


「さって、じゃあいよいよメインディッシュといきますか。とりあえず遠藤を叩き起こそう」

「ちょっと待て、待ちなさい。頼むから待って……遠藤はアナタが気絶させたのよ。それを叩き起こすって言うの?」

「そうだぜ?」

「……医務室に連れていって、治療をするのが先じゃないかしら?」

「そんな大げさな。痛みで気を失ってるだけだろ? 内臓はちょっと傷んでるかもだけど、脳とか骨は大丈夫だし。少しぐらい無理させても寿命が縮むぐらいなものだって。大丈夫大丈夫」

「アナタ、人道って言葉知ってる?」

「痴話喧嘩と同じで、犬も食わないってぐらいには……冗談だって。だから拾った槍をこっちに向けないでください、はい」


 流石に冗談が過ぎたか。槍の穂先を首元に突き付けられて、智貴は反射的に両手を上げた。


「ギャラリーが残ってるうちに、約束を実行させておきたいんだよ」


 その方が今後の展開を考えると動きやすいはずだ。


 しかし事前にからかいすぎたのが悪かったのか、喜咲は胡乱げな瞳を向けたまま槍を引こうとしない。


「駄目よ。これ以上暴虐な行いをするのは目に余るわ」

「いや、だからこれは必要なことであってだな」

「駄目なものは駄目」


 まるで取り付く島のない喜咲に、智貴は思わず眉を八の字にしてしまう。一縷の望みを抱えて、姫乃へ視線を向けるが、


「なるほど、これが因果応報って奴だね」

「テメエに言われるのだけは納得がいかねえ……ってか、楽しそうに眺めてないで助けろよ」

「えー、もうちょっと眺めたいところなんだけどー」


 そんな風に三人が和気あいあいとじゃれ合っていると、妨げるようにけたたましいサイレンが鳴り響いた。


「な、なんだぁ!」


 驚いたように智貴が周りを見渡すが、動揺しているのは周囲も同じようだった。コートを囲んでいる観衆たちもなにが起きているのかわからないように、顔を見合わせたり、周囲を見回している。喜咲も突然のことに槍を下ろしてしまう。


『緊急警報発令。大学部第五研究棟より実験中の悪魔が脱走しました。周囲にいる生徒、教師は直ちに非難してください。繰り返します大学部第五研究棟より実験中の悪魔が――――』


 直後に聞こえてきた放送によって、智貴はようやく事態が理解できた。そして同時に慌てだす。


「あ、悪魔だって? 早く逃げねえと!」


 脳裏をよぎったのは死都で遭遇した蛇のような悪魔だ。


 人間相手であればなんとでもしようがあるが、魔術機がまともに使えない智貴では分が悪い。いや、誠二レベルでも通用するかは怪しいだろう。


 それこそ、この場で蛇のような悪魔を倒せるのは、目の前の喜咲ぐらいしかいないのではないか。


「そんなに慌てなくても大丈夫だよ、トモ君。って言うか、トモ君ぐらいの実力があればそれこそ返り討ちにできるんじゃない?」

「いやいや、無理だろ。蛇野郎の顔面刻んだ後に丸呑みされる未来しか見えねえよ」

「トモ君は一体どんな悪魔と戦うことを想定してるの……?」


 姫乃が怪訝そうに首を傾げる。その態度に慌てているような様子はない。


 改めて周りを見てみれば、周りにいた生徒たちもこの場を離れつつあるが、慌てている様子はなかった。


「私はちょっと様子を確認するわ。穂群たちは遠藤を医務室に運んでおいて」


 喜咲はそう言うと、二人から距離を取るとコネクタを使って電話をし出した。しかし台詞ほど切羽詰まっている様子はうかがえない。


「……ひょっとして、言うほど慌てるような事態じゃないのか?」


 智貴の言葉に姫乃が頷いてみせる。


「そだねー。多分、年に三回ぐらいは似たようなことが起きてるしね」

「マジかよ」

「マジマジ。だってここは対悪魔用の訓練やら研究をしてるところだからね。その為に悪魔の数匹ぐらいは実験用に捕えてあるんだよー。で、実験の際に薬を投与されて暴走したり、たまたま悪魔を捕えてある檻が壊れたりして時々逃げ出すの」

「なんかめっちゃ気楽に話してるけど、それそんな軽い話じゃないよな?」


 どちらかと言えばブラックかつ危険な話だ。いろんな意味で。


 動物保護団体のような、悪魔保護団体などがいたら十中八九苦情物の話だろう。多分いないのだろうが。


「まぁ、確かに警報を無視して適当に外をぶらついてると危ないけど、適当に警報が解除されるまで避難所にいれば安全だし」

「そういうものなのか……?」

「そういうもの、そういうもの。台風とかに比べれば非常に局所的で、かつ人間が対処できるものだからね。自分から悪魔のいるところに突貫するとか、そんな自殺志願者みたいな真似をしない限りはまず被害なんて受けないよ。それにそもそも突貫をしようとしても、第五研究棟が結構隔離された場所にあるから、辿り着く前にSGMが鎮圧しちゃうし」

