第二章 魔王の断片(2)






 *


「つまり君を監禁しているのは、その世界を滅ぼした魔王の力を恐れてのことだ」


 初がそう説明するが、今の智貴の頭には入ってこない。もっとも、いきなり自分が魔王の生まれ変わりだ、と言われて混乱しない人間はいないだろう。


 ましてや目の前の少女が住んでいた世界を滅ぼした、と言われても、正直なんと返していいのかわからない。


 いや、初たちの言葉が真実であるとは限らない。そもそも智貴が魔王であることも、喜咲の世界を滅ぼしたことも、簡単に証明できるようなものではないはずだ。


「ちなみに暴食と言うのは七大罪から取ったものだが……ふむ、やはりその顔はまだ半信半疑と言ったところか」

「当たり前だ。魔王の生まれ変わりだって言われて信じるのは、馬鹿か厨二病患者ぐらいなもんだろうが。あいにくと俺は馬鹿でもなければ、厨二病も卒業してるんだよ」

「そうなのかね? 私の知り合いは男子の心には何歳になろうと厨二病の病巣は残っていると言っていたが……。今でもガン〇ムとかドラゴン〇ールを見ると疼きだすとも言っていたな」

「それは、まあ、わからなくもない……じゃなくて! 俺が魔王だって言うなら、それを証明できる証拠でもあるのかよ」


 智貴の問いに、初は「勿論だ」と頷いてみせた。


「さっき君も尋ねただろう? 自分はタイムトラベルしたのか、と」

「……ああ。それがなんだっていうんだよ」

「まず結論から言えば、君はタイムトラベルしていない」


 智貴の主観で見ればいきなり時間と場所が飛んでいるのだ。しかも外見なども変わらず、スマホの電池もほぼ満タンのまま。これがタイムトラベルによるものでないなら、なんだと言うのか。


「まぁ、正確なところなにが起きたのかは私も把握してないのだが。だからひょっとしたら確率は極低だが、君はタイムトラベルしたのかもしれない」

「前言翻すの早すぎないか、おい」

「まあ最後まで聞きたまえ。今の時代は君の知っている時代より未来だ。当然テクノロジーも発達している。しかしタイムトラベルは、実用化どころか実験すらできないのが実情だ。当たり前のことながら君の時代――十年前に意図的に起こすことは難しい。自然発生など天文学的な数字でしか発生しないだろう。つまりまず発生しえない、ということだ」

「……でも現に、俺は時間を超えたとしか思えない体験をしてるじゃないか」

「そうだな。だから君はタイムトラベルしたのかもしれない。だが問題となるのは、そこではない。今重要なのは、君がタイムトラベルとしか思えない体験をした原因だ。君はそれに心当たりはあるかね?」

「あったらわざわざ聞かねえっての……で、その原因ってのはなんなんだよ?」

「だからそれが、魔王の力なのさ」


 そう言うと、初は首に着けていたチョーカーをいじり出した。


「首のそれ、なんだ?」

「これはコネクタと呼ばれる携帯端末だ。君の時代で言うスマートフォンのようなものだ……よし、準備ができた。では投影するぞ」


 直後、部屋が暗くなり、智貴の正面の壁に映像が映る。


 そこに映し出されたのは智貴がよく知る……とは言い難い東京の姿。死都の映像だった。

 虹色の空に廃墟の森。更に黒い柱のようなものが見える。


「なんだ、あの黒い柱みたいなのは?」

「あれが説明した黒い柱門。地獄変のきっかけとなった時空に穴を開けた原因だ。そしてあれは、魔王の力によって生み出されたものだ」


 つまり君だ。と言われるが、智貴は全く身に覚えがない。


「……魔王の力は人の手に負えるようなものではないからな。時空に穴を開けるような出力で解放されたらショックで記憶が飛んでもおかしくない。それにあれが消えたから、君はこうしてここにいることができるのだ」

「それはいいけど……それとタイムトラベルに、なんの関係があるんだよ?」

「タイムトラベルと言うのは、細かい説明は省くが、空間や速度と言ったものに深く関わってくる。そして魔王の力は時空に穴を開けるような代物だ。現に黒い柱門があった周辺の空間はいまだに時空間が歪んでいて、何者も近づく事ができない。ならば魔王の力をもってすればタイムトラベルに似た現象、あるいはタイムトラベルも可能かもしれない、ということだ。いや、君の状況を再現できる可能性がある物は、魔王の力ぐらいしかないと言っていい。つまりこれこそ、君が魔王の断片である証拠になる」


