第三章 引かれ者の小向(2)






 *


「彼らはチーム“アスガルド”のメンバーだよ……えーと。そう言えばお兄さんの名前は? アイアン? クロ―? ブレーン・クロー?」

「穂群智貴だ」

「じゃあ、アイアントモくんだね」

「だったらお前はクソジャリプリンセスな」


 密かな応酬をジャブ代わりに交わして、姫乃がニコリと笑みを浮かべる。


「で、アイアントモくんが喧嘩を売った相手が、“アスガルド”のリーダー、草薙悠馬。アントモくんが助けようとした女の子が、獅童小向ちゃん」

「あのクソ野郎が草薙悠馬で、地味っ子が獅童小向か……」

「イエス! アモローくん!」

「もはや誰だよ、それ」


 アイアン智貴クローだろうか、名前の順番的に。


「で、草薙って奴はなんであんなにエラソーで、獅童ってのはあんなに従順なんだ?」

「ジャイア……じゃなくて草薙悠馬は、この学園のスポンサーも務める草薙財閥の御曹司だからね。しかも草薙財閥なんて言ったら日本七大財閥の一つ。彼に逆らったら、学園どころかこの世界で生きていくけないよ」

「それが、獅童がアイツに逆らえない理由か……」

「半分はね」


 半分。不吉な予感に、智貴は思わず眉根を寄せてしまう。


「トモ君はヒナちゃんの持つ、不思議な力知ってる?」

「不思議な力って……怪我を治す力の事か?」


 そもそも智貴が小向を追いかけようと思った原因の一端がそれだ。知らないわけがない。


「知ってるなら話は早いかな。つまりヒナちゃんは……獅童小向は魔術器官ミスティオルガンを持つ妖混じりデモンブリッドなの。だから、草薙悠馬のことがなくても、あんまり扱いは変わらなかったと思うな」

「……なんだよ、それ。意味わかんねーぞ」


 言葉とともに、智貴の眉間のしわが深まる。


「アハハ、トモ君って結構いい人なんだね? でも仕方ないんだよ、世の中ってのはそういうものだから。子犬とかを見たら触りたくなるのと同じで、妖混じりは嫌われるのが当たり前だから」


 諦めたような表情で姫乃は肩を竦めてみせる。そんな態度が、智貴の表情をますます不愉快なものへと変えてしまう。


「だから仮に草薙悠馬のことがなくてもヒナちゃんは――――」

「いや、ちょっと待て。話を先に進めるな。その前にちゃんと説明しろ」

「……うん? 説明しろって、さっきからしてるでしょ?」

「してるけどそうじゃない。俺が聞きたいのはだな」


 智貴はそこで一旦言葉を切ると、怒る、というよりも困惑した表情で、こう続ける。


「そのミスティなんちゃらってなんなんだ? 全く知らねえんだけど」


 智貴のその言葉に、姫乃はまるで奇妙奇天烈な珍獣でも見つけたような表情を浮かべるのだった。




「地獄変から十年病院で寝てたから、なにも知らねーんだ」


 実際には智貴が地獄変の影響を受けたどころか、地獄変こそ智貴の影響で発生したようなもの。嘘八百もいいところだ。だが事前に初たちと話合い、もしも会話中に話が合わなかったらそれで押し通せと言われている。