「SGM?」

「School Guard Magus-team。学園守護魔術師隊。言ってみれば魔術師の守衛みたいなものかな? 三個小隊ぐらいの規模しかないけど、一個小隊が喜咲ちゃんと同じかそれ以上の能力があるっぽいよ」

「それは安心できる話……なのか?」


 小隊で一個人とほぼ同等の実力しかない組織というのはどうなのか。どちらかと言えば喜咲の能力が突出しているだけなのだろうが、なんとも微妙な説明の仕方である。


 なんにせよ、そこまで不安がるような事態ではないらしい。智貴は安心から肩の力を抜いた。


「ちなみに喜咲ちゃんが連絡してるのは、SMG独力で対処できそうかどうかの確認だと思うよ。 あの子よくボランティアで悪魔退治とかやってるし」

「よくやるな……まあいいや、それでとりあえず避難所にいけばいいんだったか?」

「うん。ほとんど安全って言っても百パーセントじゃないからね。時々、そうやって気を抜いて外にいた生徒が被害に遭ったりしてるし」

「ちなみに被害って今まででどれだけ出てるんだ?」

「うーん、ここ三年ぐらいで死傷者が十五人ほど? うち死者は四人かな」

「……それでもこの落ち着きようか、なんか違和感が半端ねえな」

「トモ君も一年以上ここにいたら慣れると思うよ」


 これも経験の差と言う奴なのだろうか。智貴は一人内心で首を傾げながら首を巡らせて、未だ倒れている誠二を見た。


 本当は今すぐ叩き起こしたいところだが、そう言うのはもっと安全なところへ避難してから実行した方がよさそうだ。とりあえず喜咲に言われたとおり、医務室に連れて行こう。


 智貴は誠二を担ぎ上げて、そこで違和感に気が付いた。


「あれ、なんでシャッターが下りてるの?」


 智貴の内心を代弁するように、姫乃がその疑問を口にした。彼女の言葉通り、演習場の出入り口にはシャッターが下りており、その通行を妨げている。しかも四か所全てだ。


 その前に立つ生徒たちが、不満とも困惑ともつかぬ声を上げている。


「悪魔警報が出たらシャッター関係は基本的に全開放されるはずなんだけど……システムもエラーとかは出てないし」

「システムって……わかるのか?」


 さらっと告げられた姫乃の台詞に、智貴が驚いて聞き返す。


「うん。私もどっちかっていうと魔術とか苦手だからねー。だから機械関連の方をメインにやってるの……うん。やっぱりシステムは正常みたい。ひょっとしたらなんか変なバグが出たのかも。とりあえずロックを解除するからちょっと待ってね」

「……アンタって存外器用だよな。普段の言動からは想像できねーけど」

「ムフフ、もっと褒めてくれていいのよ……って、あれ?」

「どうした?」

「ロックが、解除できない。と言うか、邪魔されてる」


 困ったような姫乃の言葉に、智貴は思わず嫌な予感を覚えた。


「これは、ハッキングされてる……? じゃあ、これは誰かが意図的に作り上げた状況ってこと……?」

「おいおい、なに一人で話を進めてるんだ。俺にもわかるように話せって」


 忘れかけていた焦燥感。智貴がそれに追い立てられるように問いただす。そんな彼に向けられた姫乃の顔は、さっきまでのお気楽なそれから一転して深刻そうなものだった。


「簡単に言えば、誰かが私たちをここに閉じ込めた、ってことみたい」


 閉じ込めた。閉じ込められた。


 誰が、なんのために?


 誰が――そんなものはわからない。


 なんのために――これもわからない……だが、今出ている緊急警報が無関係でないとしたら?


 悪魔が逃げ出して、そして自分たちはこの場に閉じ込められた。そこに因果関係が成り立つとしたら、それらがもたらす結果は一つしかない。


 丁度喜咲の方も変だと思ったのか、通信をしながら怪訝そうな表情を智貴たちに向ける。そんな彼女に、智貴は全力で声を張り上げた。


「神宮! 魔術機を使って今すぐそのシャッターをぶっ壊せ!」


 声に驚いて、その場にいた生徒たちが智貴を見る。名前を呼ばれた喜咲も同様だ。


「急にシャッターを壊せってどういうこと?」

「いいから! でないと――――――」


 マズいことになる。智貴がそう続けることはできなかった。


 何故なら、それを邪魔するように空に影が差したからだ。


 なにが現れたのか確認するまでもない。しかし確認しないわけにはいかない。


 智貴は嫌な予感に駆られるまま視線を上空に向け、そして見た。


 そこに四枚の羽根を持つ巨大な化物が浮遊しているのを。


 死、そのものと呼ぶべき暴虐的な威圧感を伴った化物。第五研究棟から逃げ出したのだろう悪魔が、そこにいた。






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