 理路整然としているようにも聞こえたが、しかし智貴としてはやはり半信半疑だ。


「ぶっちゃけ天文学的な確率でたまたまタイムトラベルしたって言うのと、大差ない話にしか聞こえねえんだけど」

「……君もなかなか強情だな」

「アンタのプレゼン能力が低いだけじゃあないのか?」

「ふむ。では君が実際になにをしたか見てもらおう。そうすればわかりやすい」


 初はそう言うと再び首のコネクタに触り出す。直後壁に映し出された映像が切り替わり、それを見た智貴の顔色がみるみる青くなっていく。


「これは……」

「さっき君が廃墟で行ったことを、衛星から見た物だ」


 映し出された映像は、死都で自衛のため、初の言う「魔王の力」を開放した時の物だ。


 智貴から生じた黒い獣が、喜咲の展開した槍だけでなく、広範囲に存在するありとあらゆるものを消滅させていく。黒い獣が消えた後には、まるで巨大な爆弾でも落とされたかのようなくぼ地しか残っておらず、自分の意志で発動させたにもかかわらず、智貴は血の気が引いてしまう。


「なんだよ、これ? これを、俺がしたって言うのか……? 俺は槍を壊そうと思っただけで、ここまでのことをしようとなんて思ってないぞ」

「安心したまえ。君が意図的にこうしたわけでないのはわかっている。そもそも魔王の力と言うのは制御が利くようなものではないからな。むしろ神宮に当てなかったのだから、これでも十分制御できている方だろう」

「で、でも昔に発現した時はもっと小規模で、こんな馬鹿げた威力はなかったぞ!」

「それは単純に、体が耐えきれないから威力をセーブしていただけだろう。ある程度成長した君の体なら、この程度の威力であれば耐えられる、ということだ。それでもまだ全開、というわけでもなさそうだが。もっと体を鍛えれば、さらなる威力が出るかもしれないな」


 他人事のように言われて、智貴の頭に血が上る。


 いや、実際他人事なのだ。智貴はそう理解して、喉まで上がっていた罵声を飲み込んだ。


「……で、この映像がなんだって言うんだよ」

「さっきも言っただろう。これが、私たちが君を魔王の断片だと思った原因だ。これほどの威力のある物は核爆弾を除けば、永久機エターナルか魔王ぐらいしか私は知らないのでな」

「永久機?」

「対魔王用に作られた特殊な武器のことだ。今は忘れてくれていい」


 動揺しているのか、うまく頭が回ってくれない。智貴は一度深呼吸してから頷いてみせた。


 タイムトラベルとしか思えない現象に、核爆弾のような能力解放の映像。これだけの要素を見せつけられれば、もはや認めるしかあるまい。


 信じたくはないが、どうやら自分は魔王であるらしい。


「アンタらの言葉は一応信じることにするよ……で、俺が魔王だって言うんならどうする? このままずっと監禁しとくのか?」

 冗談半分に智貴が尋ねる。いや、冗談なのは三割ぐらいで、更に三割ぐらいはそうされてもおかしくないと思っている。残る四割は自分が殺される可能性だ。考えたくはないが、しかし自分が世界を滅ぼす危険性を持つのなら、一番安全なのは智貴がいなくなることである。


「本来であれば魔王としての力を発揮できないよう、凍結封印してしまうのが一番なのだがな」

「凍結封印、ってどうするんだ?」

「言葉の通りだ。君を氷漬けにして殺さずに永遠に保管するんだ。魔王は殺しても結局別の個体に転生してしまうからな。生かさず殺さず、意識を奪って封印しておくのが一番安全と言えるだろう」

「まるで治療法のない病気みたいな話だな……」

 SFの世界だと、治療法の確立されていない病気にかかった人間を、技術が発達した未来で治療するためコールドスリープする、と言う物があったりするな。などと智貴はどうでもいいことを考えていた。


「その場合、病気にかかっているのは君と言うより世界と言うべきなのかもな。そして君はその病原菌だ」

「全く嬉しくない話だな」

「面白い話ではあると思うが……まあ、安心していい。世界には悪いが、私たちに君を凍結封印するつもりはない。なにせ、君は特殊だからな」


 ニヤリ、と初がどこか悪戯めいた笑みを浮かべる。


「さっきも言ったが、本来魔王の力は制御できない。一度発動させたら、自身の体も飲み込んで破壊の限りを尽くして消滅してしまう、それこそ使い捨ての爆弾のような力だ。今までこの世界で発現した魔王の断片は、そうして世界に傷跡を残して消滅してきた……もっとも、消滅と言っても魂は残っているから、再発生しては爆発すると言うサイクルを繰り返しているんだがな」

「自然に発生して勝手に爆発する核爆弾とか、マジでシャレになってねえな……」


 さっき見せられた映像を思い出して、智貴は頬を引きつらせる。


 あんな規模の破壊を何度も繰り返されていては、世界としてはたまったものではないだろう。


「さっき君が出した破壊力は、君がある程度成長していたから出たもので、本来であればもっと幼い頃に発現して、小規模な破壊をもたらして死んでいくに留まるんだがね」

「それはそれで嫌な話だな」

「夢も希望もない話ではあるな」


 幼い頃に少々破壊して死ぬか、成長して大きな破壊をもたらすか。なんにせよ、魔王の力と言う物はろくな結果をもたらさないようだ。


「その点、君は魔王の力を発現させたにもかかわらず、肉体面も精神面も非常に安定している。凍結封印が一番効果的ではあるが、決して万全なわけではないからな。ならばあえて自由にしておくのも有りではないか、と考えられるわけだ。まあ、安全のため、君にはいくつか条件を飲んでもらう必要があるがね」