「トモくんも意外に苦労してるんだね……」


 姫乃は智貴の言葉を信用したのか、同情するような視線を向けてくる。


「俺の苦労話はいいよ。それより魔術器官って、結局なんなんだよ?」


 なんとか誤魔化せたことを内心で安堵しながら、智貴はぼろが出る前に話を戻す。


「えーとね、そもそも魔術を使うには二つの方法があるんだけど、魔術って言うのはわかる?」

「大量の槍を操って飛ばしたりするんだろ?」


 死都で喜咲が行った攻撃方法。それを思い出しながら智貴が言う。


「まぁ、そうと言えばそうだけど、それは魔術の一つって言うべきかな。正確な魔術の定義は、魔力を使ってなにかしらの現象を引き起こすことなの」

「……つまり火をつけるって行為に対して、科学ならライター。魔術なら魔力を使うってことか?」

「うん。その認識で合ってるかな。でも普通は魔力を扱うことはできないの」


 姫乃の矛盾した物言いに、智貴は首を傾げる。


 魔力を使わなければ魔術は使えない。それにもかかわらず魔力が使えないとはどういうことか。


 姫乃もそれはわかっているようだ。思案するように顎に人差し指を当てながら、短く唸る。


「うーん、なんて言ったらいいのかな。魔力って言うのは、本来生命活動にはなくても支障がないものなの。だからまともな生物にはそれを扱う機能がない、んだったかな?」

「いや、だから魔力を使えないなら、どうやって魔術を使うんだよ?」

「そのためにあるのが魔術機アーティファクトと魔術器官だよ」

「魔術機って……確か、魔術を使えるようにする機械だっけか?」


 この学園で教えているのが、その魔術機の扱い方や作り方である。初からの説明を思い出して智貴が尋ねると、姫乃は満足そうに頷いてみせた。


「さすがに魔術機については知ってるみたいだね。そう、魔術機は後天的に魔術を付与するための道具。そして魔術器官って言うのは、先天的に魔術を使える生物が持つ生体器官なの。魔力はこれらの道具、ないし器官がないと扱えないってこと」


 つまり魔術と言うのは、よく漫画やアニメであるような、修行すれば基本的に誰でも使えるような代物ではないらしい。しかしそれ以上に気なる発言が、姫乃の言葉にはあった。


「先天的に魔術を使える生物……」


 なんだ、その化物みたいな生き物は。そこまで考えて、智貴は自分の思考に引っかかる。


「その生物って、まさか」

「うん、トモ君が想像している通りだと思うよ。魔術器官を持つ普通じゃない生物。それが――悪魔だよ」


 予想通りの言葉に智貴は苦虫を噛み潰したような表情になる。


 悪魔は魔術器官を持つ生物。そして妖混じりと呼ばれる小向もまた魔術器官を持つ。


 姫乃の言葉が真実なら、小向は悪魔と同じ力を持っていると言うことだ。


 事前に受けた初の説明によれば、人々は悪魔と言う物を忌み嫌っている。それと同じ力を持つ者がいるとなればどうなるかなど、想像に難くない。


「妖混じりって言うのは、その名前の通り悪魔の血を引く人間なんだって。まぁ、その色々あって昔悪魔の子供を宿した人間とか、その子孫が先祖返りして魔術器官を持って生まれてくるの。一応、オリジナルに比べると能力自体は劣るみたいだけど……」

「つまり悪魔に似た存在どころか、劣化版の悪魔ってことか……それで周りから忌み嫌われてるってのかよ。胸糞悪い話だな」


 智貴が吐き捨てるように言うと、姫乃は拍子抜けしたような、きょとんとした表情を浮かべてみせた。


「……トモ君は気持ち悪がらないの? 小向ちゃんの事」

「俺は悪魔のことなんてほとんど知らないんだぜ、気持ち悪がる以前の問題だっての」

「…………そっか」


 安堵したように胸を撫で下ろす姫乃。その顔には笑顔が浮かんでいるが、それはさっきまで浮かべていた作り笑いではなく、もっと温かみのあるものだった。


「なんかアンタの中ではなにかしらの結果が出たみたいだけど、俺の方はまだ肝心な話を教えてもらってないぞ。と言うか、さっきの話でますますわからなくなったんだが」


 草薙悠馬が強い力を持っていることはわかった。小向が非常に危うく弱い立場であることもわかった。だがそれらは、イコール小向が悠馬に従う理由にはならないはずである。


「あのクソ野郎も獅童のことを化物だって言ってた。つまりアイツも獅童のことを――妖混じりを毛嫌いしてるんだろう。それがどうすれば獅童を手元に置くようなことになるんだ?」


 学園を辞めさせるなり、自分から遠ざけるならわかる。だが悠馬が実際に取っているのは、その逆の行為だ。これは辻褄が合わない。


 しかし姫乃は「それなら簡単だよ」と、なんでもないことのように言葉を続ける。


「獅童小向は、この世でも珍しい回復魔術師ヒーラーだからだよ」


 何故か威張るように、姫乃はそう言った。


 その態度も謎だが、しかし言葉の内容もいまいち納得できない。


「回復魔術師が珍しい?」

「んー、そうだね。難しいことを言い出すと長くなるから簡単に言うと、小向ちゃんの回復魔術は医者いらずなの。薬も、道具も、技術も、手術もなしに回復できちゃうの……まぁ、病気だけは治せないけどね。で、そんな風に複雑なことができる魔術器官って言うのは結構希少で、なおかつ回復に使えるって言うのはさらに少なくなるわけ。どぅーゆーあんだすたん?」