「条件、ね……」


 呟いて、智貴はかすかに目を細めた。


「その言い方は、その条件を飲まなければ俺を凍結封印することもできるって脅しているようにも聞こえるぞ?」

「ふむ、要約すれば確かにその通りだ。おっと、そんな怖い目で睨まないでくれ。問答無用で凍結封印するよりは随分譲歩しているだろう?」


 なにが譲歩だ、と智貴は鼻を鳴らす。


「最初に怖がらせて、その後に耳障りのいい言葉で誘導するってのは、譲歩って言わないんだよ。そう言うのは脅迫って言うんだ」


 体よく自分を利用しようとした相手に、敵意を向けるなと言う方が無理な話だ。だがしかし、同時に智貴の命運を目の前の初が握っていることには変わりない。


 喜咲はそれでも気が気でないようで、焦ったように智貴と初に交互に視線をやっている。しかし肝心の初はそのことをちゃんと理解しているようで、余裕の態度を崩さなかった。


「気に入らないな。アンタ、俺に一体なにをやらせるつもりなんだ?」

「あいにく、要求したいのは私の方ではない」


 しかし意気込んだ智貴に反して、初は一歩後ろに退く。代わりに前に出てきたのは隣にいた喜咲だった。


「……アナタに用があるのは私の方よ」

「アンタが?」


 心底意外だ、とばかりに智貴は目を丸くする。思わぬ展開に、智貴はわずかにだが興味をそそられた。


「でも私からアナタに要求する前に、アナタに確認しておくことがあるわ」

「確認? なにを確認するって言うんだ?」

「アナタが前世で私たちの世界を滅ぼした大罪人であること。そして私がアナタを助けた恩人であること。この二点をアナタはちゃんと理解しているかしら」

「……前者はともかく、後者についてはどうなんだ? むしろ俺としてはアンタが暴走した尻拭いをしたせいで、こうして監禁されてる気がするんだが」


 今の状態で助けられたと言っても無理があるのではないか。智貴としては喜咲の言葉には首を傾げざるを得ない。


 案の定、喜咲も言葉に詰まってしまい、助けを求めるように初を見た。


「……一応、ここまで君を運んできてくれたのは喜咲ではあるし、拘束する際もそれに否定的だったのは彼女だけだ。それに彼女の要求がなければ、私としては君を凍結封印してしまっても構わないわけだからな。そういう意味において言えば、君が今後自由になれるとしたら、それは彼女の功績と言っていいだろう」

「つまり、俺が助かる機会をくれた恩人ってことか」


 智貴が要約すると、喜咲がない胸を張ってみせる。


 死都での後先考えない暴走と言い、実はこの少女は馬鹿なのかもしれない。


「それにアナタが望むなら一応最低限の衣食住は私が用意してあげる。どうせ頼れる当てなんてないでしょう?」

「それは……あ」


 智貴は家族がいると言おうとして、思い出す。


 怒涛の展開過ぎて、今まで完全に忘れていた。


「俺の家族は無事なのか?」

「ああ、君が目覚める前に調べたが、君の父君と妹君は無事だ。今では新しい土地で人並みの生活を送っている」

「……そうか」


 安心して智貴は息をつく。しかしすぐに手放しで喜べる状態ではないのだ、と気づく。


 初たちはつまり、智貴の家族の情報を握っているのだ。つまり、その気になれば家族に危害を与えることもできると言うわけである。


「どうかした?」

「なんでもない」


 どうせ元より逆らうことはできないのだ。ならばその理由が一つ増えたところで、なにかが変わるわけではない。


 むしろ考え方によっては、幸運とも取れる。


 この場合最悪なのは、下手に家族の現状を知ろうとして接触してしまうことだ。それでまた一緒に住むようなことになってはたまらない。なにせ智貴には世界を滅ぼすような力があるのだ。


 いざと言う時のことを考えれば、傍にいない方が、智貴としては喜ばしい。


 そしてそう考えるなら、喜咲の提案は渡りに船だ。家族を除けば、確かに智貴に頼る当てなどない。衣食住を整えてくれると言うのなら、願ったりかなったりである。


「それで、結局。アンタは俺になにをしろって言うんだ?」


 智貴が改めて尋ねると、喜咲は意を決したように深呼吸してから、智貴に向き直った。


「私からの要求はただ一つ。私のチーム、そのメンバーになりなさい」


 それが魔王の生まれ変わりたる智貴に告げられた、喜咲からの要求だった。


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