 智貴は思わず目を見開く。それは確かに凄い話だ。


「まぁ、治療にはそれなりの時間が必要になるから、即座に骨がくっついたりはしないけどね。でも逆を言えば、時間があって致命傷でなければ、大体の怪我を治すことができる。つまり戦闘で傷ついても、小向ちゃんさえいれば、連続して行軍することができる。死都で悪魔と戦う魔術師なら、是が非でも欲しい力なんだよ」


 なるほどな、と智貴は思うもその表情は晴れない。草薙が小向を手放しそうにないから、と言うのもあるが、姫乃の説明に違和感を覚えたからだ。


 喜咲は悪魔であることを隠している。何故なら隠さなければ日常生活に支障が出るからだ。ならば妖混じりと呼ばれる彼らも、基本的にはその素性を隠しているのではないか。ならば、どうして小向の素性を悠馬は知っているのだろうか。


 姫乃はまだ説明していないことがあるのではないか。そう問いかけようとしたところで、しかし智貴のコネクタが明滅し、脳内に電子音が響いた。顔の右手側に「着信アリ」の仮想ウィンドウが展開する。


 自分にしか聞こえていない着信音に、一瞬出るべきかどうか悩む智貴だったが、それに対して先に反応したのは予想外なことに姫乃の方だった。


「電話みたいだけど、出なくていいの?」

「ああ。会話中に悪いな」


 そう言えばコネクタが光るから、着信が来たことは姫乃にもわかるのか。智貴はそんなことを考えながらウィンドウの通話ボタンを押す。直後、怒号が智貴の脳を揺さぶった。


「こんの、馬鹿穂群! 一体どこをほっつき歩いてるのよ!」

「ぬおっ! じ、神宮か。いきなりなんなんだよ? 鼓膜が破れる……じゃなくて脳が揺れるからそんな大声で怒鳴るなよ」

「なんだよじゃないわよ! もう待ち合わせの時間から十五分も経つのに、なんで一向に来ないのよ!」

「へ?」


 言われて智貴は思い出す。そう言えばそもそも小向を見かけた時にベンチに座っていたのは、あそこで喜咲を待っていたからなのだと。


 慌てて時間を表示する。確かに彼女の言う通り、約束して時間からすでに十五分も経過していた。


「あー、その、なんだ、悪い」

「今日は午後から魔術師適性検査をするって言っておいたでしょうが! わざわざ時間のない教授どもを三人も引っ張って来たんだから、絶対遅れるな、とも言ったわよね!」

「別にそれを忘れたわけじゃないんだけど、ちょっと気にかかる案件ができたと言うか」

「言い訳はいいからとっとと来なさい! さもないと今度こそ八脚馬の神槍で串刺しにして針鼠みたいにするわよ!」


 一方的に言いたいことだけ言って、通話が切れた。確かに悪いのは智貴の方だろうが、それにしても理不尽な電話のように思う。


 ともかくこれ以上姫乃と話している時間はなさそうだ。


「てい」

「ぬが! なにしやがる!」


 いきなり膝裏に衝撃を受けて智貴がよろめく。かろうじて踏みとどまりながら、いたずらの主である姫乃に向き直ると、なんとも愉快そうな顔が見えた。


「暇だったから、トモ君を驚かせるための算段を練ってました!」

「喧嘩売ってるのかテメエ!」


 喜咲に怒鳴られた直後と言うこともあり、智貴が怒りを隠そうともせず睨みつけた。それに姫乃は「キャー」とわざとらしい悲鳴を上げると、智貴に背を向ける。


「トモ君の方も時間ないんでしょ? 私もお腹空いたから今日はこれでお開きってことで」

「あ、おい」


 智貴が呼び止めようとするが、姫乃はポーズだけの敬礼を取ると、満足したような顔で屋上からいなくなった。


 嵐のように現れて、嵐のように去っていく。随分とはた迷惑な少女である。


「……まだ聞きたいことがあったんだけどな」


 智貴は呟いて頬をかく。


 まさか今から姫乃を追いかけて話を聞くわけにもいかない。これ以上遅れたら喜咲に本当に殺されかねない。


 諦めて智貴は歩き出そうとするが、しかし直ぐにおかしな点に気が付いて足を止めてしまう。


「アイツ……なんでここにいたんだ? しかもあんなところに隠れて」


 智貴は疑問に思うが、しかし当然のことながらそれに応えられる者はどこにもいないのだった。










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